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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード53-7

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腐中駅付近 『ダイトーステーション』――

 通常の3倍近くの大きさがあり、スタッフの間では『沼』と呼ばれているクレーンゲーム。
 静流たちが果敢にチャレンジした結果、獲得できた景品は狙っていたものではなかった。
 しかも『設定』がリセットされてしまうというおまけ付きであった。

「ううっ、 やっちまったな……」
「結局幾らが天井なのか、わからずじまいか……」

 ヤス子にお膳立てしてもらいながら、芳しくなかった結果に、静流は落ち込んだ。

「『沼』からゲットできたのに、 何かあんまり嬉しくないな……」
「何言ってんだ!? 上出来じゃねぇかよ!」

 落ち込んでいる静流を、ヤス子は励ました。

「あの挙動はまだ『当たり』じゃなかった。 お静ちゃんは低設定モードでアレを捕った。 それはスゲェ事なんだぜ?」
「そうなの? 師匠?」
「おう! 自慢してイイぜ!」

 そう言ってヤス子は、親指を立てた。
 すると真琴が何かに気付いた。 

「ひょっとすると、 腕輪の効果は案外有効なのかもね?」
「女神様の『加護』なら魔法キャンセラーにかからないとか?」
「うん。 可能性はあると思うの」

 今の話を聞いたヤス子が静流に言った。

「お静ちゃん、 さっきの要領でバンバン行くぞ!
「わかった。 やってみるよ」
「蘭の字、メダルの残量は?」
「そうだな……ざっと400枚だからあと40セット、 120回分ってとこだな」ジャラ
「結構スッたな。 だるだるアームのせいで『寄せ』にかなり使っちまったからな……」

 蘭子と達也が、メダルを確認しながらため息をついた。 
 しかしヤス子は落ち込むどころか調子づいていた。

「そんだけあれば充分だ! もう『寄せ』は必要ねぇ」

 ヤス子は、手を叩いて一同に言った。

「よし! 気を取り直して続行だ!」

「「「おおー!」」」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 とっくに日が暮れ、夜になろうとしていた。
 見ているだけでは退屈だろうと、全員でローテーションを組んで挑んでいた。
 あれから何十回トライした事だろう。

「よし……惜しい! もう一声!」

 達也の番だったが、三つ爪アームはユルユルのままだった。

「次! まこっちゃん!」
「うっす!」

 真琴の順番となり、スティックを握る。 

「師匠、ターゲットが丸っこくて掴み辛いです!」
「とにかく掴むしかねぇ。 あとは誰が『確率』を引くかだ」

 真琴がトライするも、やはり芳しくなかった。

「蘭の字、 メダル!」

 ヤス子が蘭子の方を見ると、蘭子は複雑な顔をしていた。

「ヤス! 今ので39セット目だ。 あともうワンセットで終わりだぞ!」
「そうか……わかった。 あちきがやる!」パチン

 覚悟を決めたのか、ヤス子は両手で頬を叩いた。 

「こうなりゃヤケだ! ダメ元でタグを狙う!」

 ヤス子が操作したクレーンの爪が、ウォンバットの脇腹にあるタグについているナイロンの紐をかすめた。

「チッ! しくじった」
「お? また違うのが掛かった!」
「イルカじゃねぇか!? 大物だぞ!?」

 ヤス子が掛けた『罵声イルカ』は、少し前にヤス子がシールドのかさあげに置いたものだった。
 掛かってはいるものの、大物のイルカを引きずる格好になり、途中でアームが離れてしまった。

「くぅーっ! バレたか!」

 ヤス子はそう言って悔しがった。
 それを見た静流は、思わず吹き出したしまった。

「プッ、ククク。 何か釣りみたいで面白いね?」
「そうか? 面白いか?」

 心底楽しそうにしている静流を見て、ヤス子は嬉しそうに言った。

「よし、もうあとがねぇ。 次で決めるぞ、 お静ちゃん!」
「うん、 わかったよ師匠!」

 静流の顔が引き締まったのを見て、真琴は静流にタッチした。

「頑張って、静流!」
「うん! 任せて!」

 静流もヤス子を真似して頬を叩いて気合を入れ、スティックを握った。

「よし……これでどうだ?」

 アームがウォンバットを掴んだ時、ヤス子は目を見張った。

「……来た。 『確率』だ! ついに引いたぞぉ!!」
「マジか!? おお、何だかがっちり掴んでるぞ?」

 一同はアームを凝視した。
 いつの間にか周囲に人が集まっていたのを、静流たちは気付いていないようだ。


「「「「いっけぇぇぇ!!」」」」


 がっちりと掴んだウォンバットを、クレーンが獲得口に持って行く。 
 しかし、アクシデントが起きた。

「え? イルカが邪魔してんじゃん! あれじゃ落っこちねぇぜ!?」
「マジかよ。 折角『当たり』を引いたのによ……」

 結局獲得口の縁で、大物のイルカの上にウォンバットが鎮座した格好になった。

「「「お、おぉ……」」」

 いつの間にか集まったギャラリーから、落胆のため息が漏れた。
 どよめきに驚いた達也が、周りに気付いてさらに驚いた。

「おいおい、何の騒ぎだ? こりゃ」
「アタイらを見てんだよ。 見せもんじゃねぇっての」
「うう、やりずらいな……」

 周りの雰囲気に呑まれそうになっている静流に、ヤス子が声をかけた。

「お静ちゃん! あともう一回ある! この位置なら『押し』が使える! 『確率』なんぞ構やしねぇ! 何も考えねぇで押し込め!」
「……わかったよ師匠。 次で決める!」

 そう言うと静流は、今までとは何か違い、落ち着いたステックさばきでウォンバットの頭上にクレーンを配置した。 

「行くぞ! 勝負!」ポチ

 静流がボタンを押すと、アームを開いた三つの爪が、ウォンバットに向かって下降していく。


「もうチョイだ! 届け!」
「それ、押せぇー!!」


 クレーン一点に注目する静流たち。周りのギャラリーも興奮気味だった。そして――


「「「「来たぁぁぁー!!」」」」


 願いがかなったのか、ターゲットは獲得口に落ちた。思わぬ副産物と共に。

「いよっしゃぁ!」

 高々と右手を上げた静流。
 獲得口に落ちたのは、ターゲットである『やさぐれウォンバット』と、何と『罵声イルカ』だった。

「最後の最後でやってくれる。 やっぱ何か持ってるぜ、 お静ちゃん!」
「おつかれ静流! お前はやってくれるヤツだと思ってたよ!」

 達也に肩をバシバシ叩かれ、苦笑いしている静流。

「ここまで来れたのはみんなの協力のお陰だよ。 みんな、 ありがとう!」パァァ

 景品がゲット出来たのを見届けたギャラリーたちは、興味を失ったか次第に別の所に去って行った。
 興奮していた為、獲得口に二体のぬいぐるみが詰まっているのに気付いていなかった。

「おいおい、デカすぎて取り出せなくなってるぞ? スタッフ呼ぶか?」
「おーいスタッフ、景品が引っかかってるから、取ってくれー!」

 去り際にギャラリーの誰かがスタッフを呼んでくれた。


「はいはぁ~い♡」


 呼びかけに応じた女性スタッフが、パタパタとこちらに小走りで駆け寄って来た。
 シャツの上からでもはっきりとわかる二つの膨らみが上下に揺れていた。

「待ってましたサチコ様ぁ! げしっ」

 そのスタッフを達也が見た瞬間、達也の目が輝いたが、直ぐに脇腹に激痛が走った。

「わぁ~♡ ついに捕ったのね? おめでとう♡」パチパチ

 サチコは小さく拍手して、健闘を称えた。

「まぁ! 『罵声イルカ』は恐らく設置してから初よ! スゴいじゃない♡ これを静さまが?」
「みんながお膳立てしてくれたお陰ですよ」

 静流は元々自分を卑下する傾向があったが、今回の件は静流の言った通りであろう。

「ちょーっと待ってて、今特大の袋を持って来るね♡」

 そう言ってサチコはスタタタとどこかに行き、直ぐに戻って来た。
 そしてサチコは鍵で扉を開けると、内部から二体のぬいぐるみを取り出した。

「よいしょっと。 はい、 おめでとうございまーす♡」
「ありがとうございます、サチコ様」

 差し出したぬいぐるみを受け取ったのは達也だった。
 サチコは静流とのやり取りを狙っていたので、少し不機嫌だった。
 サチコがふと視線を逸らすと、真琴が『断末魔ウサギ』を抱いているのが見えた。

「え? ウサギもゲットしたのぉ? 結構かさばるけど、 持って帰るの大丈夫ぅ?」

 そう言って心配そうな顔をしたサチコが、前かがみになり胸元を強調するポーズで静流の顔を覗き込んだ。

「ええ。 問題ありませんよ♪」

 そんな素振りも静流には効かず、終始あっけらかんとしていた。
 インカムに指令が来たみたいで、サチコは通信に集中した。

「はぁい! 直ぐに行きまぁーっす!」

 サチコは頬を膨らませて不機嫌そうに言った。

「呼ばれちゃったぁ。 もう帰っちゃうんだよね? また来てくれるぅ?」
「え、ええ。 多分?」

 サチコの言い方に困惑しながら、静流は曖昧に返事をした。

「ヤス子? わかってるんでしょうね? 頼んだわよ?」
「しつこいなぁ、 わかってますって」

 サチコはヤス子を捕まえてボソボソと何やらヤス子に言った。

「じゃ、御機嫌よう♡」

 サチコはニッコリと微笑んで去って行った。

「また来ます! ぜーったい! へぶしっ」

 達也は手を振ってサチコを見送った。その後はお約束通り、脇腹に朋子のエルボーが炸裂した。
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