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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード53-4

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腐中駅付近 『ダイトーステーション』――


「「「「お!? おお~!」」」」


 クレーンゲーム初心者の静流が、一回のプレイで三個の景品をゲットした。
 偶然とは言え、予想以上の結果に、達也たちは勿論、周囲の客たちも沸いていた。

「スッゴぉい! 素敵よ五十嵐クン!」
「ス、スゲェ。 どうやったら一発で3個捕れるんだ!?」
「まぐれだよ。 いわゆるビギナーズラックってやつ?」

 朋子や達也にそう言われ、静流は後頭部を搔き、照れながらそう言った。

「ほぉ。 こりゃあたまげた!」

 この光景には、玄人のヤス子も流石に唸った。

「お静ちゃん、 ホントは相当のヤリ手だったり? 人が悪いなぁ? このこのぉ」クイクイ

 ヤス子はそう言って、静流の脇腹を肘でつついた。

「そ、そんなんじゃない! ホントにまぐれなんだってば……」

 ヤス子は感心して静流に言った。

「まだ伝授してない『タグ掛け』を、偶然とは言え同時に3個掛けるとは……何たる強運の申し子!」
「『タグ掛け』? そんな技があるの?」
「どうだ? お静の強運はこんなもんじゃねぇぜ?」

 蘭子がドヤ顔でそう言うと、真琴が反応した。

「強運?……もしかして『サチウスの腕輪』の効果かも」
「この腕輪の? 人払いだけじゃないの?」
「女神サチウスはギャンブルの女神様らしいの。 気まぐれで有名みたいだけどね」
「そうなのか……ありがとうございます」

 静流は腕輪を見つめ、小さい声で礼を言った。

「納得した。 狙って出来る事じゃないもんね」
「この技は大物にも使えるから、 覚えといて損はないぜ?」

「わかりました! 『師匠』!」
「ししし、師匠だって? あちきが?」

 静流にそう言われ、動揺を隠せないヤス子。

「だって、 ヤスさんは『クレゲー』の師匠でしょ?」パァァ

「はひぃぃ。 お静ちゃん、 嗚呼お静ちゃん、 お静ちゃん……」

 静流の腕輪補正アリのニパを受けたヤス子は、しばらくフリーズしていたが突然動き出した。

「よしわかった! アチキがブツをゲット出来るよう、全力でサポートしてやるぜ!」

 ヤス子は親指を立て白い歯を見せて言った。

「ありがとう! 師匠!」パァァ
「はぁぁ……イイ響き。 たまんねぇなぁ……はぅ」

 静流に礼を言われ、顔が緩みっぱなしのヤス子。
 すると、突然朋子が喚き始めた。

「ちょっと五十嵐クン? キヨコが1個ダブったよ! もう一回で確実にカネダをゲットして!」
「え? は、 はいぃ……」

 朋子の豹変ぶりに驚いた静流は、再びスティックを握った。
 ヤス子のサポートもあり、何とかご所望のぬいぐるみをゲットした静流。

「よし! 上出来だ!」
「ふぅ。 何とか捕れたな……」
「やった! 『大東京アベンジャーズ』コンプだ!」キャピ

 獲得口から当然のようにぬいぐるみを取り、景品用の袋に詰める朋子。

「ありがとう五十嵐クン! 付いて来て良かったぁ♪」
「う、うん。 良かったね伊藤さん……」

 満面の笑みでそう言う朋子に、静流は苦笑いで応えた。

「ムフ。 ダブったテツオは、 京子が持ってるヤマガタのアクスタと交換しよっと♪」

 袋の中を見ては顔を緩めている朋子を見て、静流は達也に小声で聞いた。

「達也、 伊藤さんって、 あんなキャラだったか? 何か高圧的って言うか……」ヒソ 
「な? 結構イタいだろ?」ヒソ 

 そんな事を話していると、朋子が音もなく近づき、達也の脇腹にエルボーを食らわせた。

「ぐしっ!?」
「ぜーんぶ、聞こえてるよー♪」ニコ

 朋子が笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。 

「うぐっ……俺も来て良かったぜ」
「ならば、 よし!」

 ひと段落した所で、ヤス子は頷いて静流たちに言った。

「よぉし! 肩慣らしは終わりだ。 本命の台に行くぞ!」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 静流たちは本命の『やさぐれウォンバット』が入っている台を探した。
 
「ええと……何だっけ?」
「『阿鼻叫喚』シリーズでしょ? 私も欲しいなぁ……」

 あまり興味を示さない静流に、朋子がすかさず補足した。

「おかしいな、 確かに見当たんねぇ。 デカいからすぐわかるはずなんだがな……」
 
 キョロキョロしている蘭子に、ヤス子は得意げに言った。

「そういう時は、スタッフを呼ぶんだ。 スタッフ~!!」

 ヤス子は少し大きめの声でスタッフを呼んだ。


「はいはぁ~い♡」


 ヤス子の呼びかけに、青をベースに肩の辺りが赤い制服を着たスタッフが、パタパタとこちらに小走りで駆け寄って来た。
 シャツの上からでもはっきりとわかる二つの膨らみが上下に揺れていた。

「うほ。 デカいな……アンナ様レベルか? それ以上かも」
「待てよ? あれは……」

 達也はそのスタッフの一部を凝視し、無意識に声に出していた。
 蘭子は目を細め、スタッフを見つめた。

「サ、サチコ先輩!?」
「あら蘭ちゃん! 久しぶりね?」
「サチコ先輩、お疲れっス」
「ヤス子? 珍しいわね、このフロアで会うの」
「ちょっとしたヤボ用でしてね。 ね? お静ちゃん?」
「ど、どうも……」

 ヤス子に話を振られ、会釈する静流。
 すると、サチコの様子が変わった。

「その桃色の髪……アナタ様はもしや……静さま!?」
「えっ!? お蘭さん?」

 腕輪をしているにも関わらず、一発で見破られた静流は、怪訝な顔で蘭子を見て言った。

「この人もヤスと同じ、長年おめぇを探して来たクチだ」
「そっか。 ならしょうがないか……お察しの通り、僕は五十嵐静流、 です」ペコリ

 観念した静流は、自ら名乗り、頭を下げた。

「きゃっはぁ~ん♡」

 サチコは自分の直感が正しかった事がことのほか嬉しかった。

「本物、 本物だわ。 苦節3年、 長かった……」

 天井を見てブツブツと呟いているサチコを無視して、ヤス子が言った。

「サチコ先輩は桜花魔導女子大に行ってて、ココはバイトなんだ。 スゲェだろ?」

 それを聞いた真琴と達也が食いついた。

「桜花!? あの超エリート校?」
「しかも、美人揃いって評判の?」
「まぁねん♡」

 身を乗り出した二人は、方向は違うがサチコを称賛した。
 二人に持ち上げられ、満更でもないサチコは、ドヤ顔でポーズをとった。

「おっといけない、 今は仕事中だった! 何かトラブルでもありましたぁ?」

 直ぐに自分の今の立場を思い出し、仕事モードに切り替えた。

「サチコ先輩、『阿鼻叫喚シリーズ』の台って、 何処にあるんス? あちきもこのフロアは詳しくねぇんで」
「そうよねぇ。 たまに来ても、 コインゲームのフロアにしか用無いもんね?」
「それはもうイイッスから、 『阿鼻叫喚シリーズ』の台に案内して下さいよぉ」
「何ですって? 『あの台』を攻略するつもり?」
 
 和やかな雰囲気だった場が、一瞬で緊張感に包まれた。
 重い空気の中、口を開いたのは静流だった。

「ワケあって、どうしても『やさぐれウォンバット』をゲットしないとダメなんです」
「え? アレを? よりによって『ラストワン』がターゲットとは……」

 サチコは少し間を置いて、小さく頷いたあと、仕事モードで言った。

「わかりました。 それではご案内します」
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