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Chapter.08

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「結局、親父の方については、梦に魅せられただけの狂信者だったか――面倒臭っ!」

 鑑識から回ってきた報告書を机に放り投げ、ハズレだったことに憤慨する俺。

「ええ。鑑識から『ミンチ肉だけで解るかボケ!』って、苦情上がってたわよ?」

 アイス珈琲を持ってきたミミが、呆れた顔で言ってくる。

「俺の知る所では全くねぇよ! ミンチにしくさった実働部隊に文句言えっつーの。いくら沙知のファンだからってハッスルし過ぎ」

 沙知本人は知らんのだけども、所轄内ではミミと肩を並べる人気者だよ。


 見た目がロリ巨乳で可愛いらしい小動物な沙知はドジっ子属性も持っている。
 庇護欲を掻き立てられた男性隊員らの中には、恐ろしく病的に崇拝してやがる信者さんも数多いんだな。

 ちなみに沙知が転属された時、俺へと回された沙知のマル秘赤裸々白書身辺調査報告書には、全く関係のない私生活の事まで分単位で緻密に調べ上げられ、きっちり報告してきた猛者なんかも諜報部に蔓延っているくらいにはな?


 私的利用してまでストーキングするって問題じゃね? 良いのかそんなで?


「しかしだな、親子揃って贄になってるとは思わんだわ。親父の方に取り憑いてるもんだと踏んで、あれだけの人数を割いたんだけどな? 視れれば一発だったんだが、正直、当てが外れたわ」

 沙知が向かっていた場所というのが、俺が埠頭で排除した少女の親だ。


 結局、二人ともただの贄だったと言うオチ。
 ならば元凶たる梦は何処に潜んでいやがる?


「こうなるとアバズレちゃんから切り崩すしかないわね……」

「まぁな。そっちは沙知が上手くやるだろ? アイシャも付き添ってんだし」

「――ホント、あーちゃんは鬼ね」

「ミミ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶって言うだろ? それだよ」

 ミミが入れてくれたアイス珈琲を飲みながら、軽く返しておく俺。

「ハイハイ。今頃、ブツブツ怒ってるわよ? 沙知ちゃんも大変ね……フフフ」

 切れ長の目を細めた意地の悪い笑顔で、沙知を気遣うフリのミミ。
 別の思惑があって愉しんでいやがる時に良くする笑顔だった――。


 ◇◇◇


 朝の登下校時間、学生たちが行き交う天下の横道に、並んで歩く二人の美少女。

 通りかかった芋兄ちゃんらに二度見され、女子からは奇異の目を向けられていた。

 そんな良くある朝の風景の中、名門高校の制服に身を包んだロリ巨乳な美少女が、隣を歩く同じ制服の女子高生なツインテールの少女に向かって、なにやらブツブツと大声で愚痴っていた。

 歩く度に最重要機密、極秘扱いの情報を平然と口にして垂れ流していく沙知と、その面倒見役で付き添うアイシャだった――。


「もう、お兄ちゃんは鬼! 絶対に私の扱いがおざなり過ぎる! 私は奴隷じゃない! こんなの絶対におかしい!」

 お兄ちゃんに名門高校の制服を着せられて、潜入捜査の任務を告げられた時は、その場で射殺してやろうかと本気で思った、いやマジで。


 大学出てる社会人にこの仕打ちはない!


「まさかこの歳になって女子高生ファッションって何⁉︎ 流石に小っ恥ずかしいっての! イメクラ違うのよ? 正に鬼よ、鬼! 更にこの格好で潜入捜査ってもうね酷くない⁉︎ オマケに私がアイシャさんの妹っていう設定が何を置いても絶対におかしい!」

『守秘義務って言葉、おわかりかしら? 沙知? 帰ったら果てのない始末書の山脈に埋もれたくて?』

 ついこの間、完成したばかりの専用人型ボディに入ってるアイシャさんが姉役になりきって、何処かの令嬢みたいな仕草で私を呼び捨てにする。


 ウチの部署の面子は、どうあっても私に意地悪する事しか頭にないの?


 それにお兄ちゃんの大好きな、電脳歌姫のあの子そっくりな姿ってのがやたらと尊くて、ほっこりさせられるのが余計に悔しい!

 何処からどう見ても人間にしか見えないし、声も極自然に聴こえてくる神調教だし、アンドロイド最高かよ!


 でもね?


「ツインテにツルペッタンで身長も大差ないのに、その性格設定はないよ! なんで悪役令嬢風味なのよ! 絶対におかしいでしょ!」

 アイシャさんの前に立ちはだかって、盛大にツッコミを入れる!

『お嬢様方が通ってらっしゃる名門高校でしてよ? お上品に振る舞う方が様になってよろしくてよ? おわかり?』

 流石にオーバーテクノロジーなA.I.だよ、そんな形でも完璧お嬢様を演じてらっしゃるよ、最高かよ!


 ただ、外見は尊く素敵でもやっぱりキモい。
 普段の口の悪さを知ってるだけに、余計にキモい。
 演劇じみた物言いに鳥肌が立つよ。


『今、とてつもなく失敬なことを考えてなくて? 表情に出ていましてよ?』

 ジト目で私を見るアイシャさん。
 洞察力も流石ですね、うん。
 しかもそんな表情すら人間そっくりって……。
 このアイシャさんの魅惑のボディに、どんだけお金注ぎ込んだの?

『言っておきますけれど、わたくしが付き従わねばならないほど、沙知が臆病過ぎるのもいけませんのよ? 室長には感謝しておきなさい』

「ぶーぶー。一人はヤなんだもん」

『はぁ――やはり妹役がお似合いです。さて、そろそろ学校の近くです。ちょっと真面目に学生やって下さい、沙知巡査部長。それに失った青春を取り戻すチャンスです! 頭の補強にも丁度良いでしょうし』

 口調も戻し握り拳で超絶ウィンクなアイシャさんは、私を可哀想な者を見る蔑んだ目で見ていた。


 どうあっても私を辛辣に扱う気満々だね!
 私の青春はまだ失ってないわ!

 でも、馬鹿なのは生まれつきでごめんなさい!


「うう……アイシャさんが辛辣過ぎる……。お兄ちゃんをベースに開発されただけあって、地味に効くよ……とほほ」

『ささ、行きますわよ』

「うう、私って絶対に幸薄いんだよ、ここでも……なんかもう虐められる未来しか知れない」

 ブツブツと文句を言いながら、名門高校の門を跨いだ。

 誠に遺憾では御座いますが、私の二度目の高校生活が今日から始まった――。



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