二者択一で転移した令嬢は2つの月の狭間で揺れる。

館花陽月

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プロローグ

歌を失くしたカナリア。

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真冬の灰色の雲が広がる昼下がりの頃。

白い白亜の大きな建物が左右に対象にそびえ立っていた。

その建物の正面入り口の近くには、患者さんが散歩が出来るのにちょうど良い
青い芝生の生い茂る公園を有していた。

木陰も出来る程のちょっとした、自然と触れ合える場所。

今にも雪が降りそうな凍える空気の中でその少女は瞳に涙を湛えていた。

広い芝生の隅にあるベンチの上に、その子は、黒いドレスを着て赤茶の髪をポニーテールに結びベンチに座って
白い花を手に持って、大きな声で泣いていた。

その小さな子供の側に、母親がそっと座る。

優しく頭を撫でて抱きしめる。

「歌が・・。私の歌・・・。奇跡の歌なんかじゃない。奇跡は起きなかった!!
もう歌わない。二度と、歌わない・・・。」

金色と空の青が混ざった大きな瞳に不思議な色を湛えた少女は、苦しそうに声を絞り出す。

艶やかな黒い長い髪を1つに束ねて、美しい黒目がちなパッチリした二重の瞳で優しく微笑む母が
しゃがみ込んで、彼女のその美しい瞳の涙を拭う。

「奇跡はね・・・。起きない時もあるのよ?特に人の命にはね、奇跡は平等には起きないわ。
運も、巡りあわせも、置かれた場所の医療技術の違いも・・・。
平等ではない場所で、奇跡は稀にしか起こらないものだからそれを「奇跡」と言うのよ。
だけど、貴方の歌は彼を励まし続けた。・・・幸せだったと思うわ。」

「お母さんみたいに、力が欲しい!!私がお医者さんだったら、治してあげられたのに!!」

「医者は神様じゃないのよ?治せる病気も、治せない病気もあるの。
だけど、貴方がその力を望むなら、将来は医者を目指しなさい。
それが貴方の、新たな生きる目標になるでしょう?」

「・・うん。だけど、私・・・。治せるお医者様になりたい!!どんな病気も直せる医者に・・。」

涙が止まらず、頬に幾重にも涙の筋がキラキラと光り輝いていた。
そんな彼女を優しく抱きしめる母は、彼女に言った。

「貴方は、ふつうの子供よりも早く、大切な人を失ってしまった。
だけどね、美月・・・。忘れないでね。
これは貴方に課せられた1つの運命だったのね・・・。傷ついて、心が痛むほどの
想いをその年で味わうなんて・・・。だけどね、運命の人は1人じゃないのよ?」

その少女は、母のその優しい黒い瞳が大好きだった。
母の指に輝くその母の瞳によく似た石の輝きのように、光り輝く母の強い瞳が。

「貴方にも、またいつか・・。自分の運命を変える人との出会いが訪れるかもしれないの。
その時は、絶対に後悔しないように、その手を離さなければ良いわ。
美月の歌は奇跡の歌・・・。
人を想う気持ちが歌に乗るのよ。
貴方の想いを込めれば奇跡を起こす1つの「要素」になるわ。
貴方に受け継がれた、たった1つの奇跡の魔法なのよ?どうか、否定しないであげて・・。」

その少女は再び、涙を大きな瞳に溜めてポロポロと零れ出る涙に声を上げて母に抱き着いて泣いた。

瞼が腫れ上がり、声が枯れるまで少女は泣き続けた。

あの日の母の言葉を覚えている。

優しく強い母の言葉は最(もっとも)もだった・・・。
尊敬する母、だけど私は母とは違う。

幼い頃から歌が大好きで、いつも歌を口づさんでいた。

イギリスにいた頃から、夢は歌手だった。
希望を届けられる歌を、沢山の人に聞かせるのが夢だった。

しかし私は、その1度の強い喪失感で夢を諦めるような弱い人間だった。

歌を歌うことも辞めて、フェンシングに逃げた。

ただ一つの目標を掲げ、全ての病に打ち勝つ医者を目指して勉強を始めた。

そんな、現実味のない理想を胸に抱いて・・。

そして私は、医大生になった。
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