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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード51-4

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膜張メッセ 09:30時――

 設営が終わった別の個人サークルのスタッフが、五十嵐出版のブースを訪れ、作品の取り置きを依頼してきた。
 取り置きに用意していた部数は、ものの10分足らずで完売となり、あとは開場を待つのみとなった。

「よし、向こうの様子でも確認するか……」
「睦美先輩? 向こうって何です?」

 睦美の呟きに、状況が飲み込めないユズル。

「実はな、『S4』の活動場所はココであってココでないのだ」
「ん? 益々わからなくなりました。一体何が……」
「百聞は一見に如かず。付いてきたまえ」

 そう言うと睦美は、出入口を出て少し歩いた先の、臨時駐車場を目指していた。

「駐車場? 何か置いてあるんですか?」
「まぁね。お、アレだよアレ」

 睦美はすぐ先に停車している、観光バス程のサイズの車の方に歩いて行った。
 その後を付いて来たユズルたちは、目の前の車を見て眉をひそめた。

「献血の車? この場所に何でまた……」 
「『献血イベ』はコミマケの風物詩となっている位、恒例行事なのだよ」

 血気盛んな若者が多く集まると言う事で、会場付近に献血バスを配置し、献血を呼びかける行事が毎年行われる。
 献血をした者には、そのイベントに使用したキャラクターのポスター等を渡す事になっている。

「達也が冗談で言った事、まさか実現させたのですか?」
「ヒントにはなったかな。内容はかなり違ってしまったがね」

 一同が呆気に取られている中、献血バスの扉がプシューと開いた。

「よぉし、ちょっくら向こうの様子でも見に行くか? ……ちゃんはどうする?」
「ん……まだ早い。寝る」
「ああそうかい。この時間だったら、もう来てるかもよ? っておや?」
 
 献血バスから出て来た者が、睦美たちに気付いて手を振った。

「オーッス! やっぱもう来てたか」
「どうも、お疲れ様です」

 愛想良く手を上げたナース姿の女性に、睦美は会釈した。

「ヤッホー、右京ちゃん!」
「ほぇ? アノ方は……」
「えっ!? まさか……」

 目の前の女性に、ユズルは面食らった。

「え? リリィ、さん!?」
「誰? んーっ? ひょとして、静流……クン?」

 リリィはユズルを目を細めてじーっと見つめ、やがて静流だと認識した。

「一体何してるんです? ってうわっ!」

 リリィに話しかけた途端、ユズルに向かって危険タックルをかます者が現れた。

「静流ぅ! やっと来た」
「し、忍ちゃん!?」

 ユズルを抱きしめているのは、やはりナース服を着ている忍だった。

「静流ぅ……どんな格好をしてても、私にはわかる。この匂い、間違いない」
「うぐぅ、く、苦しい……」

 ユズルの顔が、見る見る内に紫色に変わっていく。

「はひぃぃぃ……」
「ん? はわっ!」

 ぐったりしているユズルを見て、はっと我に返る忍。

「ゴメン静流、嬉しくて、つい……」
「忍……ちゃん、この格好の時はユズルと呼んでほしいんだけど……」

 忍に抱き抱えられ、立てない位に消耗しているユズルを見た睦美が言った。  

「忍お姉様、とりあえず、中で話しましょう」
「うん、わかった」

 睦美に言われ、忍はユズルをひょいとお姫様抱っこし、献血バスに乗り込んだ。

「お師様、相変わらず加減を知らない人ですね……」

 元『静流派』である左京は、忍の事を師と仰いでいる。

「何か面白そうになって来ましたね? リリィ殿?」
「まだまだ。驚くのはこれからよ?」

 右京のクセなのか、脇をパタパタさせながら、献血バスに乗り込んだ。

 献血バスの中に入ると、観光バスのような座席が無い為、広く感じられた。

「ほぉ……居住性はすこぶるよさそうですね」
「インベントリに放置してあったキャンピングカーをベースにしたんだよ。突貫でやったにしてはイイ出来でしょ?」
「あ、アノ車か……」

 リリィは自慢げにユズルにそう言った。
 備え付けの長椅子に、ユズルを自分の膝枕で寝かせる忍。
 ユズルは寝たままの姿勢で睦美に聞いた。

「む、睦美先輩、状況を説明……して下さい」
「では解説しよう! 外見は献血バスに偽装しているが、中は全然違う。そうだな、例えるならコイツは、移動型の『総合娯楽施設』とでも言おうか」
「何ですと……?」
「今回は試験的に導入するが、今後は状況に合わせ、いろいろな運用を考えている」
「娯楽って、一体何を……あ、あれってもしかして……」

 奥には診察台の様に配置してある3台の『何かの装置』が見えた。

「そうとも。『塔』の仮眠室にある『睡眠カプセル』だよ」
「一応聞きますが、何をするつもりですか? 睦美先輩?」
「無論、ユーザーに『イイ夢』を見てもらうのだよ」

 睦美は、『薄い本』に付けるクーポン券で、ユーザーに夢を見せるつもりらしい。

「素晴らしい! 噂には聞いていましたが、ついに実体験できるのですね? ムフゥ」
 
 右京は、また脇をパタパタさせて興奮している。

「『S4』で生の寸劇を見せようかと思ったのだが、いろいろと準備が遅くてね。苦肉の策だよ」
「候補には、『生板ショー』もあったとか……実に残念です」
「何ですか?って、マグロの解体でもするんですか?」
「『生板ショー』とは……ごにょごにょ……」
 
 首を傾げているユズルに、左京は扇子で口元を隠し、ユズルに耳打ちした。
 すると、ユズルの顔がみるみる赤くなっていった。

「うひゃあ……ボツになってよかったぁ……」

 睦美と左京の話にドン引きするユズル。 
 ちなみに『生板ショー』とは、ストリップ小屋で行われる、お客様参加型のエッチ鑑賞会の事である。

「忍ちゃん、もう平気だから」
「じゃあ交代」

 回復したユズルが、忍の膝枕から起き上がると、代わりに忍がユズルの太ももに顔を預けた。
 ユズルは、少し引っかかる事を睦美に聞いた。

「実際に献血をしに来る人がいたら、どうするんです?」
「それは無い。コイツはな、光学迷彩で不可視化出来る上、人払いの結界を張る事も可能なのだ!」
「随分手が込んでますね……ロディの【コンバート】を使ったんですか?」
「そうそう。今回も大活躍してもらったよ」

 ロディの本来の能力である『チラウラノート』の能力で、キャンピングカーを改造したのであろう。

「総合娯楽施設と謳うには、少し物足りないような気がしますが……」
「鋭いね。確かに夢を見せるだけでは不十分だ。それを補うもの、それはユーザーとの『触れ合い』だろうと私は思う!」

 睦美は続けた。

「一般的な三次元アイドルの奉仕活動は、『サイン会』や『握手会』だろう? 最近では2.5次元とやらもいるにはいるが、私に言わせれば生温い。二次元では味わえないと諦めているユーザーはこの世にごまんといる。そこで『S4』の出番となるのだ!」
「ふむ。仰りたい事はわかりましたが、それとこの車にどんな関係があるんです?」

 趣旨を理解したユズルであったが、まだ完全とはいかなかった。

「左京、そこのドアを開けてみろ」
「御意」カチャ

 キャンピングカーの時、トイレだった所のドアを左京が開けた。
 すると、ドアの中にちょっとした空間が広がった。

「中に部屋があります。結構広いですね……ん?」

 左京は恐る恐る中を覗くと、ネコに似た小動物と目が合った。
 
「何でしょう、あの愛くるしい小動物は? フェアリー属性のポケクリ、でしょうか? こちらに来ます!」

 小動物は左京を視認するや真っ直ぐにダッシュし、ドアから飛び出た。

「あ! 静流サマ! お疲れ様ですニャ」
「ロコ助? 何でお前が?」
「雰囲気変わりましたニャ、イメチェンですかニャ?」

 ユズルの前に来た小動物は、『インベントリ』内のコンシェルジュである、ロコ助だった。
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