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第七十五話【目覚め】前
しおりを挟む正直冬真は自分が浮かれまくっている自信があった。クレイム式をして、指輪を渡し、誓いの言葉を貰い、多くの人々から祝福された。
ずっと療養中で、自分が助ける事ができるのかわからなかった力也の母も回復の兆しが見えた。今は勝手に押しかけて二人暮らしだが、近い将来三人で住むことができるだろう。
さしあたっての心配は住む場所だが、それも妥協をすればなんとかなるだろう。一度はダイナミクス専用のマンションも考えたが、それだとマンション内でDomに会うことが多くなる。無論、Subの状況を伝えておけばグレアやコマンドだけでなく、声をかける者も近寄る者もいないだろう。
しかし、いくらその場で使わなくともマンション全体にグレアが染みついているような状態だ。ダイナミクス専用のマンションの最大の利点は、Subの身の安全と、どこでもPlayできるということだ。
多くのSubがそれでも問題ないのは、グレアシールドとグレアを怖がらない所為だ。建物全体に染みついているグレアには悪意などなく、他人のグレアであっても怖がる必要がないとわかっているからで、力也の母ではそれは無理だろう。
「セキュリティー的にはすげぇいいんだけどな」
リハビリを含めるなら保護施設から近い場所を探すべきだろう。
「いいとこねぇかな」
力也からの連絡で彰の店に向かおうとしていた冬真は、不動産屋の前で立ち止まった。壁に貼られている物件情報を眺める。特に張り出している物件に良さそうなのはないが、店の前に置かれている小冊子を手に取り眺める。
「ああ、こことかいいな」
小冊子を見ながら歩くと、不意に何か違和感を感じた。ピリピリと鳥肌が立つような感覚に、思わずあたりを見回す。その次の瞬間だった。
どこかからどす黒い悪意に満ちたグレアを感じた。
「なんだよこれ」
激しい不快感が襲う、そのグレアは複数、おそらくSubにあてた物だろう。こんなグレアをSubに向けているという事実だけで、許しがたく思える。
助けを求めているSubがいるかもしれない、そう思った瞬間冬真は走り出した。グレアが発せられている方へ向かえば、その途中具合が悪そうな人を何人か見つけた。
これほどの悪意に満ちたグレアではSubでなくとも、なにかしら感じる人がいるのだろう。それでも、Subでなければ軽傷で済む筈だ。もし、この場にSubがいたら大変なことになるだろう。
「町中でなんてもん、使ってんだよ! クソが!」
憎々しげに呟き、グレアが発せられている場所を探し走る。
「多分、この辺」
立ち止まったその時、見知った後ろ姿を見つけた。神月のSubであるマコが結衣と、彰のSubのミキを支え、行くはずだった店の方向へ走っていた。
「マコさん! 結衣、ミキ!」
冬真の声に一瞬ビクッと震えた三人だったが、振り向いて冬真だと気づいたのだろう。慌てて方向転換をして冬真に向かって走ってきた。
「とうくん!」
「冬真さん」
なんとかたどり着くも、明らかにおかしい呼吸と、不安しかない瞳に、サブドロップを起こしかけていると即座にわかった。
「Good Boy」【よくできました】
本来の主人ではない自分ではどこまで効果があるかわからないが、走り寄ってきた三人を落ち着けるように背中や肩を撫でる。
「なにがあったか話せます?」
一番落ち着いているだろう、マコにそう尋ねた瞬間、マコはすぐに口を開いた。しかし、それはなにがあったかと言う問いかけの答えではなかった。
「りっくんを助けて!」
「力也!? 力也がどうしたんですか!?」
慌てる冬真に、マコは通りを挟んだ先の路地のほうを指さした。
「向こう、Domに囲まれてる。早く助けて」
「わかりました! マコさん達はここにいてください! マコさん、傑さんに連絡取れますよね?」
「うん」
「ではすぐに連絡してください」
命じるように言えば、マコはスマホを取り出し、神月を呼び出した。
「俺は力也を助けてきます」
そう言いながら、スマホを手に取ると、彰を呼び出しながら冬真は走り出した。
(早くでろ!)
「どうした? 冬真、なんかあったか?」
「彰! すぐ店をでて駅に向かって走れ! ミキが大変なことになってる!」
「わ、わかった! すぐ行く! 場所は!?」
「お前の店からまっすぐ、コインランドリーの傍だ! 急げ!」
「わかった!」
走りながら、連絡をすると路地へと入った。路地を抜けた先はもう一つの大通りに通じていた。そこに入れば途端にグレアが強くなる。もう場所はすぐにわかった。
「ここか!」
グレアを感じた路地に冬真は走り込んだ。そこには三人のDomに囲まれ動けなくなっている力也がいた。
「力也!」
すぐに様子がおかしいと感じた。三人ものDomに囲まれているのだから、普通なら動けなくて当然かもしれない。しかし、今名前を呼ばれたのに、力也は冬真を見ようとしなかった。
(まさか、サブドロップ?)
普段見慣れている力也のたくましい体がやけに小さく見える。おそらくサブドロップを起こしている。となるとなおさらわからない力也ならばサブドロップを起こさない、心構えも耐性もあるはずだ。
なにより冬真という絶対的なご主人様がいるということは、他のDomへあがなう力となるはずだ。
それじゃあ何故、などと考えている時間はない。力也を助けなくてはならない。
(しかたない)
ここでグレアを放ち、三人を潰すことは冬真にとって不可能ではない。例え相手がどんな悪意に満ちたグレアを使ってきても、潰すことができるほど燃えるような怒りを感じている。それでも、あの状況の力也がいてはできない。ならば、情けないが方法はただ一つだった。
「力也! Attack!」【戦え!】
そのコマンドは、路地に響き渡り、力を失っていた力也の耳にも届いた。
Lostと言われた。なんの関わりもない最低なDom達から言われただけなのに、そのコマンドは力也の意思を根こそぎ奪っていった。いらない、消えろ、死ね、どの意味であってもDomから存在を否定された意味にしかならないそのコマンドは、この体にあふれていた力さえ奪った。
押しつぶされそうな罪悪感が神経をむさぼる。まるで、いままで生きてきたことすら罪だと思わせるような言葉。
自然と息ができなくなる。こんな言葉を聞く必要などないと思おうとしても、何故か頭から離れない。
「やっとおとなしくなったか。てめぇら玩具はそうやって縮こまっているのがお似合いなんだよ」
「こうしてると意外と可愛いじゃねぇか」
罪悪感に駆られ動けなくなっている自分を褒められ、頭が白くなる。これが正しいことのように思え、残っている理性をかき集め必死に抵抗する。そうすることで、また息が苦しくなり頭が痛む。
(聞いちゃダメだ。聞いちゃ・・・・・・)
咄嗟に耳を塞ぐも、既にこうなってしまっては無駄な抵抗だろう。逆にその抵抗が悪化させることになる。
(冬真)
こういう状況ではっきりと恐怖を感じたのは久しぶりだ。嫌悪感はよくあるが、恐怖感はめったに感じる物でない。
普通はこのような場合助けを求めてパートナーを呼ぶ物なのだろう。しかし、力也が心で呼んだのはそうではなかった。
「よくも逃がしてくれたな」
ガッツ、振り上げられた足が力也の体を捉えた。防御もなにもできないまま、砂袋のように蹴られる。その蹴り方は力也からすれば痛いと感じるほどの物ではない。まるでいたぶっているかのような攻撃でも動けないのだ。
「力也!」
動けないままでいると、空耳のような声が聞こえた気がした。大事なご主人様の声に、顔を上げなくては、返事をしなくてはと思うのに、顔がうまく上げられない。
これではダメだと思っていた。冬真は強い自分の事を好きだと言ってくれていた。戦う姿がかっこいいと褒めてくれた。
Domに負けることを己のSub性が納得していても、こんな形で負けたくないと思った。
きっかけが欲しかった。もし本当にいま冬真がいるなら、戦うきっかけが欲しい、立ち上がることができるような言葉が・・・・・・。
「力也! Attack!」【戦え!】
それはまさに力也の心を読んだかのようなコマンドだった。
そのコマンドに力也の体は動いた。
冬真に一瞬気をとられていた、男の足が力也の伸ばした足によってすくわれ、あっけなく体勢を崩す。
「いでっ」
いきなりの反撃に出た力也に驚いている男達の、下へ起き上がる勢いを利用して入り込む。
繰り出されたそれは力也からすれば、全力などではないが、確実に相手のみぞおちを捉えていた。
「グァッ!」
うめき声と共に、その場に崩れ落ちる男を避け、先ほど転がされたものの起き上がろうとしていた男に、足を振り下ろす。
「ガハッ」
気絶した男を一瞥し、最期に残った主犯格の男に一気に接近する。
「来るな! Stop!」【止まれ!】
しかし、そのコマンドは既に力也には効かなかった。相手の服をつかむと、足を払いそのままその体をコンクリートの地面に向かい投げた。
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