一見くんと壱村くん。

樹 ゆき

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一見の理由

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 俯いたままの壱村いちむらに、一見いちみはその場に似合わない間の抜けた声を出した。

「壱村、伸びたの……?」
「ん、ああ」
「……………………伸び、た……?」
「伸びたんだよっ! 2センチ!」

 思わず怒鳴るように主張してしまう。低身長にとって2cmは雄叫びを上げてガッツポーズをしたい程に大きな変化だというのに。

 一見はまだ首を傾げながら、ギュッと壱村を抱き締めた。

「……ごめん、分からない」
「はあ!?」
「俺も、同じだけ伸びたみたい。壱村のことで気付かないわけないから」
「っ……お前っまだ伸びるか!」

 ついギャンギャン怒鳴ってしまった。
 いや、それより、こわい。2cmの差を把握されている。測ってもいないのに、抱き締めただけで。ちょっとこわい……けど一見なら有りかと納得してしまう自分がいる。

 ……。

 …………。

 ……まて、一見も伸びたという事は、つまり……187cm。
 187。何だその未知の数字は。もう、就職先がモデルかスポーツ選手しか思いつかない。
 思考が混乱する壱村に、一見はまた首を傾げた。

「ごめん。ちょっと言ってる意味が分からなかったんだけど、もし壱村が俺の身長を越えたとしても、俺は壱村のことを可愛いと思うよ?」
「え?」
「壱村は特別だから。身長も性別も関係ないよ。壱村だから、好きなんだ」

 そう言って抱き締めたまま、優しく背を撫でる。
 その言葉が、暖かさが、スッと胸に染み込んでいくようだった。

 弐虎にこの事を好きになったかもだとか、身長が伸びたらだとか、勝手に不安に思って、勝手に離れる心配をして。
 ……馬鹿みたいだ。一見はいつだってずっと、好きだと言ってくれていたのに。

「……ごめん」

 おず、と一見の背に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。

「壱村……」

 可愛い!! と力を込め掛けて、グッと堪える。

 壱村が、好きだと言ってくれた。好きになってくれた。
 やっぱり、泣かせたくない。大事にしたい。今までより、もっと。
 この想いを伝えるために、そっと髪を撫で、額にキスをした。


 耳まで真っ赤になった壱村は、ますます顔は上げてくれなくなってしまった。
 肩口に顔を埋めたままで、お前に避けられてた理由聞いてない、と話題を変える。

「お前、最近こんなことしてこなかったし、家に入れるのも嫌がっただろ?」
「え、っと、それは……」
「それは?」
「……………………夏服、が」
「は?」

 夏服? 思わず顔を上げ、キョトンとした顔をしてしまった。

「えっ、その顔かわい……じゃなくて、突然夏服着てくるから、今まで隠れてた腕とか鎖骨とか体のラインとかが見えて、ちょっと我慢が……」

 今も本当はちょっと、とモゴモゴ言う。
 透けそうで透けない薄い生地も良くない。ピュアな白も良くない。女というには筋肉があって、男というには華奢で、つまり……とても、くる。

「ああ、そういう……」

 この顔でなければ許されない変態っぽさ、安定の一見だ。何だかホッとしてしまった。

 気温が上がると誰よりも先に夏服を着るのだが、それを知らない一見は不意打ちを食らった気分だったのだろう。いや、不意打ちと言われても知らないが。

 この学校は三年生は体育が月に二度しかなく、前回は何となくまだジャージを着ていたが……これは、脱ぐのを躊躇ってしまう。身を守るためにも、一見の名誉のためにも。


 そんな事を考えていると、一見は一つ溜め息をついた。

「人前でも衝動的に抱き締めそうだったし、キスもしそうだったし……、家に入れたら、何もしない自信がなくて」

 だからいったん冷静になって落ち着くまで、少し距離を置いていたのだ。

「それに、弐虎君を可愛いと思う度に、やっぱり俺は壱村にやましい感情を抱いてるんだって改めて思わされて……」
「やましい、って……」
「ただ可愛くて抱き締めたいだけじゃなくて、そのまま押し倒して、食べてしまいたい、って」
「た、食べ……」

 パッと顔を赤くする壱村に、そっと目を細めた。
 他の誰にも抱いた事のない衝動。人前でも構わず手を伸ばしてしまいそうで、限界だと思って距離を置いた。
 今も、本当はすぐにでも壱村の全てを食べてしまいたい。

 壱村はしきりに視線を彷徨わせ、最後に下へと落とした。そして。

「……そっか。それで避けてたのか。てっきり、あの時は本当に弐虎のことを好きになってたのかと……」
「っ……」

 そっと顔を上げた壱村は、安心した顔でふわりと笑った。その笑顔の破壊力に、気持ちが爆発しかける。
 いや、でも、大事にすると決めて、だから……。

「我慢しなくていい」

 声には出さずに葛藤する一見に、ふ、と笑う。

「ほら」

 と言って手を広げた。

 ……ああ、やっぱり、壱村は可愛い。可愛くて……全く、伝わっていない。危機感が、全くない。可愛い。可愛過ぎて、……どうしよう、食べられない。

「そんな壱村が好きだよ」

 ついさっき顔を真っ赤にしたのは何だったのかな? 一見は内心で呻く。
 食べられるって気付いたのにもう忘れちゃったのかな。無防備すぎて、可愛い。壱村、可愛い。
 心の中だけで呟きながら、ぎゅううっと抱き締めた。

 そんな一見の事を、抱き締めたくて葛藤していたんだな、と勘違いした壱村はポンポンと一見の背を撫でた。
 今まであれだけ逃げ回ってしまったというのに、困惑する犬のような目をする一見はやっぱり今まで通りに可愛い、と。

 そんなちょっと抜けてるところのある壱村も好きだよ。
 勘違いしている事まで察した一見は、今度は心の中だけでそっと告げた。

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