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1章.嘘つきたちの想い。
05.ドリームツアーへ行こう
しおりを挟む「セキは他人なの?」
3人で一緒に暮らして3年。こういう関係になって2年。セキはわたしにとってなんだろう。
「これからどうなるのかな?」
お兄ちゃんが結婚するなら、わたしとセキはこの家を出てかなきゃいけない。
現在スカンジナビアにいるお父さんの家から、大学までは容易に通えない。博物館と図書館とお気に入りの古書店へ寄り道もできなくなる。
主婦並みに家事はできるが、わたしはロングスリーパーだ。ゆえに、朝起きは大の苦手でゴミ出しや早朝のご近所の掃除はお兄ちゃんが分担していた。ゴミ出しができなければゴミ屋敷一直線ではないか。これはゆゆしき問題である。
こうなれば、大学の寮かどこかで下宿をするしかない。もしくは、わたしに有能な執事(白髪の紳士。名はセバスチャン)をつけるしかあるまい。ひとり暮らしワンルームにセバスチャンと暮らすのもなかなか人口が過密だ。どっちがロフトを使うのか、毎日じゃんけんするのであろう。
…………嫌だなぁ。
セバスチャン(架空の人物)とワンルームをシェアするのが嫌じゃなくて。そうじゃなくて。
お兄ちゃんのお嫁さんは、きっといい人に違いない。なんたって、お兄ちゃんが選んだ女の人だ。聖母の後光のように、いい人オーラがさしているであろう。
そんないいお嫁さんに、小姑のわたしはイヤミを言うのだ。窓枠や階段の手すりを指で触って『ここ掃除してないわヨ』とか言っちゃうんだよ。ヤバいよ。きっと笑っちゃう。お腹がよじれるくらい笑う。
そして、お兄ちゃんのお嫁さんに心を開いてしまうんだ。
お兄ちゃんを独占した人と仲良くできる? まさか。そんなの気が触れてるとしか思えない。
セキのベッドに座ってうーんと考えていると、電気がゆっくり薄暗くなり、アップテンポな洋楽がステップアップ音量で流れ始める。
「譲が好きな邦楽がよかった?」
「ううん。どうせ聞こえなくなるからなんでもいいよ」
この部屋は無線LANやらナントカやらで制御されている。セキの声で照明も音楽も、パソコンの起動やエアコンまで動く。ずるいなぁ。わたしの部屋もスマホからできるようだが、よくわからなくて設定していない。
いいのだ。わたしは古代ローマよりは近代的な生活をしているのだから。プリニウス大博物誌を読むと、あっちはあれで楽しそうで困る。
「きゆ」
「なぁに?」
いつもは無言でアイマスクをしてくる。それなのに、今日のセキは、わたしの隣に座り優しく肩を抱いて、キスをしてきた。ほんの軽く、セキがセキのまま、わたしにキスをした。
セキはわたしの名前の発音がよろしくない。き、ゆ、なのに、きう、に近い発音をする。
矯正してやって、キユという発音をこの3年で彼は得たのだ。
「……え?」
「こんなの、友達や家族ともするでしょ」
「しないよ」
キスをする海外かぶれの家族だったら、わたしは確実にお兄ちゃんにべろちゅーして押し倒し、本能のままに既成事実を作る。そして、セキからお兄ちゃんのお尻の穴を守る。
わたしのお尻はセキに使われてしまったけれど。
「世基ぃ、アイマスク」
わたしはお兄ちゃんのイイマネをしながら、セキの足を蹴飛ばした。ちっとも似ていないモノマネは、セキいわく『小学生の時の譲に似てる』らしい。
お兄ちゃんが小学6年生のとき、わたしは2歳だ。お母さんが早々とこの世に見切りをつけて、天国へエターナル旅立ってしまった時でもある。
オカルトに興味がわいたのは、お母さんに会いたくてコックリさんをしたのがきっかけだ。だけどコックリさんは明治時代に既に解明された、擬似オカルトの自作自演なのだ。エジソンは霊界テレビを発明してから天国へ行くべきだった。
オカルトは自作自演。迷信と信仰。困った時の神頼み。だけどみんな信じたがる。蜃気楼や見間違いに縋りたがる。
古代より、いいや、人類が家族を持った時から、ヒトを超越した存在をヒトは信じたがっていた。ラスコーの壁画を描いた頃より、人は人を埋葬し、超越した存在になるために獣の皮をかぶりその血肉を食べて、おのれの力にしようとした。
クロマニョン人やネアンデルタール人などの旧人類と現生人類は違う種族だけれども、幻想と理想を描ける感情を持った賢き人、サピエンスなホモである。
旧人類が絶滅したのは、絶滅する運命だったからほかならない。
この失恋もまたそういう運命だ。決まりきっていた。実の兄を好きになっても、家族以上の愛を向けられないこの愛は絶えて滅した。絶滅である。
生きるうえでどうでもいい知識は、鍵っ子のわたしの寂しさを埋めてくれた。
今は、セキが埋めてくれる。
でも。
これからどうなるのかな?
セキもいなくなったら、この関係もなくなるのは確定だ。
「季結、お兄ちゃん、だろ?」
セキがわたしの耳元でお兄ちゃんのイイマネをする。声はぜんぜん似ていなくて、言葉使いが変わるだけ。それでもわたしの腰がぞくぞくとした。
「……ん、お兄ちゃん……ぅ」
アイマスクが目蓋をおおい、わたしの視界を遮断する。
それだけで、わたしの思考は塗り変わる。実兄と愛し合う理想郷へ容易に旅立てる。今宵も虚しきジェネリックドリームツアーだ。
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