一見くんと壱村くん。

樹 ゆき

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契約成立

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 それから一見いちみは、度々抱き締めさせて欲しいと言ってきた。

 男に抱き締められる趣味はないが、唯一の秘密を知る者として、そして秘密を暴露させてしまった身としては断りきれずに。
 そして、何となく一見が不憫で。
 それから、大型犬がじゃれている、と思ってからは可愛く見えてきてしまって。

 可愛いものが好き、と公言しても今の一見なら“ギャップがいい”と言われるだけではと思うのだが、その“可愛いもの”が限定されていることが問題かもしれない。
 はっきり言えば、男が好きだと勘違いされそうだ。
 今の一見の外見では、その勘違いした男に襲われそう。やはり守らねばと気を引き締めた。

 そうなれば、どこかでうっかり小さな男を抱き締めてしまわないよう、発散させる役割もあるかもしれない。

 今日も屋上で大蛇映画のごとく抱き締められながら、巣へと帰る鳥の声をどこか遠くに聞いた。


壱村いちむらは、本当は第二志望の方に行きたいって言ってたよな」
「それは、まあ」

 解放され、ぐったりとしながら答える。
 確か初日にそんな話をした。良く覚えていたなと思いつつ、溜め息をつく。

 今の自分の学力では難しいと分かっていた。諦めずに受けるつもりだが、結果は芳しくないだろうと冷静に受け止めてもいる。
 塾に通うにも下にこれから中学に上がる弟妹がいるのだから、出来れば自力で勉強をして合格を目指したかった。

 事情を話してもいないのに、一見は何となく察した顔をする。

「抱き締めさせて貰うばかりも悪いから、勉強を教えるのはどうかなと思ったんだけど」

 渡りに船。ポンとそんな単語が浮かんだ。
 壱村は、ギギギ……とロボットのように一見の方へと振り向く。

「イケメンで頭もいいとか本当……爆発しろ…………お願いします」

 つい本音が零れた壱村に、一見はクスクスと笑った。

「爆発して欲しいの? 教えて欲しいの?」
「くっ……その余裕がムカつくっ……勉強教えてください……!」
「壱村、本当に可愛い」
「ニヤニヤすんなっ。俺の成績が上がらなかったら契約は不成立だからな。しっかり教えろよ」
「っ……ツンデレ、かわいいっ」

 ぎゅうううっと再び抱き締められ、中身出る! と叫び、たくて呻くしか出来なかった。

 いや、こいつ、本性現したらこれか。
 今までオドオドしていたくせに、別人が過ぎるだろう。

 ……いや、それより。

「な、なかみっ……」
「あっ、ごめん」

 腕が緩み、一気に流れ込んできた酸素に噎せてしまう。
 慌てた様子で背を撫でる一見に、絶対合格させろよ、と言うのがやっとだった。

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