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 おけら参りの帰り、境内に濁り酒を売っている露店が出ていたので、そこで一升瓶を買うが、重いので、翔君が餅という手から、檸檬は自身の異空間に入れてしまう。

「へー!聖女様というのは、聞きしに勝るラノベの世界の住人なんやな」

「もう慣れたわ。最初じゃ前世記憶持ちで、なんで自分だけと悩んだこともあったけどね」

 帰ってくるなり、吹雪と隼人は気もそぞろになり、今と食堂の間を行ったり来たりしていて、今や遅しとばかりに、買ってきたばかりの濁り酒を飲みたそうにしている。

 二人とも、こんなにのん兵衛だとは思わなかった。檸檬は、あだ19歳なので、お酒は飲めない。代わりにお茶を点てる。

「こんな時間から、お茶飲んでも、寝られるの?」

「当たり前やんか、お茶屋の娘が、いや……お茶屋の若主人が、お茶飲んで寝られへんなんて、シャレにならんわ」

 それで檸檬だけお茶で、他は、人間の姿のまま、飲んだくれるという奇妙な宴会が始まる。

 酒の肴は、元旦の夜に食べるつもりだったおせち料理をもう食べることにする。

 それぞれのお残の目の前ににらみ隊を置いて、お正月が終わるまで、決して橋を着けてはいけないという習わしがある。

 おせち料理は、河原町御池を下がったところにある対話料理学園で、暮れのクソ忙しいときに講習会が開かれていて、講習の終わりには、それぞれ10万円ぐらいする内容の豪華おせちを持参した3段の重箱に詰めて持って帰れる講習会が毎年開かれている。

 今年は、檸檬も参加して、手作りのおせちを披露しているのだ。

「これ、ほんまに檸檬が全部作ったん?」

「うーん。黒豆と棒鱈はあらかじめ、先生が仕込んどいてくれたはったけど、それ以外の細工は全部、私が作ったんよ」

 この対話料理学園は、京都の一流どころの料亭の主人が回り持ちをして講師を務めている知る人ぞ知る、の板前養成学校なのだ。

 ここで学んだ生徒は、京都のどこの料理屋からも引っ張りだこになるほど、優秀な生徒ばかりで、就職率はものすごく高い。

 講習会の会費は、材料費34000円だけで、済むので、10万円のおせち料理をデパートで注文するより、はるかにお得感がある。

 それに自分で作ったという満足感と自慢もできるから、京都の奥様には人気を博している。

 お雑煮は、京都の場合は、丸餅と決まっている。なぜ、関東と関西では餅の恰好が違うのかお存知だろうか?関が原を境に、東は、どんどん人口が増えていきお持ちの形を整える暇がない。

付きたてのお餅を伸して、どんどん切っていったことから切り餅はできる。

 対して、関西のお餅は昔から角が立たないように、と丸めて作っていたから、丸餅が主流になったとか言われている。

 ということで、白みそのお雑煮を作っていきます。

 前の晩からお鍋に昆布を一片入れておきます。ネズミ大根は皮をむいて、薄切りにしたものをざるに挙げておく。

 おけら参りでもらったおけらの火で、ガスを引火させる。

 鍋に昆布を入れたまま沸騰したら、昆布を外し、一握りの鰹節を投入する。人に建ちしたら、火を止め、シンクに流水しながらざるをボウルか鍋にかぶせ、そのまま一気に流しいれる。

 出汁入りの鍋を火にかけ、通常のお味噌汁の要領で、白みそ(京都の場合は、本多味噌で大吟醸をあらかじめ予約しておく)を入れ、お餅、ネズミ大根の輪切り、それにかしら芋を煮込んでいく。

 ちなみにお餅は元旦2つ食べると、2日は2つ以上食べないとダメで、その日3つ食べるのはいいが、ひとつにしては食い下がりになり、縁起が悪いとされている。

 したがって、元旦2つ、2日3つ、3日3つならOKだが、3日目を2つに戻すと縁起が悪いということになる。

 3が日の間に、初詣に行くと、どこもいっぱいなので、学生夫婦なのだから、慌てて行く意味はない。

 というわけで3が日の間は近所の白山(はくさん)神社と御所八幡宮だけにとどめ、後は家の中でイチャイチャしておくことにする。

 といっても、朝比奈さんの義両親がお年賀に来られたり、近所の方がお年賀に来られたりで、ゆっくりイイチャついてもいられない。

 吹雪と隼人は、暮れから、ずっと酒浸りになっており、檸檬が心配するほど真っ赤な顔をしながら、管を巻いている。

 まあ、ずっとあやかしの身だったから、たまには、こういうお正月もいいというものだろうけど、そのおかげで翔君と二人で、ほとんど寝室に籠りっぱなしができるというもの。

 3が日が過ぎた頃には、到底、足腰が立たなくなっているのでは、と思われたが、そこは若さでカバーすることにした。

 昼過ぎまで寝て、起き抜けにおせち料理の残り物を食べ、そろそろと出かけることにする。

 お正月になって、初めての本格的な初詣だからと、二人は、母から着物を着せてもらえることになり、檸檬は手慣れた手つきで顧問を着ていくが、ふと隣を見ると、店の人に手伝ってもらうも、うまく背中に手が回らないみたい?あれ、カラダ硬かった?

 昨夜の動きを見るうえでは、そう硬いとは思えない。きっと、慣れないからガチガチに緊張しているに違いないと思うことにする。

 二人そろって、晴れ着を着たところで、ようやく父から

「ちょうどええ。出かけるんやったら、清兵衛さんのところへ挨拶がてら行ってきよし」

 清兵衛さんと言えば、江戸時代の宇治屋清兵衛に他ならない。

 暮れに結婚したのだから、その挨拶を兼ねて、一度ぐらい翔君を連れて、挨拶に行っといたほうが無難かもしれないと、その時は思っていた。

 それに晴れ着を着たのだから、このまま江戸へ行っても、何も問題はないはず。

 檸檬は長い髪を適当にアップして、お正月飾りをしてから、蔵の中に入る。帰りに初もうでを兼ねて、浅草寺へ行くのも悪い選択ではないと思いながら、翔君を案内する。

 訝しがる翔君をしり目に、江戸時代への扉を開ける。蔵から出て、店の方へ回り込んだ時、ちょうど手大さんの姿が見え、声をかけると、すぐ清兵衛さんが近寄ってくる。

 翔君は太秦の撮影所にでも来たかのような?きょろきょろ辺りを見回している。

「お待ち申し上げておりました」

「へ?」

 いやいや、さっき父から聞いたばっかりだというのに、清兵衛さんは、檸檬が来ることを知っていたみたいな口調。不審に思い、小首をかしげていると、今朝がた、蔵に手紙を出したん尾で、今日明日には、檸檬たちが来ることを予想していたという。

 へー。江戸時代からお手紙が来るのか……。父はそれを知っていて、黙って檸檬を江戸に行かせたのだろうとわかる。

「それ?いったい、どんな御用で?」

「実は……、手前どものお得意様で、さる大身のお大名からの依頼でございまして、来月に国元にて、茶会を催すことになり、昨日、蔵から茶道具を出し点検されていたそうなのですが、利休ご好みの掛け軸がひと幅見当たらなかったそうでございます」

「ほぅ。それは大変なことでございますね」

「まあ、家宝とはまでは言えない品物であったそうですが、その……、俵屋宗達にその掛け軸を見せると約束をしてしまったらしく、その約束を反故にする言い訳を思いつかないと仰せでございまして、……」

「それで?」

「その掛け軸に代わるものを当家から、御貸しできないかとの打診がございました」

「ええ!なんで、そこまでしなければならないの?貸したら最後、もう二度と戻ってこないわよ?」

「そうなのです。それで檸檬ちゃんにご相談したいと思いまして」

 大身の大名だか何だか知らないけど、一介の商人に掛け軸をガメているとしか考えられない行為。でも無下に断れば仕返しが怖いということか?
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