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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード53-3

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腐中駅付近 『ダイトーステーション』――

 蘭子の幼馴染である兵藤ヤス子は、『クレゲーのヤス』と呼ばれる程の腕前らしい。
 資金の問題は、蘭子が預けていた10万枚あるコインを使い、クレーン用メダルに替える事で話が付いた。

「昔な、ダイトーの太刀川店で競馬ゲームのGⅠレースで大穴を当てたんだ。 管理はコイツに任せてた。 な、ヤス?」
「あ、ああ。 そりゃあもう大騒ぎだったぜ。 ハハハ……」

 話を振ったヤス子の態度が何か怪しい。
 蘭子が眉をひそめてヤス子に聞いた。

「ヤス? おめぇ何か隠してやがんな?」ギロ
「い、いや何も?」プーププ-

 蘭子に睨まれ、吹けない口笛を吹くヤス子。 

「おいヤス、 メダルが無効になっちまうから、 定期的に出し入れしとけって言ったよな?」
「それは勿論やってたさ……」
「じゃあ何だよ? まさかおめぇ……」

 ヤス子に掴みかかる寸前で、ヤス子が手を合わせて頭を下げた。

「済まねぇ! 実はちぃとばかし使い込んじまった……」
「何だと? どう言うこった!」

 蘭子に問い詰められ、観念して白状するヤス子。

「で、 今は幾らあるんだ?」
「さ……3万ちょい」


「「「「何ィィィ!?」」」」

 
 7万枚ものコインが使い込まれていた事が発覚し、一同は驚いた。

「最近負けが込んでてよぉ……これでもコイン落としで1万返したんだぜ?」

 後頭部を搔きながら平謝りのヤス子に、蘭子がゆっくりと口を開いた。

「ヤス……おめぇには言いたい事があるが、 今回は見逃す」
「ワリィな。 その内大穴当ててキッチリ返すからよぉ」

「ただし! お静がブツをゲット出来るまで、 おめぇがサポートしろ!」ズビシィ! 

 蘭子がヤス子を指さしながらそう言った。

「勿論! こちとらとしちゃあ、 ムフ。 願ったり叶ったり……だぜ!」

 ヤス子はチラチラと静流を見ては、顔を緩めていた。
 浮かれ気味のヤス子に、蘭子はトドメを刺した。

「当然、コインが無くなったら、おめぇが肩代わりしろよな?」
「うげっ!? 肝に命じます……」

 一瞬で顔を青くしたヤス子に、気まずそうに静流が話しかけた。

「あの、 迷惑でしたか?」
「ととと、とんでもねぇ! むしろラッキーデーでさぁ」 
「そうですか。 それならよかった!」パァァ

 静流の安堵から出たニパを浴び、腕輪越しではあるがヤス子には効果があったようだ。 

「むっはぁー! 勿論ラッキーパーソンはアナタ、『桃色の髪の美少年』のお静ちゃん! くっはぁー! たまんねー!」
「ヤス、 おめぇってヤツは……」

 静流に話しかけられ、途端にハイになるヤス子に、蘭子は殺意を覚えた。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 受付でコインをクレーンメダルに替える蘭子とヤス子。
 暫くしてぎっしりメダルが入ったドル箱を抱え、二人が戻って来た。

「取り敢えず1万枚をメダルに替えたぜ。メダルは1250枚だ!」ジャラ

「「「「おお~!!」」」」

 ドル箱に山盛りに入っているクレーンメダルを見て、一同が感嘆の声を上げた。
 周りの客も、ガラの悪そうな二人を遠目で見ていた。

「コイン一枚8円か……足元見やがって……」
「ヤス! イイじゃねぇか! 換算したら12万5千円浮いたワケだろ?」

 そう言って蘭子は、白い歯を見せて笑った。

「スゲェぜお蘭! そんだけあるんだったら、 簡単にゲット出来ちまうんじゃねえか?」
「便乗して他の景品も頂いちゃおうよ! さっきからロックオンしてるのもあるし♪」
「おう! 任せとけ」

 達也と朋子が、手を取り合って喜んでいる。
 そんな三人を見て、ヤス子は溜息をついた。

「甘いぜ欄の字。 メダルはな、 現金の倍入れるハメになるんだぜ?」
「え? そうなのか?」
「しかもだ。 台にもよるが、ただ掴んで落とす行為が内部メカの『確率』で制御されてるのもあるんだぜ?」
「何だそりゃ!? だったら『当たり』を引くまで捕れねぇって事かよ?」
「おい! 声がでけぇぞ!」

 蘭子を含めた一同は、ヤス子の言っている事が理解出来なかった。

「これだから素人は……ま、おいおい説明するわな」

 ヤス子は先ず、初心者向けの台に一同を連れて行った。

「うん、 こいつなら技の説明に丁度イイな」
「あ! それイイ! やろやろ♪」

 ヤス子が指定した台は、1プレイ100円の2次元アイドルのマスコットぬいぐるみだった。
 たまたま朋子がロックオンしていた台だったらしく、朋子は終始ノリノリだった。

「先ず見る所はアームの閉じた状態のツメ。 少しでも離れてるのはアウト。 ジャストか重なってるのがベターだな」

 ヤス子は500円で6回プレイする事とし、メダル12枚をメダル用投入口に入れた。

「百聞は一見に如かずってワケで、先ずは小手調べ、と」
「どれ、 お手並み拝見と行こうか?」

 蘭子は腕を組んで、ヤス子を見守った。
 ヤス子はスティックを握り、アームを操作した。

「さぁて、どれにしようか、な?」
「アレ! あの前髪ぱっつんの男の子なんかイイんじゃない?」
「じゃ、リクエストに応えて♪」

 ヤス子は無駄の無い操作で、人型のぬいぐるみの首とわきの下の間に二本のアームを入れた。

「はい、おしまい♪」
「スゴい! 簡単に持ち上がった!」

 上昇したアームは、しっかりとぬいぐるみをホールドしたまま、獲得口の上で停まり、アームが開いてぬいぐるみが落ちた。

「よし、 これが初歩中の初歩、『袈裟掛け』でござーい!」


「「「「おぉ~!!」」」」パチパチパチ


 初手でいとも簡単にゲットして見せたヤス子に、一同は拍手した。
 しゃがんで獲得口から取り出したぬいぐるみを、朋子に渡すヤス子。
 
「ほい。 欲しかったんだろ? やるよ」
「ホントに? うわぁ、 嬉しい♪」キャピ

 普通にぬいぐるみをやりとりしている二人の女子が、達也と真琴にはそう見えなかったようだ。

「か、かっけぇ。 すっげえ男前じゃんか……」
「ヤス子さんって、 ちょっと危険な雰囲気あるわよね……」

 調子に乗ったヤス子は、次々とノーミスでゲットしていく。

「ヤッちゃん! 次、 あの子お願い!」
「おう、 任せとけ! 次は『横四方固め』を試すか?」

 立て続けで4個目のぬいぐるみをゲットした時点で、蘭子はヤス子に声をかけた。

「おい、あと2回あんだろ? おめぇがスゲェのはわかったから、 次はお静に代わってやってくれよ?」
「え? 僕がやるの?」
「あたりめぇだろ? 練習なんだから!」
「おっと、そうだったな」
「え? あと3個でコンプなのに……」

 残念そうな顔の朋子をスルーして、ヤス子は静流に台を代わった。

「お静ちゃん、 今までの技は理解してくれたか?」
「う、うん。 まぁ、 大体?」

 ヤス子の問いに、頼りなさそうな返事の静流。
 そんな静流に、ヤス子は親指を立てた。

「練習なんだからよぉ、気楽にやればイイんだ!」
「わかった! やってみるよ♪」パァァ

 ヤス子にそう言われ、緊張がほぐれた静流。

 スティックを握りしめる静流に、朋子がターゲットの指示を送った。

「えっとね五十嵐クン、 コレとコレと……コレ! お願いね!」フンッ
「全部捕りにくいポジションじゃん! うわぁ、プレッシャーだなぁ……」

 横にいる朋子の、熱を帯びた視線が気になって、静流は集中出来なかった。
 
「おい! 時間切れになるぞ? 早くボタン!」
「え? ああーっ……」

 ヤス子にそう言われたが、もう一歩遅かったのか、時間が来て勝手にアームが下降していく。

「プッ! 静流、 ドコ狙ってんだよ?」
「しょうがないだろ? 時間切れ……はぁ?」

 達也になじられて言い訳していた静流に、予想外の事が起こった。
 状況を目の当たりにした達也がうめいた。

「うげ……マジ、 かよ?」

 無茶苦茶な位置に下りたアームは、ぬいぐるみのタグが付いたナイロンのヒモを通って、爪にひっかけ、上に持ち上げた。 
 その数、何と三個。アームは無事に獲得口までぬいぐるみを運び、アームが開いた。
 静流はぬいぐるみが落ちるのを、ただ呆然と見ていた。


「「「「お!? おお~!!」」」」


 一同は驚きと歓喜の入り混じった声を上げた。
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