ダンジョンシーカー

サカモト666

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6巻

6-1

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 プロローグ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 満月の夜――
 濃密な緑の香りに満ちた大森林のとある場所で、和服姿の少女はきらめく星々を見上げながらぽつりと呟いた。

「迷宮の外に出てきたとはいえ……はてさて、どこに向かえばいいか見当もつかぬ」

 溜息とともに少女は言葉を続ける。

「人の心は読めるが……生憎と索敵のスキルを有してはおらぬ」

 その時、森を彷徨う少女に、背後から声がかかった。

「これはこれは。珍しい者が外の世界を出歩いているね」

 少年のような少し高めの声音こわね。振り向きざま、少女は露骨に顔をしかめた。

「貴様か……神よ。何の用じゃ?」

「神」と呼ばれた少年は、心の底から楽しげに口元を歪めた。

「君は、サトリだろうに? 僕の心を読んだらいいじゃないか?」

 少年の言うように、彼女は対象の心を読む【サトリ】の能力を持つ妖怪サトリ。本来は『狭間はざまの迷宮』のとある階層に棲む化け物である。

「何を言っておるのじゃ。ぬしの心を読もうものなら、我の脳は一瞬で許容量を超えて神経が焼ききれてしまうわ」
「それは残念。僕の心と記憶を読めば、僕と君は友達になれるかも……と思ったんだがね」
「友達……とな? 神と魔物が? 絶対にして全知全能の主が友を求めると?」
「こう見えても僕は孤独なんだよ。何せ永遠の時を生きるという苦行を歩んでいるんだからね。だから僕は常に、僕の理解者を求めているんだ」

 それを聞いたサトリは、侮蔑ぶべつの視線を神に向けた。

「主の場合は理解者を求めているのではなく、自分と同じ境遇に置かれた者を求めているだけじゃろう?」
「その通りだ。貧しい境遇にいる者が、金持ちや権力者を妬み、叩き、攻撃し、自らと同じ位置まで追い落とそうとする……それに似ているよね。正直に言うと、僕は君達が羨ましいんだ」
「言わんとする事は分からぬでもないが、貴様は神じゃろう? 貧しい者に例えるのは少しおかしくはないか?」
「同じさ。最も貧しいでも最も裕福でも……そんな事はどうでもいい。人間であろうが、全知全能の神であろうが……等しくこの時の牢獄の前では無力だ」
「……」
「それはそうと、どうやらようやく気付いたみたいだね?」

 ウィンクしながらおどける神に、サトリは肩を竦めて応じた。

「しかし、まさか、われが全ての鍵だったとはな」
「ああ、君の能力があれば、彼らは迷宮の走破に大幅に近付く。まあ、いろいろと障害はあるがね」

「しかし……」とサトリは溜息をついた。

「何故に今まで、こんな簡単な事に気付かなかったのじゃ。ダンジョンシーカーである坂口さかぐちなずなの記憶を我が読んだのは、一度や二度ではなかったはずじゃ」
「ああ、それね」

 うんうんと頷き、神は満足げに笑った。

「それはね? 僕がサトリのスキル限界の制限を……少しばかりいじったんだよ。迷宮内の難度調整は最奥のアルカトラズを除けば、ある程度は僕の意志で干渉できるからね。いや、本当に少しだけなんだけれど」
「どういう事……じゃ?」
武田たけだ順平じゅんぺい君に施されているシソーラス値……記憶障害のようなものだよね。それと似たようなかせを僕は今まで君にかけていたんだよ。それを解除したから、君はほんの少しだけ今までより坂口なずなの記憶をより深く、より詳細に読む事が出来た」
「何故にじゃ? 坂口の正気を保てるリミット回数は残りわずかじゃ……何故にこのタイミングでそのような?」
「正直な話をするとね? 迷宮を走破できる可能性があるのは、武田順平君と坂口妹だけなんだよ。深層域の攻略グループでは絶対にアルカトラズを抜けられない」
「だからと言って、何故連中を助けるような真似を?」
「このまま坂口妹が正気を失い、迷宮を彷徨うイカレたサイコパスになったとするとだね? 攻略可能な勢力が存在しなくなるんだ」
「それが主の不都合になるのか?」
「ああ、なる。それも洒落にならないくらいに……大いになるね。迷宮攻略挑戦者達の観察は、僕のライフワークなんだよ? 本当に欠片でも攻略の可能性がある連中が迷宮にいないと……僕が楽しくないじゃないかっ!」
「まあ、そういうものなのかもしれんの」

 神は意味ありげな含み笑いを浮かべているが、サトリはそれに気付かない。

「とはいえ、これは違法スレスレの干渉なんだけどね」
「時に、全知全能であるはずの主が、こと……この迷宮においてだけは何故にタブーがあるのじゃ?」

 その問いを無視して神はサトリに尋ねた。

「サトリ? 一つだけ質問があるんだけど」
「何じゃ?」

 ニコリと神は無邪気な笑みを浮かべる。

「どうして君はそんなに優しいんだい? わざわざ迷宮の外に出てくるまでの事かい? 放っておけばいいだろうに?」

 ふむ……とサトリは顎に手をやり考える。

「坂口妹の記憶を、我は何度も読んでおる。であれば……こうは考えられぬか?」
「どういう事だい?」
「我もまた、坂口妹の記憶を通じて、間接的に時の牢獄に囚われてしまっているとな。正直な話、奴の心を読んだ瞬間から我は全てに対して諸行無常の脱力感しか抱かぬ。故に……我の願いは、一つだけじゃ」
「なるほど。君もまた全てを終わらせたい……と?」
「その通りじゃ。時に神よ?」
「なんだい?」
「武田順平の居場所については教えてくれんのか?」
「そこまでやっちゃあ干渉のしすぎだよ」
「なるほどの。ではこれ以上用がないのであれば我は去るぞ? こちらにはそれ程時間はないのじゃ」
「ああ、すまないね。それでは――良き旅を」



 サトリが去りゆく音が、静かな森の中に響きわたる。
 やがてその場には神以外いなくなった。
 月を見上げながら、神は独りごちた。

「迷宮の最深層。アルカトラズを抜けたその先には、果たして何があると思う? 君達は何を目指している?」

 遠い目をして、神は口元を大きく歪めた。

「ねえ、武田順平君? 恐らく君は、迷宮最深部に辿り着く事だろう。その時、果たして君がどんな選択をするのか……見定めさせてもらおうか」




 第一章 仮死 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 薄暗い森に、血の臭いが漂う。そこにある状況を嘲笑うように、怪鳥のケタケタという鳴き声が響いた。
 傷だらけの坂口亜美あみを抱えた順平が咆哮ほうこうを上げる。

不死者の王ノーライフキングにケルベロスだって? 迷宮の初っ端に出てきた中ボスが……外の世界こっちでも雑魚のラッシュみたいに出てくるなんて、一体どういう事なんだよ? くっそ……この世界はどんだけクソゲーみたいなお約束を連発すれば気が済むんだよっ! クソッタレがっ!」

 ボトボトと、大粒のよだれが地に垂れる音。
 周囲には二十を超えるケルベロスの群れが散開し、順平に向かって敵意をき出しにしてうなり声を上げている。
 その内の一匹が、順平目掛けて躍りかかってきた。

「今はテメエ等にかまってる暇はねえんだよっ!」

 亜美を持ち上げた順平は、そのまま近くの樹木の枝に向かって跳躍した。
 まさに紙一重の見切りで、ケルベロスの攻撃をかわす。
 擦れ違いざま、ケルベロスの頸動脈に、自らの血液をたっぷりと馴染ませたナイフを滑らす事も忘れない。
 ドシィーーン。
 順平が枝に着地して程なく、ケルベロスが地面に横たわる重低音が響きわたった。

「本当にかつての中ボスラッシュみたいだな」

 ピクピクと痙攣けいれんするケルベロスを眺め、順平は呆れ気味に笑った。

「これが、あれだけ圧倒的オーラを放っていた迷宮の中ボスか。今の俺だったら、うまくやらずとも完勝できるぞ。いや……この場合は俺が強くなったと素直に喜ぶべきだな」

 そうして順平は眼下のケルベロスの群れを見て舌打ちする。

「いい経験値稼ぎの機会なんだろうが……」

 腕の中でぐったりとする亜美に視線を向け、首を左右に振る。
 そしてまた、別の枝に飛び移った。

「残念だが、生憎と犬どもの相手をしている暇はないみたいだ」

 トントントン。
 順平はそのまま枝から枝へと跳躍する。
 そうして、猛烈な速度で離脱を図ったのだった。



 順平は可能な限り亜美を揺らさないよう飛び回っていた。
 というのも、亜美の怪我の具合がかなりよろしくないからだ。
 ケルベロス達の襲撃場所から離脱して既に二十分程が経過してしまっている。
 今すぐにでも、簡易的な治療だけでも施したい。
 だが、ケルベロスの危険が完全に去ったと確信できない以上、そうもいかない。
 そうして樹木の枝の上を飛び回る事、更に数分が経過した。

「ここまでくれば流石に大丈夫だろ。索敵スキルでは、シロって事みてえだし」

 森の中の湖のほとりに順平は降り立った。
 周囲にケルベロスの気配がない事を再度確認したところで、亜美を地面に降ろす。
 最低限の止血は施したが、再度念入りに行う。

「やはり、よくねーな……」

 内臓が露出していて、治癒スキルも医療器具もないこの場では正直手の施しようがない。
 傷口を水で洗おうとしたところで、亜美は弱々しい声で順平に語りかけてきた。

「もう……いいよ。どの道、助からない」
「最後まで諦めるな。足掻いて足掻いて足掻き続けるんだ」
「……何やったって無駄だよ。レア度の高い薬もなければ……凄腕の回復術師もいない。八方塞がりで……もうどうしようもない」
「諦めるな。どんなに無茶な状況だって、必死に頭を使って抗えば、意外と何とかなるもんだからな」
「……まるで……何度も無茶を……乗り越えてきた……みたいに……いう……ん……だ……ね」

 そこで順平は大きく頷いた。

「ああ、何度も乗り越えてきた。本当に無茶振りの連続だったが……乗り越えて俺は、ここにいる」
「やっと少しだけ……自分の事を教えてくれたね」
「ああ、そして俺は足掻いて足掻いて足掻き続けたおかげで、お前に出会えたんだ。だからお前も諦めるな。俺も考えるから、お前も考えろ。どうやれば、生き残れるのか」

 順平の真っ直ぐな視線を受け、亜美は呆れたように笑った。

「……そうだね。考える……か」

 そこで亜美は、はっとしたように息を呑んだ。

「どうした?」
「ほとんど……お伽噺とぎばなしみたいなものなんだけど……」
「お伽噺?」
「ノーライフキングの迷宮の下層には……宝物庫があると言われているの。そこには相当にレア度の高い宝物があって……」

 順平は顎に手をやり、しばしその場で固まった。

「もともと、ノーライフキングは邪教の信仰の対象だったんだよな」
「……う……ん……」
「ノーライフキング自体に宝物の収集癖がなかったとしても、貢物の数々を信者が勝手に納めてたってセンもありえねえ事はないか。そこに回復の類いの薬が紛れ込んでいたとしても不思議ではないよな」

 ただ……と順平は首を振った。

「あの洞窟まで行って下層まで降り、そしてノーライフキングを攻略する。行って帰ってくるだけでも数時間はかかる。その時間、お前の体が持つとは思えない」

 既に血液を失いすぎて、亜美の顔色は蒼白だった。
 内臓が露出しているような大怪我だ。応急処置を施したところで延命できる時間はタカが知れている。

「ねえ、順平?」
「何だ?」
「私の職業をなんだと思っているの?」
「ん? 盗賊だろ……あっ、そういう事か」
「うん。スキル【仮死】……本当にどうにもならない時のスキル」
「死んだフリで、アンデッドや動物系の魔物をやり過ごすのが本来の使い方だったよな? っていうか、ネタスキルの一種みたいな扱いだが……今回に限っては使えるな」
「うん。生命活動のレベルを……血流まで含めて極限まで低下させる。数時間程度ならタイムリミットを……延ばす事も……」

 そこまで言ったところで、順平は亜美を手で制した。
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