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第3章

シャノン、倒れる

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 シャノンがニールの屋敷に移ってから、早くも五日が経った。

 あれ以来、シャノンはニールと朝食と夕食を共にし、一緒の寝台で眠っている。

 かといって、襲われるということはなく。彼はシャノンを抱き枕にするように、抱きかかえて眠るだけだ。

 それが、シャノンの心をやたらと乱してくる。

(……今日も、ニール様はお仕事に行かれたのね)

 シャノンが起きると、いつもニールの姿はない。ダーシー曰く、彼は早朝から仕事をし、朝食の際にこちらに戻ってきているそうだ。

 仕事場も屋敷にあるらしく、移動も手間にならないと。

 ぬくもりのないシーツを手で撫でながら、シャノンは「はぁ」と息を吐く。すると、部屋の扉がノックされた。

「おはようございます、シャノン様。お加減は、いかがでしょうか?」
「え、えぇ、大丈夫、よ」

 この声はダーシーのものだ。それを感じ取り、シャノンはしっかりと言葉を返す。そうすれば、部屋の扉が開いてダーシーが顔を見せた。

 彼女の手元にはぬるま湯の入った桶とタオルがある。タオルは少しくたびれているが、しっかりと洗濯しているらしくきれいな白色だった。

「どうぞ」

 寝台の横にあるサイドテーブルに桶とタオルを置いて、ダーシーが笑う。なので、シャノンはてきぱきと顔を洗う。

(それにしても、こういう風に生活するのは、一体いつぶりかしら……?)

 タオルで顔を拭きながら、シャノンはそんなことを考えてしまった。

 貴族時代は、こういう風に暮らしていた。けれど、革命軍として生きてきてからは、こういう風に生活することはなく。

 質素倹約をモットーとし、贅沢は出来る限り抑えた。その過程で、自分のことは出来る限り自分でするようにしたのだ。

「シャノン様。お着替えしましょうか」

 ダーシーがニコニコと笑ってシャノンにそう声をかけてくれる。なので、シャノンはこくんと首を縦に振った。

 シャノンが身に纏っているのは、きれいなワンピースだ。デザインはシンプルなものだが、生地はそこそこ高級なものに思える。というのも、肌触りがとてもいいためだ。

(……それにしても、私って本当に捕虜なの?)

 少し痛む頭を押さえつつ、シャノンは心の中でボソッとそんな言葉を零した。

 これでは、捕虜というよりは……そうだ。貴族の愛人と言った方が正しいような生活をしている。

(でも、ニール様は私のことを襲わないわ。……関係を持ったのも、始めの一度きり。……一体、何が目的?)

 シャノンを慰め者にしたいのならば、毎日のように襲うだろう。あと、ここまで丁寧に扱わない。

 捕虜として扱いたいとしても、同じ。……ニールの考えていることが、これっぽっちもわからない。

(けれど、考えても無駄よね。ニール様の考えは、私にはわからないわ)

 しかし、すぐに考えるのを止めた。

 そして、タオルをサイドテーブルに戻し、立ち上がろうとしたとき。

「――っつ」

 不意に、強い頭痛が襲ってきた。挙句、ひどいめまいがする。

「シャノン様!?」

 異常に気が付いたのであろう、ダーシーが慌ててシャノンの元に駆けてくる。

 それに反応することも出来ず、シャノンはその場に崩れ落ちた。頭がずきずきと痛んで、気分が悪い。

「……っはぁ」

 立ち上がろうとするが、身体に上手く力が入らない。

 その所為なのか、シャノンの呼吸が徐々に荒くなる。

「シャノン様。とりあえず、寝台に戻りましょう。……大丈夫、ですから」

 ぼんやりとする視界の中、ダーシーの不安そうな表情がシャノンの視界に入る。……彼女は、本気でシャノンの心配をしてくれているのだ。それが、よくわかる。

「……ひどい熱ですね」

 ダーシーがそう呟いたのが、シャノンにも分かった。

 シャノンにも自らの身体が何処となく熱いのは、わかっていた。でも、まさか熱があるなんて。

「寝台に横になって、眠りましょう。……ニール様を、お呼びしてきますので」
「……で、も」

 こんなつまらないことで、ニールを呼ぶわけにはいかない。

 何故だろうか。シャノンは、自然とそんなことを思ってしまった。

 だからこそ、ダーシーを止めようとする。が、彼女はシャノンを寝台に戻すと部屋を早足で出て行ってしまった。

 ……止める間も、なかった。

(慣れない環境だから、きっと……)

 多分だが、慣れない環境に身を置いたことにより、疲労から熱を出してしまったのだろう。

 それだけは、シャノンにも分かる。

 元々シャノンは環境の変化に弱い子供だった。……最近はそんなことがなかったので油断していたが、やはり油断するとろくなことにはならないらしい。

(頭、痛い。気分も悪いわ)

 自身の額に手を当てながら、シャノンは心の中でそう呟く。

(……寂しい)

 それと同時に、胸の中に芽生える感情は――寂しさだった。

(お父様。……フェリクス殿下。……助けて)

 心の中でそう思いつつ、シャノンはもう一度眠りに落ちてしまった。
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