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3章.嘘つきたちの思惑。

06.解せぬ

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 ☽・:*



「────なんで?」

 わたしは家に着くなり、リビングのベッド並にでかいソファに押し倒された……までは許容範囲。
 家事の手際が良いセキは、人体を拘束するのもたいへん手際が良い。どこで売っていてどこで買ったのかわからない、怪しげなエナメル素材の手錠をされたわたしは、スカートの上から足にローションをぶっかけられてひどく不愉快であった。
 手錠はいい。ローションもいい。だが、服の上からは許さぬ。逃げたら芸人のごとくフローリングで頭を打つだろうし、大きなナメクジが這ったかのようなローションの道が家中にできる。誰が掃除するのか考えたくない。
 すでにお高そうなソファはローションまみれだ。この掃除はセキがするべき。いや、そうじゃない。

「お気に入りのスカートが後でカピカピになるじゃない!」

 スコット人が見たら伝統的なタータンチェックのスカートになんてことするんだ! と怒り心頭になるであろう。

「はいはい。同じの買ってあげるから。ムニクロ?」
「すまむら。去年買ったやつだからもうないよ、きっと」
「すまむらかぁ。ノーチェックだった」

 水とウイスキーを持ってきたセキは、ぬめぬめの権化になったわたしの隣に座る。そしてキャバ嬢のような無駄のない手つきで水割りを作る。

「飲む?」
「酔っ払うぐらい飲んできた」
「そうだったね。告白の邪魔だった?」
「……見てたの?」

 ふと微笑むそれは、少し物憂げでもあるし、怒っているようでもある。なにゆえ怒ってるのかわからないが。

「断るつもり」
「賢明な判断」
「恋なんかいらない。誰ともしない」

 失うくらいなら、恋なんかしないほうがいい。

「恋、しようよ、俺と」

 ロックグラスに注いだ、ストレートウイスキーをセキが少し飲む。キスしそうなくらい近寄ったセキから、ふんわりとウイスキー独特のいい香りが漂う。
 くっ、色気魔人め。

「それ、なに? わたしにも嘘をついてるの?」
「嘘? 真剣に口説いてるんだけどな」
「……しゃらくせぇ。お兄ちゃんを見つめるとき、優しい表情になるじゃんか」
「よく見てるね。きゆのそういう譲には細やかな気を向けるところも好きだよ」
「……なにがす……んっむ……」

 言葉を塞ぐキスをされ、わたしはあやうく自分の舌を噛んでしまうところだった。
 いつもなら、わたしを蕩けさせるキスをするのに、今日のセキはいやに疑い深いキスだ。それもよくなかった。いつもと違うキスは、酔っ払いド淫乱な身体を瞬間的にぐつぐつ煮立たせる。
 ローションまみれにされたスカートの中が、じぃんと疼く。
 なに、このキス。セキらしくない。わたしの気持ちを探るような、うかがうようなキス。

「まともに話し合う気はないの? 理性と本能がカオスの時にするのは、わたしのことをバカにしてんだよ」
「ふふっ。久しぶりにきゆの怒る顔を見た」
「怒ってんだよ!」
「俺も怒ってるんだよ」
「なんでよ。意味わかんない」
「わからないならいいよ。わからせてあげる」

 ごとり。セキがテーブルに置いたのは、太いバイブと球体が連なったアナルバイブ、それから新しいローション1本だった。
 意味がわからん! しかもどこから出した? よもや、4次元的なポケットを持っておらぬだろうな。

「男の子とふたりで帰ってくるふしだらな子に育てたつもり、なかったんだけど?」
「セキには育てられてない」

 セキはウイスキーをくいっと飲むと、そのままわたしにくちづける。口の隙間からつとつとウイスキーが流れ込んできて、酔いが覚めつつあるわたしの喉と胃を熱くさせる。なんたる仕打ちか!

「怒ってるんだよ。俺自身に。きゆ自身に」
「なんで? 説明してくれなきゃ舌噛んでやる」
「極端だなぁ」

 ふふっと仄暗く微笑まれ、わたしは少し後ずさる。ローションを足にぶっかけたのは、逃げられなくするため。おかげでろくに後ずされなかった。
 セーターの上から胸をまさぐられ、お酒も手伝って体温は上がりっぱなしだする。

「説明。セキが怒ってる理由」
「……酔ってるのに男の子なんかに送ってもらったからだよ。どうしてタクシーで帰って来なかったの? 俺を呼び出してもよかったんだよ?」
「タクシーに乗れる潤沢な手銭はない。セキだってまだ疲れてるでしょ」
「1日フルで寝たから疲れは吹っ飛んだよ。朝ごはんの中華粥、美味しかった。ありがとう」

 話している間に、セキはわたしの服を脱がしにかかる。先に手錠をされてるから、服は中途半端なところで留まる。わたしはお酒のせいで、ドキドキと鼓動が早くなっている。違う──わたしはもう期待している。これから始まるであろう、ド変態プレイに期待する人間になってしまった!

「お酒を飲んだら男の子と帰っちゃだめだよ」

 つうっと、整った手がわたしの胸元をくすぐるように触り、鎖骨を爪でカリッと引っ掻く。微かな痛みで眉根が寄った。

「それから」

 ホックを外して浮いているブラを捲りあげたセキは、かたちがいい眉をひそめた。

「キスマーク、消えてるね」

 セキが拉致されるギリギリの時間、玄関でしたのが最後だ。10日もあれば、うっ血痕は新陳代謝で消える。

「文脈がおかしい。それから、の続きは?」
「じっくり身体に教えこんであげるよ」
「こういう人権を無視したやり方はよくないと思う!」




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