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4、腐れ縁

腐れ縁

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 エプロンを外した良平が二階から降りてきた。

「行ってきます」とカウンターの向こうを横切る。

 常連さんたちは口々に「行ってらっしゃい」と良平に声をかけた。

「おぅ、気をつけてな」

 貴広が最後にそう言うと、良平はカバンの紐を握った手の陰で貴広にだけ笑顔を寄越した。

 可愛い。

 カラ……ンと軽やかに鐘を鳴らして、良平は大学へ向かった。

「ふーん」

 戸口を眺める貴広に、面白くなさそうに生駒は鼻を鳴らした。

「いいコじゃないか、貴広」

 ごいんきょが勢いよく生駒を振り返った。

「そうでございましょ。本当にいい子なんでございますよ。口数は少のうございますが、真面目で、今どきの若者なのにとてもよく気がつくんでございましてね」

 隣で栗田さんも同意する。

「そうそう。『喫茶トラジャ』の懐事情もよく理解して、安い時給でも文句も言わず」
「いや、払うものはキチンと払ってますからね?」

 貴広は闇属性の栗田さんを遮った。しかし大人しく遮られている栗田さん(闇)ではない。

「そうでしょうか……良平君の勤務時間……最近はかなりのものになるのでは……? それを全て支払っていては、収支がおかしくなるのではないですかな」

「そう言われてみればそうでございますねえ。あの子は開店から出勤してる曜日も多ございますし、今年は大学もあまりございませんでしょう分を、概ねこちらで働かれているご様子でございまして」

 貴広は「もう、ごいんきょまで」とため息をついて、内心のドキドキをごまかした。

「あちっ!」

 声のした方を見ると、生駒がコーヒーをこぼしていた。

「珍しいな、そんなドジ」

 貴広はタオルを放ってやった。何をやらせても器用なヤツなのに。

 生駒は胸のシミをタオルで拭いた。白いシャツに茶が拡がる。

 栗田さんがそんな生駒に仄暗い目を向けた。

「ドジっ子属性とは、これまた美味しい……」

 羨ましがっている……のか?

「そんなカワイ気のあるキャラじゃないですよ。優秀と言えば聞こえはいいですが、ホント、目から鼻に抜ける、イヤなヤツなんですから」

 生駒はしばらくシャツをタオルで叩いていたが、諦めて顔を上げた。

「貴広、シャツ貸してよ。俺、午後も回らなくちゃならん先があるんだ」

 貴広はすげなく言い返した。

「嫌だね。俺のシャツじゃ、そもそもサイズ合わねえだろ」
「だよな。帰るわ」

 生駒はあっさり帰って行った。

 生駒が出て行ったあと、ごいんきょが意外そうに言った。

「マスターにしては、随分とサッパリした応対でいらっしゃいますね、あの生駒さんに対してだけは。ご友人には皆さまにああなんでございますか?」

 おうっと。

 いろいろ油断していたようだ。

「はは……まあ、『腐れ縁』ってヤツですから」

 貴広はそう言って言葉を濁した。

 ごいんきょはにこにこと優しげに笑っていた。
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