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3章.嘘つきたちの思惑。

02.権利なきお手軽な合意

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 ☽・:*



 なんと、我が稲代家が新婚家庭の愛の巣になるのだ。
 ドカドカ猪突猛進で話を進めるお兄ちゃんは、お父さんからこの家を買う手続きを始めた。
 リスボンに着いたばかりのお父さんは、息子の結婚と家のローンがなくなるのを手放しで喜んでいた。

『お父さん、帰国したら自分の家がないんだよ?』そんな娘の心配は『気楽な賃貸暮らしだと思えばいいさ。それに心は母さんと共にある』聞いてもいない惚気を発揮して、我が父は賃貸暮らしを選択した。
 お兄ちゃんは、お父さんとお母さんの部屋はきちんと残すと話してくれた。さすが家族思いなお兄ちゃんだ。

 根からの楽天家の我が父はそのへんに置いておいて、わたしはわたしのお住いを失くすことに軽いショックを受けた。
 新婚家庭に未婚の小姑が住むのは、なんらおかしくない。だが、わたしは明日香さんと同じ釜の飯を食い、同じ風呂に入るのを良しとしなかった。
 そんなことしたら絶対に仲良くなってしまう。近い将来会えるだろう、甥か姪を溺愛してしまう。

 というか、いってらっしゃい&ただいまのちゅーをちゅっちゅイチャイチャする、蜂蜜より甘い新婚さんの生活を目するのかと軽く頭に浮かべるだけで、頭がイカレそう。耐えきれない。
 お兄ちゃんがこの家に女を連れ込んだ実績がないから余計に、どこにどう気を使っていいのか悩むだけハゲそうになる。
 別に明日香さんを認めたくないとか、そういう子供っぽい考えではない。断じて。断じて。

 セキはどうするのかと聞くと、「マンションを借りたよ」といつも通りの笑顔で答えた。 
 わたしとセキは結局のところ、そういう関係だと理解できた。マンションを借りるにあたって、どんな物件や町がいいかなどと相談や世間話もない関係。
 お互いに便利でお手軽な棒と穴の関係だったのだ。

 別々に暮らすようになったら……、便利な棒と穴の関係はどうなるのだろう。
 わたしからは言い出せなかったし、セキから話すことはなかった。
 時々、わたしに気があるようなトンチキなことを抜かすが、あれはただの暇つぶしの嘘なのだとよくわかった。

 わたしはひとり暮らしをするのだ。そう覚悟して、スマホやネットで大学近くのワンルームマンションを探しては、お気に入りにホイホイ登録していた。
 ゴミ出しいつでもOKの物件は、朝がてんでダメなわたしの第一条件であった。ほとんどの学生向けワンルームマンションはその条件をクリアーしていた。あとは家賃と住み心地との相談。

 が、この物件閲覧は無に帰すこととなる。
 お兄ちゃんとお父さん公認のもと、わたしはセキが借りたマンションに下宿するのが決まった。本人そっちのけで、合意が可決されていたのは問題だ。それでもお金をお父さんから出してもらう以上、わたしに拒否権はない。そう、就職をしていたら、その予定があったなら、変わったかもしれないタラレバ運命だった。

 娘に権利がないなんて、初夜権か。──初夜権とは、世界中にあった女側になんの得もない悪しき習慣だ。……わたしの価値観では。
 王や領主などが、新郎よりも先に新婦と初夜をすごしその処女を奪うものである。処女を神聖視している地方もあれば、破瓜の血から新郎を守る口実の地方もあった。また、新婦が処女ではなかった時に結婚をなかったことにもできるなど、女側の意見がまったくない頭にくる設定もある。処女厨か。
女に権利がないのは、なにも初夜権に限った話ではない。古代ローマ時代、女の名前が特別なものではなく順番で呼んでいたのは、女は家長の所有物であったからだ。いまでも女は男の財産・所有物とみなす文化もあるので、それを否定するわけではない。わたしとは価値観が合わないだけ。──……と。あとで本を読みながら考え耽ることにしよう。

 とにかく、選択することなく、わたしの住まいは決まった。
 誰と暮らしてもなんでもいいやという、うらぶれた気持ちもある。誰と暮らそうが、ひとり暮らしを選ぼうが、わたしは住み慣れた稲代家を出るのは覆せない決定事項だ。
 わたしも明日香さんと暮らすのを良しとしないし、今更知らない他人と暮らすのも面倒だった。

 わたしがセキと暮らす最大のメリットは、お父さんが支払っていた住宅ローンと固定資産税、光熱費その他諸々より格段にお値打ちな下宿代だ。
 しかし、セキがわたしと暮らすメリットがわからない。
 わたしを細い糸にして、お兄ちゃんとつながってたいのか? それとも気があるようなたわごとが本当だから? まさか。セキは基本的に嘘つきで本心を常に隠しているのだ。
 本当に気があるなら、マンションを借りる時や下宿を頼まれた時にわたしに相談するなり、自慢するなり、愚痴なりをこぼすはずだ。

 成人しているのだし、自分の住まいくらい自分で家賃を支払うからひとり暮らしさせてください……とは、小遣い程度しか稼いでいない学生の身分では言えない。
 バイト代よりも、〈ゴミ出しいつでもOK〉物件のワンルームマンションの家賃が高いのが現実。生活費光熱費等を考えると、大学をやめてフリーターになるか就職するしかない。本末転倒じゃないか。

『季結、心配するな。お父さんは世基くんに5年分の家賃とお世話になる諸経費をしっかり払ったぞ!』 インターネットでつながったモルディブの青空の下で、お父さんは快活にウワッハッハと、よく日に焼けた顔で笑っていた。
 一方、わたしは日本の空の下で心を曇天でおおっていた。

 わたしがセキと住まねば、お父さんが振り込んだ詐欺師になってしまう。そんな犯罪と詐欺師はないが。
 なぜ我が家の人間は、妹および娘の意見を聞かずに勝手に話を進めてしまうのか。
 これが悲しき扶養者の定めなのか……。




********************

※初夜権については、季結の偏った考えと価値観を優先しています。

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