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3章.嘘つきたちの思惑。

05.それとこれとの境界線

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「ちょっと待っててね、季結ちゃん」

 駅を出てタクシーをつかまえようとした律人くんに、ありがとうと言ってタクシーは不要だと話した。

「すぐそこ、マンションが林立してるでしょ。そこに下宿してるんだ」
「すごいお嬢様だったんだ」
「どこをどう見たらお嬢様に見える? どう見ても庶民でしょ」
「季結ちゃんのこと、知らないこと多いからさ。オレ、季結ちゃんのこと詳しくなりたいし、オレのことも知ってほしい」
「わたしも。ロンドンのオカルトを少し知れて有意義だったよ」

 ぜひとも、ロンドン塔の幽霊は見てみたいものだ。霊感ゼロでも見れるだろうか?

「そうじゃなくて」
「オカルト話は底をつかないよね。今度はわたしが収集した都市伝説を語るから覚悟してて」
「オレが、ゼミに顔を出すようになったのは……」
「お兄さん思いだからでしょ。わたしと同じだね」

 ……ん? うん……、ん? なんか引っかかる。自分の言葉なのになにゆえ疑問を抱く?

「アニキは関係ないんだ」
「兄弟でオカルト研究できてうらやましいよ。わたしはゼミかツブヤキッターでしか、オカルト話できないしさ。わたしのお兄ちゃんはオカルト的なこと好きじゃないんだ」

 歩いていると、カバンの中のスマホが鳴動したよ。とトートバッグを律人くんが返してくれた。
 わたしは持たせていた慇懃な態度を改めて、律人くんにお礼を言う。そして、スマホの通知を見る。

「……げ」

 メッセージはセキからだった。
『今駅?』
 駅を降りたばかりだ。まさか、わたしのスマホのGPSを拾っているのではないだろうな? いつも迎えに来る時は絶妙なタイミングで来るし……。
 スマホの位置情報はオフになっているから、GPSじゃない。セキの第六感であろうか? シックスセンスではなく……思いついた下ネタダジャレは脳内に浮かばせてもいけない。

「どうしたの? 不破さんから?」
「あ、ううん。違うよ。下宿先の……大家さん的な人からの連絡」
「もう遅いもんなぁ」

 バイトが終わる時間よりは早い時間なので、わたしはあいまいに濁した。

「季結ちゃん。今度さ、ふたりでゴハン行かない? ギルドっぽいダイニングバーがあるんだよ」
「ギルドっぽい? ファンタジー的な?」
「うん、そう。好きそうな感じ」

 ゲームをしないわたしでも、日本のポップカルチャー及びサブカルチャーにおけるギルドっぽいものはどんなものかわかる。
 ファンタジーゲーム的な、ラノベ的なやつだ。馴染みがないが、そういう新しい中世ファンタジー世界に触れるいいチャンスだ。が、万年筆とインクを買う予定があるから、今月はお金に余裕がない。お兄ちゃんの結婚式が控えているから、今月と来月はバイトをたくさん入れてもらったのだ。

「さ来月ならいいかな。今必死にお金貯めてるんだよね」
「誘ったんだからワリカンじゃないよ。おごるよ……じゃなくて、ごちそうさせてよ」
「いやいや、恋人でも家族でもない律人くんにお金を使わせるのは悪いよ」

 ……恋人でも家族でもないのに、セキはわたしに高価なワンピースを買い与えた。もちろん、安価な物や美味しいものもたまに買ってくれる。甲斐性のないわたしは家事労働で返済しているが、それでも見合わない。

 セキは。家族でもカレシでもない。

 ライバルでもなければ、同病者でも同業者でもない。真意の見えない愛を囁く。そして、お互い気が向いたらセックスをするから、オナ友とも言えない。セックスはするが、フレンド……友達でもない。
 裏切り者の嘘つき男でド変態とわたしの関係はなんだろう? 普通の家主と店子はセックスしないしなぁ。

「じゃあさ、恋人? カレシにしてよ」
「……はい?」

 軽いな。……今までの恋愛ごっこを振り返るとこんな感じか。傷つきたくないし、傷つけたくないから、律人くんは軽く言うんだ。思いやりある好青年だ。

「カノジョをおごるカレシ。……つうかさ、いい加減、オレの気持ちに気づいてくれない? 付き合って、くれない?」
「わたし、そういうの……」

 そういうのは間に合っている。間に合わなくてもいい。カレシは3年以上いないし、3か月前にしっかり失恋した。恋は……。
 恋なんて、したくない。

「きゆ」

 歩道にセキがあらわれた! どうしますか? 戦う? 逃げる? 一瞬クエスト的な思考になったが、その前に確認せねばなるまい。

「なんでここにいるの?」
「今駅なら大納言モナカアイス買ってきてもらおうかなって」
「寒いからって、もうアイス食べないじゃん」
「気分だよ」
「なにそれ」

 寒がりのセキは、初冬だというのにしっかり羽毛が詰まってそうなダウンコートを着込んでいる。冬本番になったらどうするんだ。

「は、初めまして。藤原律人と言います。季結ちゃん……季結さんのお兄さんですか?」
「えっ、やめて、律人くん。どこをどう見ても兄妹に見えないでしょ」

 駅前のマンションが建ち並ぶ歩道は、LEDの街灯がたくさん並んでいて、暗いけれど薄闇でもない明るさ。男だからって兄妹には見えないはず。
 律人くんはさっき告白をしかけたから、テンパっているのだろうか?
 脳裏にはラフカディオ・ハーンの〈ムジナ〉がぐるぐると回る。こんな顔? わたしはセキみたいに恵まれた顔をしてない。

「下宿先の……大家さん的な人? なんて言えばいいのかわからないけど、他人だよ」
「そうなんだ……」

 律人くんはあからさまにホッとした後、神妙な面持ちになった。その視線の先はセキだ。

「送ってくれたのかな? ありがとう。ここからは俺が家に連れてくから、きみは帰っていいよ」

 ぐいっとセキがわたしの手を引っ張る。

「すぐそこだし、お茶くらい誘ってもいいんじゃない? それに……大納言モナカアイスは?」
「明日買うよ。マモツトキシヨでティッシュと洗剤買わないとだしね」
「うそだ。大納言やあんこ苦手じゃん」
「きゆは好きでしょ」
「まあ、たいていのアイスというアイスは守備範囲。アメリカンサイズのバーゲンダッテを毎日食べたい」
「新陳代謝落ちて太るよ?」
「脂肪はすべて胸と尻につけばよいものなのに。
 ──あ、律人くん。送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」

 振り返ると、律人くんのひたむきな目と目が合ったが、気づかないフリをした。
 告白は酔った勢いというやつで忘れてあげよう。オカルト話を熱く語り合ったから、気が合うのだと勘違いをしてるんだ。



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