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4章 友達はいかがでしょうか

25 破天荒な綱渡り

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 少し時間が戻る。
 シリウスとエマが二人で呪いの村と揶揄される隔離村へと向かってしまい、お留守番になった私は部屋の中でずっと気を揉んでいた。

「大丈夫かしら……やっぱり私も行ったほうが……ねえ、どう思いますか?」

 私はシリウスの護衛騎士メルクへ尋ねた。
 シリウスが唯一信用している騎士らしく、私のために残してくれたのだ。
 しかしメルクは苦笑して私に賛成してくれなかった。

「シリウス王子が望まないでしょうね。カナリア様の安全こそが王子の願いですから」
「そうよね……」


 メルクの言う通りであるので、私は椅子に座って気分を落ち着かせる。
 するとドアをノックする音と共に、元気な声が聞こえてきた。

「カナリア様! 遊びに来ましたの!」
「ヴィヴィアンヌさん? メルク、お通しください」


 メルクに指示を出して、ヴィヴィアンヌを部屋へ入れた。
 ちょうど時間が長く感じていたので話し相手が欲しかったところだ。
 メルクも察してくれて「私は外でおります。ごゆりとなさってくださいませ」と部屋から出て行った。
 ヴィヴィアンヌに席を勧め、彼女に紅茶を淹れて差し出した。

「ところでどうかしましたか?」
「実は──」

 ヴィヴィアンヌは持ってきた毛糸を机の上に置いた。

「裁縫を教えてくださいませんか!」
「裁縫……ですか?」
「はい! お母様からこの前のことでものすごく怒られまして、罰としてハンカチの刺繍が出来ないと一歩も外には出さないと……ひどいですわ!」


 ここに来て突然この子に連れ去られたことを思い出す。
 村の祭りに参加させるために強引だったとは思うが、彼女は彼女なりに私を歓迎しようとしたので、責めることはできない。

「ふふ、いいですよ。でもこの国の刺繍はまだ覚えている最中ですので、帝国で流行っているモノになりますがよろしくて?」
「まあ! ありがとうございます! カナリア様から教わったモノを見せたら、きっとお母様もびっくりしてくださいますわ!」
「ヴィヴィアンヌさんならきっと良い物が作れますよ」
「カナリア様、私のことはヴィヴィと呼んでください。長ったらしくて疲れますわ! それと敬語も私に使わなくていいですわよ!」

 ヴィヴィアンヌから愛称で呼んでほしいと言われたが、まだ出会ったばかりで日も浅いので、そう呼んでいいのかと躊躇ってしまった。
 するとヴィヴィアンヌの顔が曇った。

「嫌でしたか?」
「いいえ……ただヴィヴィアンヌさんとは出会ったばかりで失礼かなと……」
「ヴィヴィ……と呼んでくださいませんわね。少し図々しかったですわ」


 目に見えて落ち込んだ彼女に罪悪感が芽生えた。

「ヴィヴィ、これでいいかしら?」
「カナリア様……ありがとうございます!」

 とても感激してくれるが、これくらいなら別にどうってことはない。
 ただ私だけ呼び捨てというのは少し気が引けた。

「貴女も私のことは呼び捨てでいいわよ」
「では発音しづらいのでカナリーでいいですか?」
「貴女、なかなか図太いわね。まあいいですよ」

 この子の全く遠慮しないところは新鮮だった。
 帝国に居た時はやはり立場を気にして、表面上の会話が多くなる。
 肩肘張らずにいられるこの子はある意味では特殊かもしれない。

「んー、ここがどうして分かりませんの……」

 ヴィヴィは上手く刺繍が出来ずに悪戦苦闘している。
 おそらくこれまで細かな作業が嫌いだからと避けていたのだろう。
 こういう子は何人か相手したことあるので、私は前の要領で実際に彼女の手を使って実践してみせた。


「ここはこうやればいいの。顔ももっと離して全体を見て……そうそう、それから──」


 ヴィヴィと一緒にどんどん刺繍を進めていくと、少し時間が掛かったが綺麗に仕上がった。

「まあ……初めてこんなに綺麗にできましたわ! さすがはカナリー!」
「喜んでくれて良かったわ。でも自分で出来なければ意味がありませんから、何度もやって体に覚えさせますからね」


 ヴィヴィは早速と自分でもう一度再現しようとやり始めた。
 その時にふと、またシリウスとエマのことが心配になった。

「カナリーどうしました?」

 ヴィヴィに勘付かれて何でもないと首を横に振った。
 しかし彼女は心配そうに尋ねる。

「もしかして村へ行った二人のことを心配されてますの?」
「少しだけよ。ごめんなさい、集中するわね」
「なら行きましょう!」
「えっ……」

 ヴィヴィは私を立ち上がらせて、窓の方まで引っ張る。
 そして棚から謎の縄を取り出して、それを近くの木に引っ掛けた。

「ヴィヴィ? 何をするつもり?」

 嫌な予感がすると逃げようとしたが、それよりも早く彼女が私のお腹を抱え込んだ。

「舌を噛みますから口を閉じてくださいね」
「ちょっとヴィヴィ、説明を先に──!」
「行きますわよ!」
「話を聞きなさい!」


 彼女は全く私の言葉を聞かずに勢いよく私と共に窓から飛び降りた。
 二階とはいえ落ちたらタダでは済まない。

「いやああああ!」


 重力をこれほど感じたことはない。
 死ぬ、と思ったが、ヴィヴィが上手く縄を操って、振り子のようにしばらく空中を彷徨う。

「カナリア様! ご無事で──いない!?」

 私の部屋からメルクの声が聞こえてきた。

 やっと振り子の勢いが落ちていき、私とヴィヴィは地面に降りた。
 足がガクガクと震えてしまっており、一度座ったらもう立てないかもしれない。

「カナリア様! ご無事ですか!」


 上を見上げるとメルクが窓の外から私を見下ろしていた。
 何と言い訳をしようと考えていると、ヴィヴィが私の腕を引っ張って走っていく。

「行きますわよ、カナリー!」
「えっと……ごめんなさい、メルク! わたくし、我慢出来ませんでした!」

 これは私も怒られそうだ。
 後ろからメルクの呼ぶ声が聞こえたが、こうなればヤケだとヴィヴィと一緒に馬小屋まで走って相乗りをした。

「さあ、行きますわよ!」

 ヴィヴィが馬を操って走り出す。

「細かな作業をした後のお外の風は気持ちいいですわね」

 呑気なことを言う彼女に少しイラッとした。
 私は後ろから彼女の頬を引っ張った。

「い、いたぅ!? か、かァりー?」
「次からは何をするか言ってくださいね!」
「いぃませえんでしたか?」
「言ってないわよ!」


 彼女の頬から手を離すと彼女は頬をさすって痛みを和らげようとする。

「でも楽しかったわ」
「え? 何か言いましたか?」
「何でもないわ! ほら、前を向いて!」

 気恥ずかしくなったので、私は背中に掴まってそれ以上は言わなかった。
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