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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード56-39

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保養施設内 露天風呂 女湯

 満点の星を眺めながら、岩風呂に浸かるエスメラルダとラチャナ。

「ふぅー。 ひと仕事終えたあとのお風呂は格別ねぇ~♪」 

 ラチャナは手ぬぐいを頭に乗せ、首までお湯に浸かっている。
 隣にいたエスメラルダが、そんなラチャナをジト目で見ながら言った。

「イイのかい? 最後の仕上げを若造に丸投げして?」
「大丈夫です♪ さっきまで式神に見張らせてました。 ちょっと危なかったけど、 無事にキャサリンの元に送り届けたみたいです♪」
「ほぉ、 そうかい……少しはやるもんだね」

 エスメラルダは星を眺めながら呟いた。

「……キャサリンか。 たくましい女だよ、 あの子は……」
「確かに。 お子さん何人でしたっけ?」 
「男9人の女7人、 16人さね」
「うひゃぁー! そりゃあ頑張ったね……」

 ラチャナは素直にキャサリンに尊敬の念を抱いた。

「一番下は確か、 静流と同い年だったな……ウチの学園に入れようと思ったらしいが、 失敗したようだ」
「へぇ。 あのキャサリンが子育てねぇ……想像がつかないわ……」
 
 ラチャナはそう言って苦笑いした。

「退役してもう40年くらいか……S級スナイパー『スティンガー・リンクス』がねぇ……」  
「狙撃の正確性はキャリーと良い勝負だった。 相性は最悪だったが……」
「そりゃあもうって……あり?」
  
 ラチャナは何か重大な事に気付いたようだ。

「……閣下、 少しマズい事になりませんかね?」
「どうしたんだい、 ラチャナ?」
「今夜、 この施設内にその二人がいるんですよ? 万が一、 鉢合うような事があったら……」
「ナヌ? あたしゃ面倒事は御免だね!」

 ラチャナが皆まで言う前に、エスメラルダは不機嫌そうにそう言った。

「監視に式神を付けますが、 何かあったら最悪の場合……」 

 そう言ってラチャナは、祈るようにエスメラルダを見た。

「ああもうわかった! 全くどいつもこいつも……」

 エスメラルダはブツブツ言いながら、首までお湯に浸かった。



              ◆ ◆ ◆ ◆



保養施設内 バー『ジャムル・フィン』

 シズルーに自分を呼んだ趣旨を聞かれ、返答に困っているキャリー。

「何を飲む? 当てようか?」

 強引に話題を変えるキャリー。

「そうね……バーボンかしら?」
「いや、アイスキャラメルマキアートを豆乳とディカフェに変更したものを中ジョッキでくれ」

 シズルーはスラスラと某有名コーヒーチェーン店のメニューにありそうなものを注文した。

「は? 何ソレ? お酒じゃないよね?」

 呆気にとられたキャリーが全力でツッコミを入れた。

「きゃあ♡ シズルー様ったら、 今どきのJKみたぁい♡」
「非番の時もアルコールは控えろと? 流石です大尉殿♡」

 部下の二人は既に両目がハートマークになっている。
 それを目障りに思ったのか、キャリーは二人に告げた。

「アンタたち? もう帰ってイイわよ?」シッシッ 

 そう言ってキャリーは、二人に向けて右手で追い払う仕草をした。

「え!? そんなぁ……」
「私たちがいたら、 何かマズい事でも?」

 二人は突然言い渡された命令に、不満たらたらだった。

(チャンス! この隙に帰るか……)

 その時、シズルーが動いた。

「そう言う事なら、私は帰らせて頂く」スッ

 おもむろに立ち上がったシズルーに、キャリーは慌てふためいた。

「ち、 ちょっと待ってぇん……わかったわ。 好きなだけいなさい」

「「わぁーい♡」」

 仕方なく部下たちをその場に留めたキャリーに、 部下たちの機嫌は瞬時に回復した。

「ささ、お飲み物が届きましたよ♡」
「ご着席下さい、 大尉殿♡」
「う、 うむ……」
(そう簡単に帰してくれないか……トホホ)

 二人の部下に、ほぼ強引に座らされるシズルー。
 キャリーは自分のターンといわんばかりに、質問を次々にシズルーにぶつけた。

「お住まいは?」
「……日本」
「お歳は?」
「……26歳」
「好きな食べ物は?」
「サッポロ二番カニ味噌味、 抹茶クリームぜんざい、 干しタガメ……」
「ご趣味は?」
「食虫植物の栽培、軍人将棋は嗜む程度に指す……」

 矢継ぎ早に質問を繰り出すキャリー。
 ジョアンヌは何故か必死にメモを取っている。
 質問責めのキャリーに、カミラは横やりを入れた。

「ちょっとママ! 聞いてばっかりじゃなくて、自分の事も話したら?」
「そ、そうね。 ちょっとがっつき過ぎたわね……」

 キャリーは自分の事を話し始めた。
 従軍した歳や、今までに勤務した駐屯地等をかなり端折りながら語った。

「『あの方』の部隊に所属していた頃が一番華やかだったわね。 その後は裏の仕事ばかりで今に至るって具合。 つまらない話だったでしょ?」
「『あの方』の部隊とは?」

 シズルーが質問すると、キャリーはドヤ顔で自慢した。

「聞いて驚くわよ? かのローレンツ閣下の部隊『ギャラクティカ・ファントムズ』の、サポート部隊のひとつ『セブン・リンクス』よ!」
「フム……名前は聞いた事があるな……」

 シズルーは素直に感心した。知っていたのは勿論前者であり、エスメラルダと三船一郎が使っていたチーム名であったからである。
 『リンクス』とは山猫の事で、恐らく諜報活動に特化した部隊だったと推測される。
 それを聞いて、ジョアンヌは自慢げにキャリーに言い返そうとした。

「それでしたら、シズルー様も負けていませんよ? 何と言ってもシズルー様の直属の……」モゴ

 シズルーは咄嗟に、ジョアンヌの口を二本の指で止めた。

「おしゃべりはそこまで、 だ!」
「ふぁ、 ふぁぃぃ♡」

 零距離で見つめられ、ジョアンヌは言われるがままに従った。

「何よ気になるわね……ま、イイわ。 興味があるなら、『ヴァルキリー年鑑』を御覧なさい?」

 さりげなく過去の栄光を自慢するキャリー。
 カミラは苦笑いしながら話題を変えようとした。

「そんな大昔の事より、最近のママはどうなの?」
「最近? もっとつまらないわよ? ここ数年不作でね……」
「フム……野菜でも栽培しているのか?」
「違うわよ! 誰が好き好んで野良仕事なんぞするか!」

 シズルーの問いに、大きく溜息をついたキャリー。
 そのあと、耳を疑う様な事をキャリーは口走った。

「決まってるでしょ? 男よ! オ・ト・コ♡」

 キャリーはそう言って親指を立てた。

「「マ、 ママ~!?」」

 部下二人が同時にツッコんだ。

「どいつもこいつも、 細っちいモヤシみたいな奴ばかりで、 狩る意欲も湧かないのよね……」 

 あまりにストレートな発言に、部下たちも戸惑っていた。

「ママ! いくら何でもド直球過ぎるよ!?」
「大尉が気分を悪くされる! こんな事になるってわかってたら、 ママに謁見させなかった!」

 部下がギャンギャン言い始めたので、キャリーは鬱陶しそうに言った。

「安心して? 私が求めるのは『初物』なの。 アナタを取って食ったりしないから」
「『初物』とは、 どう言う意味だ?」
「「えっ!?」」

 シズルーは持ち前の天然を発動した。
 驚いて同時にシズルーを見る部下たち。

「は? 何トボけてるの? 経験よ経験。 アナタなら恋人の二人や三人、いや十人? いたんでしょ?」

 キャリーは呆れ顔でシズルーに聞いた。

「恋人?……そんな奴は生まれて此の方、 いない」

 シズルーの返事に、ジョアンヌは慌てふためいた。

「ちち、 違うのよママ! 大尉殿は俗世に疎いというか…はっ」

 ジョアンヌがキャリーの異変に気付いた。
 カミラが恐る恐るキャリーに話しかけた。

「ママ?……ママ? おーい」
「恋人がいない? 今まで一度も? 26年間?」

 キャリーはだんだんと語気を強めながらシズルーに聞いた。

「ああ。 いないな……」
「まぁ!?」
「シ、 シズルー様っ!?」

 平然と答えるシズルーに、ジョアンヌは悲鳴に近い声を上げた。 
 暫くフリーズしていたキャリーが、ゆっくりと口を開いた。

「……いた。 26年物……フフ、 フフフフ」
「ママ? 何を考えてるの?」
「冗談……だよねママ?」

 驚愕の表情を浮かべる部下たちを無視し、シズルーに指鉄砲を向けるキャリー。

「ロック……オォォォーンッ!」

 先ほどまでの死んだ魚のようなキャリーの目に、眩しいほどの光が戻った。
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