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第七十五話【目覚め】中
しおりを挟むそれはまさにあっという間だった。冬真が戦えと命じた瞬間、動けなくなっていたはずの力也が動き、無駄の一切ない動きで次々に男達を倒した。
「力也・・・・・・」
しかしそれは、普段の生き生きとした姿とは違い、ギリギリの状態で動いているように見えた。
「はぁっ・・・・・・」
最期の一人を倒すと共に、力也はその場に崩れるように膝をついた。
「力也!」
咄嗟に走り出し、その頼りなく見える体を受け止める。力也は小刻みに震えていた。
その体はあれほど動いたのに、冷たく、呼吸もおかしい。
「力也、Good Boy」【よくできました】
そう言えば、生気を失っていた力也の瞳が冬真を捉えた。
「とうま・・・・・・」
力なく、名を呼ぶその体を抱きしめ、何度も“いいこ”と“Good Boy”を繰り返す。それでも、暖かくならないその体に恐怖を覚えながら、冬真はゆっくりと愛情を込めたグレアを発し、その体を撫でた。
冬真が力也を抱きしめて少し立つと、人の足音が聞こえた。
「冬真! 力也さん大丈夫!?」
「彰」
冬真の連絡で駆けつけてきた彰が、ミキを貼り付けて心配そうに走ってきた。路地の入り口にはマコに支えられた結衣もいる。
「傑さんは?」
「もう、つくって・・・・・・力也さんは」
「サブドロップだと思う。ミキは?」
「ミキもだよ。多分結衣も同じ、マコさんもギリギリ」
苦しそうな瞳を浮かべた彰が、道路に転がる男達を見た。その瞬間、彰の表情が変る。
ぞわっと震えるほどの、嫌悪感と怒り、どれほど相手が醜くともけして向けないであろうその瞳と空気にミキと力也が震える。
「彰、抑えろ」
自分だって必死に抑えて、こうして力也をケアすることだけに神経を注いでいるのだ。
「あ、ごめん。怖がらせちゃったねミキ」
冬真の制止のおかげか、それとも縋っていたミキの震えが伝わったのか彰は怒りをすぐに引っ込めた。
「執行部は?」
「さっき呼んだよ」
警察が呼ばれる前に、執行部を呼ばなくてはただの喧嘩として処理されてしまうかもしれない。
「いつ着く」
「もうすぐだと思う」
できることならすぐにこの場を離れたい、ここにいるSubは全員既に限界を迎えていて一刻も早く集中したケアが必要だ。
「マコ! 結衣!」
その時、車の音と共に聞き慣れた神月の呼び声が聞こえた。
「マコ、結衣」
「傑!」
「傑様!」
駆け寄った二人を抱きしめ、労るように撫でた神月は冬真達の方へ視線を向けた。
「ついでに見張りも連れてきた」
「はい、ここは私にまかせて」
車から降りたのはCollar専門店の店長の女性だった。女性はあくまでもSubを怖がらせないようにニコニコと優しい笑みを浮かべながら、冬真達に近づくと力也とミキを軽く撫でた。
「二人ともよく頑張ったわ」
聖母のような微笑みを浮かべた彼女は、男達を睨むように立つ。
「冬真、力也連れてこっちこれるか」
「はい!」
二人を貼り付けたまま、路地に入るのをためらう神月に言われ、冬真は力也の背中を撫でた。
「力也、立てる?」
優しく尋ねれば、力也の頭が力なく頷いた。その力ないながらも健気な仕草に、額にキスをすると、一緒に立ち上がる。
「偉いな、力也、いいこ」
必死に足を動かす力也を褒めながら、その体を支える。目に見える状況とは違い、意外としっかりした様子で力也は神月達のところまで歩いてきた。
「乗れ、マンションまで連れてく」
「はい、お願いします!」
力也をひっつけた状態で車に乗り込むと、彰とミキも乗り込んだ。
「マコは力也達と一緒に、結衣は俺の隣だ」
バサリと自分の着ていた服を脱ぐと結衣に羽織らせ、その上でマコと結衣の二人をグレアシールドで包み込む。
「彰達は店でいいか?」
「いえ、俺たちも家までお願いします」
「わかった」
彰と冬真から住所を聞き出すと、ナビに入力し、神月は走り出した。
まずは彰とミキを家に送り届け、なにかあればすぐに連絡するように言いつけると、今度は力也の家に急ぐ。
「とう・・・・・・ま」
「うん、大丈夫。一緒にいる」
声をかけ続けているのに、力也の状況がよくならないことに冬真は焦りを感じていた。何度も褒めて続けているのに、落ち着く様子がない。
体温も下がり、縋る力もいつもよりもずっと弱い。力也はいままでに見たことがないほど弱っていた。
「俺の勘だが、力也禁句を使われてないか?」
「禁句?」
「ああ、お前も授業で習ってるはずだ」
「まさか・・・・・・」
「だとしたら、ヤバい」
禁句と言われ、思い出す最悪のコマンドがある。けして口にしてはならない、そのコマンドはたった一言でSubの命や自我を奪う。そんなコマンドを自分の大事なSubに使われたかと思うと、強い怒りがこみあげる。
「抑えろ」
「わかってます」
しがみつく力也の存在で怒りを抑えつつ、ひたすらその背を撫でる。早く、早くマンションに着けと思いながら愛おしい想いを込め、名前を呼び続ける。
「明日、落ち着いたら連絡しろ。確認したいことがある」
「はい、ありがとうございます」
「礼をいうのはこっちだ。力也結衣とマコ守ってくれてありがとう」
マンションの前に降ろされ、力也を撫でながら頭を下げると、車は発進した。
「力也、家ついたよ。もう少し頑張ろうな」
震え続ける体を撫で、エレベーターに乗ると、なんとか部屋にたどり着き中に入った。
「力也、ほらもう大丈夫だよ」
「とう・・・・・・ま・・・・・・っ!」
一瞬安心したのか、ヒューッと音を立て力也の息が止まった。
「ヤベッ」
すがりついていた力もなくなったのか、ずるりと崩れ落ちそうになる体を咄嗟に支える。
「くっそ、禁句あるなら逆もあるもんだろ普通」
舌打ちをすると、息を吸い込み全力で愛情を込めたグレアを発する。グレアシールドよりも強く、大きく、深く力也の心に届けと願いを込めて、全ての想いをぶつけるように送る。
「Good Boy、力也、お前はいいこだ。よく頑張ったな、偉かった」【よくできました】
髪や頭、額、頬、まぶた、目元、首、服に隠されていない部分に全てキスをして、愛しい想いを伝える。
「俺の傍にいようとしてくれてありがとう。お前は俺の物だ、あんな奴らの言ったことなんか忘れろ」
それでもうまく息ができなくなっている力也に、想いの丈をぶつけるように冬真は、その唇を塞いだ。
「んっ」
更に呼吸をするための鼻も塞ぐ、一瞬驚いたように反応した力也だが、すぐに再び力が入らないのかだらりと手を下ろした。
(力也、お前が生きるための物を俺が与える。受け取れ)
鼻から息を吸い込み、一気に力也の中へ向かい流し込む。まるで人工呼吸器のように、生きていくための酸素を想いと願いを込めて送る。
(頼む、お前は向こうに行かないでくれ。俺をおいていかないで)
「力也、お前は偉いよ。Very Good Boy」【とてもよくできました】
その懇願と愛情に満ちたグレアが表面でなく、口から取り込まれ心を包み込んだ頃、力也の瞳に輝きと体に体温が戻った。
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