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終章.嘘つきたちの本音。
11.振り返ってはならぬ
しおりを挟む家主のセキがいないから、家に上がってもらうわけにもいかず、最寄りのカフェに律人くんを誘った。
ラストオーダー10分前に滑り込み、わたしはミルクティーを、律人くんはホットコーヒーを頼んだ。
「律人くん、送ってくれてありがとう」
「ううん。お礼は言わないでよ。強引なことした自覚があるからさ」
話を始めようとしたところで、飲み物が運ばれてきてしまった。タイミングが悪い。ティーポットからカップにお茶を注いでいるあいだ、律人くんはコーヒーに口をつけて落ち着きなく腕をさすったり、茶色の髪をいじっている。コンビニやスーパーの前でご主人を待つわんこみたい……とは、さすがに失礼か。
「……なんかさ、季結ちゃん。雰囲気変わった? ……今日は特に、きれいっていうかさ。昨日なにかいいことでもあったの?」
「今日……? 昨日……?」
今日はなにもない。昨日はセキに会って、それだけ。
「季結ちゃん、好きな人がいるんだね」
「うん、いるよ。家族と不破さんたち、みんな好きだよ」
「そうじゃなくてさ」
「ううん。そうでいいんだよ。わたし……最近、失恋して。長い間ずっと片想いをしてたから、もう恋とかいいやって思ってるんだ」
「えっ?」
律人くんは、爽やかな目をしばたたかせる。意外だとでも言いたいように。
「あの人のことが好きなんじゃないの?」
「…………セキなんか、好きじゃないよ」
「セキさんって言うんだ?」
こんな簡単な質問でハメられるとは。わたしはなに食わぬ顔でミルクティーを口に運ぶ。誰かに嘘をつくのは得意なのだ、これでも。
「オレは季結ちゃんが……好き、だったな。今、失恋したけどね」
諦め落ち込んでしまった律人くんに対して、わたしは顔色も態度も変えなかった。動揺も同情も表に出したらそれこそ失礼だ。
「もしもの話ね。もしも付き合ったら、わたしは律人くんに嫌われる自信があるんだよ。ほら、ケンカしたり、すれ違ったりするでしょ。……友達なら、傷つけたり嫌ったりしないよね?」
我ながらズルい。気持ちを受け取らずに、言い訳を並べて連ねて防衛線を張る。傷つくのも、傷つけるのも、したくない。ぬるま湯のような人間関係の雰囲気に浸かって、クラゲのようにたゆたっていたい。
特別な好意を向けられて、あいまいにし続けるのは残酷だ。あいまいにして、濁して濁して濁し続けてフェードアウトしたら、傷つけずに、傷つかずに済んだのかもしれない。残念ながらわたしは器用じゃない。曖昧にしていて情がわいて、ほだされ流されるのも容易に想像がつく。これまでそうだったんだから。付き合おうって言うのも別れようって言うのも相手から。好きになる努力をしようとしても、最愛の人を忘れることができないどころか、違いを見つけるたびに付き合った人に嫌悪感が湧いた。結局のところ、嫌われる原因はわたしのなかにある。
他人や自分を嫌いになる人間関係は、もう必要がない。いらない。無理。愛の代わりはない。
「律人くんには不誠実でいたくないんだ。友達だから」
わたしと律人くんのあいだにしばらく沈黙が入る。カフェ店内に流れる明るいジャズが不釣り合いだ。
「不誠実か。オレじゃなくて……。ううん。いいや」
不誠実でいたくない。それは、わたし自身に不誠実になりたくないのもある。セキは関係ないぞ。断じて。
嘘つきのわたしは、わたしに正直なのだ。
「季結ちゃん……冬期休暇が明けたら、さ。みんなで新年会しようよ。友達、としてさ」
弟属性の律人くんは、わたしより大人だ。それでいて、ド変態でドスケベでもない、ごく一般的な優しいカレシになる可能性を秘めている。
脳の3分の1ほどはアーサー王とオカルトだから、一般的なカレシにはならないか。それでも、律人くんが自分の隣にいるのがうまく想像できない。
「その前に、季結ちゃんからの年賀状、待ってる」
「通信欄はヒエログリフで書いたよ」
「……うん。楽しみに、してる」
鏡文字で応戦するよ、と俯いた彼はコーヒーが満ちたカップを見つめたまま言った。
ここに長くいるのは、律人くんのためにもわたしのためにもよくない。
「……律人くん。先に、帰るね?」
「うん。そうしてもらえると、助かる」
律人くんは泣きそうな顔でくしゃっと笑う。わたしが悲しませてしまった。失恋の悲しみと虚無感を知っているだけに、ズキズキ心が痛い。
ごめんなさい、気持ちにこたえられなくて。律人くんには、花のような可憐な女の子が似合うから。きっと、出会える。なんて、口が裂けても言えない。それは、律人くんをいたずらに傷つけるだけ。
これ以上の恋愛に発展する前に彼の気持ちを拒絶したのだ。
わたしはミルクティーの代金をテーブルに置いて、振り返らずにカフェを出た。
別れの後は振り返ってはいけない。そう神話の時代から定められている。振り返ったら、置いていく人を傷つけるか、自分が囚われるか。
律人くんと友達になりたいなら、わたしは振り返ってはいけない。
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