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本編
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しおりを挟む「ん……」
次にリリーが目を覚ますと、身体がとても重苦しかった。だからこそ、必死に首だけを動かし辺りを窺う。しかし、首が動く範囲だけでは、ここがどこなのか判断することは出来なかった。ただ、寝かされているのは何やらふかふかとした場所のようだ。それは、そう。……まるで、高級な寝台のような場所。そんなところ。
「ここ、どこ……?」
リリーは重苦しい手で自身の瞳をこすって、そのままゆっくりと起き上がろうとする。だが、身体が重くてうまく起き上がることが出来ない。身体には毛布が掛けられているようで、寒さに苦しむことはなさそうだ。それだけが、不幸中の幸いだろうか。
しかし、リリーはどうして自らがこんなところにいるのかが分からなかった。意識を失うまで、リリーはアルバンと共に馬車に乗っていた。なのに、今ここにいるのはリリー一人だけのようだ。一体、ここは何処なのだろうか。そう思い、リリーが辺りを窺っていると扉が開くような音がリリーの耳に届いた。
(……誰?)
リリーは心の中でそうつぶやき、ゆっくりと近づいてくる足音に聞き耳を立て、身構えた。身構えるとはいっても、身体が重いこともあり実際に身構えることは出来ないのだけれど。ただ、気持ちを身構えたのだ。
そんな風に身構えていたリリーの耳に次に届いたのは、カーテンか何かが開いたような音。カーテンレールと、カーテンがこすれるような。そんな、いつも聞いている日常の音。そして、その音が聞こえた後……リリーの視界に、人影が映った。
「あぁ、リリー。目が覚めたんですね、良かった」
その人は、とても喜んだような声音でリリーの名を呼ぶ。その声は、リリーにとって聞き覚えのある声だった。そう、リリーが意識を失う前に聞いていた声。――ほかでもない、アルバンの声。
その声を聞いたリリーは、どうにかして起き上がろうともがくものの、どれだけもがいても身体が重く、少ししか動かない。
「リリー、動こうとしても無駄ですよ。拘束魔法がかけてありますし、足には枷が付いています。……逃げられませんから」
リリーのそんな行動を見透かしたかのように、アルバンはそう言ってリリーの寝かされている寝台の近くにあった椅子に腰かけた。どうやら、リリーが寝かされているのは豪奢な寝台のようだ。天蓋もついており、一般庶民には縁のないものだと分かる。
「あ、あの……どうして……」
どうして、彼はここにいるのだろうか。どうして、彼は自らのことを解放してくれないのだろうか。リリーは視線でアルバンいそう訴えた。だが、それを感じ取ったアルバンは声を上げて笑い始める。それは、リリーが少しばかり信頼していたアルバン・ライシガー伯爵という人物とはかけ離れた笑い声に、聞こえた。
「どうして? おかしなことを言いますね。ここはライシガー伯爵家の屋敷の中。そして、ここは貴女のお部屋になる場所。それから、貴女をここに閉じ込め拘束しているのは俺。ここまで言えば、分かりますか?」
――貴女は、俺に誘拐されて監禁されているんですよ。
アルバンは当然のように、リリーにそんなことを告げた。その意味を、リリーはすぐに飲み込めなかった。
ライシガー伯爵家がお金に困っているという話は、聞いたことがない。だからこそ、リリーを誘拐して身代金を奪おうということはないだろう。そうなると、リリーを誘拐することにメリットはない。むしろ、犯罪者になるのだからデメリットの方が大きい。
「わ、私を誘拐しても、良いことはありませんよ。だ、だって、アルバン様の望むようなことは、起きませんから。身代金を要求するにしても、アルバン様の望むような金額は、出せません!」
リリーはアルバンを強くにらみつけながら、そう言っていた。所詮、アルバンもヘルマンと同じような人間だったのだ。そう思い、リリーは落胆した。彼は、優しい顔をして自らに近づいてきた。それに絆されてしまった自分も自分だが、騙された人よりも騙した人の方がずっと悪いに決まっている。そう、リリーは思っていた。
「身代金? そんなもの要求するわけがない。ライシガー伯爵家は裕福です。……貴女の家からお金をむしり取ろうとしているわけじゃない」
「じゃ、じゃあ、どうして……?」
「どうして? 簡単な話ですよ。リリー、俺は貴女が欲しいんです。……貴女の心と身体が、俺は欲しい。ただ、それだけですよ」
アルバンはそう言うと、リリーの元に近づいてくる。アルバンのそのさらさらとした髪が揺れ、アルバンの美しさを引き立てた。しかし、リリーにとって今のアルバンは恐怖の対象でしかない。それ以外の感情など、覚えるわけがない。
「こ、来ないでっ!」
半ば叫ぶように、リリーはアルバンを拒絶する。その瞬間、アルバンの瞳が悲しそうに揺らいだ気がした。だが、すぐに冷酷な笑みを浮かべると、「拒否なんていい覚悟ですね」なんてリリーに告げてくる。
そして、リリーの手首をアルバンは強く掴んだ。リリーの手首の骨が、ミシミシと音を立てている気がする。そんなレベルの痛みに、リリーの顔が歪む。しかし、アルバンは特に気にした風もなくただリリーの手首を掴んだまま、リリーの身体の上に覆いかぶさってきた。もちろん、リリーの身体にかけられていた毛布はどこかに投げ捨てて。
「こ、来ないで……!」
リリーの瞳が、不安そうに揺れる。そりゃそうだろう。見知らぬ場所で自由を奪われ、知り合ったばかりの男に覆いかぶさっているのだから。それは、リリーの恐怖を煽る以外に何もなさない。ただ、リリーはアルバンを見つめながら「来ないで……」と呟くことが精一杯だった。
「俺は、あの男とは違う。貴女を心の底から愛している。だから……大丈夫。貴女を絶対に、幸せにできる」
「んんっ!」
そうリリーに告げたアルバンは――リリーの唇に強引に口づけていた。
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