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異世界。

漆黒の月。

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「さてと・・・。もうすぐだな。お手並み拝見と行きますか。」

窓に凭れた男は、緑の瞳を時計の針に向けて時間を確認する、
口元をニヤリと動かし、楽しそうに微笑んでいた。

ダンスホールは、最高潮の高まりを見せていた。

ルナとリリアと登場した、美しい異国の姫君が中央で赤いドレスの裾をふわりと優雅に膨らませて
楽しそうに頬を紅潮させて踊る。

美しい赤茶の髪は少し、崩れて艶やかに送毛を揺らしていた。

茶色い大きな瞳と長い睫毛の陰影に、ハッキリとしたパーツ毎の美しさがライトの光に照らされ
より色濃く輝いてみえた。

その手をしっかりと握った男性は、銀色の前髪を揺らしガーネット色の瞳と泣き黒子の色気が漂う
微笑みを、美月に向けていた。

アレクシスは、アルベルトの方を見ると相も変わらず令嬢たちと、表情を変えずに楽しそうに話している。

だけど、彼の心は酷く乱れていた。

彼の激しく揺らぐ気持ちを、近くで令嬢の相手をしていたクレイドルも、読んでいたのだった。

小さく溜息を吐くと、クレイドルはアルベルトの側へと令嬢達を掻き分けて進んだ。

漆黒の髪を揺らして、青い瞳の王子へと視線を向けて鋭く吐いた。

「アルベルト、次のダンスはキミが誘ったら?」

「何故俺が?・・・美月なら、楽しそうに踊っているだろう?邪魔する必要はない。」

顔を背けるようにして、目を瞑ったアルベルトの方を見ていたアレクシスは急に大笑いをした。

「はははは・・!!
あのさ、クレイドルは誰を誘うかなんて名指ししてないよ?
君は、今美月のことで頭が一杯なんだな!!!
君の周りにいる令嬢たちよりも、美月と踊りたいと
思っているんだろ?
素直になれよ、アルベルト・・・。」

顔を真っ赤にしたアルベルトが、アレクシスの言葉に更に心を揺らす。

「ばっ、・・馬鹿じゃないか!?
彼女と踊りたいなんて言ってない!!!」

「素直じゃないなぁ・・・。あの銀髪の男に妙にイライラしている声が聞こえるんだけど?」

「おい!!クレイドル、人の心を勝手に読むなっ!!!
それに・・。僕は別に彼女に興味なんかない。令嬢たちの相手で疲れたんだ。
僕は、ダンスなんか・・・、別に一緒に踊りたくもない。」

「アルベルト様、どうしたのですか?
荒い御言葉に、頬も赤いですわ。
今日は、ご体調でも悪いんですか!?」

いつもの穏やかなアルベルトではない返答に、令嬢たちは心配そうに眉を顰める。

「いいえ。大丈夫ですよ?
楽しく時を過ごしていたのに、嫉妬したクレイドルとアレクシスに邪魔をされて、少し窘(たしな)めただけです。」

美麗な王子様スマイルを向けると、令嬢たちが我先にと自分の話を聞いてもらいたそうに、上目遣いで
アルベルトを見上げて頬を染めていた。

「素直じゃない・・。」アレクシスは、可哀想なものを見る表情でアルベルトを見ていた。

クレイドルは、微笑んで美しい椿の花のように大輪の花のようにダンスホールで輝く美月を見つめていた。

アルベルトが彼女を気にかけてしまう気持ちも私には分かる・・・。

自分の名前の由来になった縁の深い人物であるアルベルト王子。

美月は、その人物と、この国やルーベリア王国に希望を与えた異世界から来た、エリカとの娘だった。

この国には、アルベルト王子と、異世界から来た女医であり「希望の歌」を歌う歌姫のエリカとの恋の物語が語り継がれるようになっていた。

私たちも、幼少期の頃は眠る前によくアルベルト王子と、エリカ姫の話を強請ったものだった。

「この国を救った救世主・・・。
我らの父たちと共に戦い、我が身を捧げて世界のために光の選択をもたらした。
そんな2人の娘・・・。
それだけで特別なはずなのに、私たちにとってはそれだけじゃない。
彼女に魅かれてしまう理由は、他の誰もが持っているものじゃないから・・。
容易くは手に入らぬ、特別なものを彼女だけが持っている。歌姫エリカが、それを持っていたように・・・。」

切なそうに月を見上げる父に、聞いたことがあった。

いつか、心を読んでも大丈夫な人間との出会いが来るであろうことを・・。
諦めていた私やアルベルトに、そう呟いた父。

「お前たちも出会えるだろう・・。
どんな心でも、読んでいいといいながら笑ってくれる女性に。
いつか、信じられないくらい、特別になる女性と出会うはずだ。
だから、それまで焦ることはない・・・。出会ったら、離すなよ?」

「誰かのものになる前に・・・。」

アメジストの瞳が煌いていた。

父は、どのような気持ちであんな言葉を言ったのだろうか?

母を愛している父の姿は、幼少からよく知っている。

だけど、時々見せるのだ。

何かを懐かしんで優しく、切なく微笑む横顔を・・・。

父のその時の言葉が思い出して、僕はそっと父の方を見る。

サフィールと話すエミリアンは、落ち着いた表情でルーベリアの様子を聞いているようだった。

「心を読んでも、不快にならぬ令嬢か・・・。
だけど、彼女は過去のせいで男性との接触を拒んでいる。
それだけじゃない・・・。誰かを好きになることを心から忌避している。
彼女が抱いた不信感は、男性が彼女に触れれば気を失ってしまう拒絶に変えた。
なのに、何故あの男は・・・触れられるのだ?」

訝しい視線を、その血のように紅く煌く瞳の男に向けていた。

涼しい美麗な顔は、汗1つかかずに余裕の表情で美月と見つめて軽やかにステップを踏む。

クレイドルはその光景に、不思議と胸が騒いだ。



宮殿の回廊には、カイザルとルナ、イムディーナの姿があった。

大きな柱の陰に、3人は息を潜めて銀色の月を見上げた。

「今夜の銀の月は・・・。大きいな。昨晩までとは違う・・・。」

舞踏会場の音楽が風にのって流れてくる。
サラリと、美しい金髪を流し、緑の瞳を細めたルナは銀の月を見上げた。

「彼女がこの世界に来た事と、関係があるのですか?・・・イムディーナ。」

「恐らく・・・。しかし、漆黒の月も8年前から大きくなって来ております。
今夜は漆黒の広がりを感じません・・。
「水の間」の信託で水面に現れた銀の対になる相手として現れた者が彼女です。
幼い頃より、彼女を見守ってきた私は驚きました・・・。
まさか、彼女がこの世界の運命を決する「月の選択」を行うことになるなど・・・。」

カイザルは、眉根を寄せて溜息をつく。

「アルベルトとエリカの子であるミヅキ・・・。
この世界とは縁の深い、彼らの子がこの世界を破滅から再び救う存在になるのか・・・。
それとも・・・。」

「どちらにしろ・・。私たちは、彼女を信じるしかないのですわ。カイザル様が、光の選択をしたように。エリカが、最後まで諦めずに私たちを導いたように・・・。
美月が例えどのような選択をしても・・・。
私たちは諦めずに、最後の選択まで彼女を支えます!!
それが、彼女がこの世界に現れた理由なのであれば我らの成すべき事は、・・それなのですわ。」

「そうですね・・。この2つの月が現れて22年・・・。
大きく広がる漆黒の月は、アンダルディアに8年前に現れた凶星とも何か、関係があるのかもしれません。どちらにしろ・・。我は、命を賭して、彼女を守る所存にございます。」

カイザルは、イムディーナを金色に揺れる瞳を見つめ大きく頷いた。
海のようなラピスは、揺れていた。

大切な親友・・・。

自分の命を懸けて、応援してくれた自分と彼女ルナとの未来の選択を思い出して胸が熱くなった。

「今の平和や幸せは・・・。あの日のアルベルトやエリカが齎してくれた。
これからの未来は、我が息子たちと異世界から現れた少女に委ねられるのだな・・。
因果なのだな・・・。」

金色の髪の王子・・・。

アルベルトに似た、強い光を持つ王子であるアルベルトを想う。

魔術騎士団長を務める程の魔力の高さと、人の心が読める故に人心掌握も得意な息子。

しかし、心が読める故に人を信じることが出来ない・・・。
その能力は諸刃の剣だった。

「アルベルト・・・。漆黒の闇のような月は、お前を飲み込んでしまうのだろうか・・。
誰よりも、その名を幸せにしたいと思うのにな・・。」

ラピスの瞳は、苦しそうに閉じられる。

同じように思って大切に育てて来た母、ルナ王妃の瞳は大きく揺れる。

3人は、優しい光で暗闇を照らす銀色の月を見上げていた。


「この世界は、月が2つあるのね・・・。」

窓の外には、漆黒の月と銀色の月が浮かんでいた。

2曲を踊って疲れ果てた美月は、バルコニーでそっと夜の心地よい風に当たる。

右手に持ったシャンパングラスをテーブルの上に置くと、誰もいない静かな場所でゆっくりと手すりに肘をついた。

壮大な庭園のライトアップを照らし出す、美しい銀の月と、漆黒の黒い月を眺める。

漆黒の月は光で縁取られるように、輝いていた。

「不思議な月・・・。
真っ暗なのに、太陽の光を背後に受けて浮き上がるような輪から光が零れている・・。
まるで年中、皆既日食が続いているようだわ・・。」

私は昔、家族で日食を見た。

その時にみたような・・・。

太陽と月が重なったような姿とほぼ一致していた。

皆既日食かいきにっしょく?・・なんだよ、それ・・・。」

背後から、聞き知った声が聞こえた。
 
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