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異世界。

最後の晩餐。

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フェンシングの試合の結果は、堂々1位だった。

シェンブルグの魔術騎士団での波乱万丈の経験が功を奏したのか、大きな優勝盾と
賞状と、青い瞳で満面の笑みで映った家族との写真がリビングに置かれた。

那由多兄さんは、病院の勤務を休んで応援に駆けつけてくれて抱きしめて祝ってくれた。

受験勉強中の弟の奏は、未だに進路の専門性について悩みに悩んでいたようだった

未だに行きたい学部が定まらず、唸っていた。

そんな各々の話を談笑しながら、終始明るい雰囲気での晩餐も終わりを迎える頃。

暗闇の中で、マンションの窓からは美しい月が見えていた。

アルベルディアで見た、あの巨大な月よりも光も穏やかで小さな月・・・。

私は、ワインをそっと口に運んで飲み干した。

ダイニングテーブルに座した銀色の猫(アルベルト)が椅子から立ち上がって、父の前へと歩き出す。

母は、父にワインを注ごうとグラスを取ったが、父は慌ててグラスに蓋をして首を振る。

「アルベル・・いや、義父上、こんな姿で申し訳も、面目も立たないのですが・・。
美月を私の妻として、シェンブルグに連れて行くことを許していただけませんでしょうか。」

兄たちも、その光景に驚いて目を見張る。

「アルベルト王子と、エリカ様の大切なお嬢様だと言う事はよく理解した上で、申し上げます。
彼女を幼い頃から見守ってきたイムディーナと一緒に、この世界の美月の成長を見守ってきました。
一生、自分には手の届かない存在だと諦めてきたんです・・。
だけど、僕は彼女と同じ世界で生きることが出来ました。
死んだように生きる僕の目を覚ましてくれた彼女との出会いに感謝しています・・。」

その言葉に、父のスカイブルーの瞳は揺れた。

懐かしそうに優しく、1つ1つを確かめるように父は口火を切った。

「僕が、君や美月の選択を止めることは出来ないよ・・。
だって、気持ちがよく分かるんだ・・。出会ってしまった運命を離したくない気持ち。
離れたら・・・心が死んでしまいそうになる気持ちがね。
僕は、エリカと生きる為に自分の世界での死を選択した。
そして、僕の娘もそれを望んだ。
彼女も、運命の相手と出会えた・・・。それが一番嬉しいよ。」

銀色の猫の蒼い瞳を見つめて、ゆっくりと笑った。

私は泣きそうになりながら、父を見た。

「そうね・・。美月はいつまでも私たちの家族だわ。
いつでも、猫の姿で帰ってきてね?アルベルト王子も一緒にいらっしゃい。
いつか、貴方たちの子猫も見せて欲しいわ。
でもね、もし二度と会えなくても私は貴方の背中を押すわよ・・。
その手を離したら後悔する出会いを、私も知ってるもの・・。」


「お母さん・・。」

運命の人は1人じゃない・・。

母はあの時言ってくれた言葉。

「私ね、あっちの世界で藤君に会ったのよ?
だけど、私が選んだのはアルベルト王子だった・・。
運命の人は1人じゃないって・・。お母さんの言葉を思い出したの。」

父と母が優しく笑う。

とても穏やかに、別れの時は近づいているのに・・・。

「お母さんや、お父さんの運命の人もね1人じゃなかったわ。
ルナ・・。カイザル、サイラス兄様、リリア様、エミリアン・・・。
色々な人との出会いが、私たちの運命を作ったの。
今の自分をその出会いが作ってくれたのよ・・。藤君との出会いもそう。
きっと、今の貴方に繋がっているわ。」

ふわっと笑う母の瞳に、光るものがあった。

懐かしむように、今の母の中で息づく昔の大切な思い出がある。

母と、父だけの冒険があったんだ。

「那由兄、奏・・。急にお嫁にいっちゃうけど、元気でね・・。ちゃんと幸せになってね。」

「美月が幸せなら、どんなに離れてても大丈夫だよ。側にいても、いつも落ち込んでいる
美月を見るほうが辛い・・。
どうか、アルベルト王子・・。妹を頼みます。」

非常に感動的なシーンだった。

だけど、猫に頭を下げる兄と、兄に頭を下げる猫を不思議な気持ちで見つめた。

いや、これ・・。

最後に何とか人間の姿になれないのかな?

どうも、格好つかないと言うか・・。

「・・・それを一番望んでるんだけどね。どうも、格好つかないんだよね。
テーブルの上で娘さんを下さいって可笑しいと思うんだ。」

「そうね・・・。ちょっとしたミステリーだわ。」

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