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6.陽介視点

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 新藤陽介33歳、新藤商事代表取締役執行役員兼務営業本部長、独身。父が代表取締役社長のおかげで、代表権を俺も持っている。

 父に何かあった時のためのスペアだ。俺が代表権を持っていることは知る人ぞ知る公然の秘密だ。

 そのためか、俺は昔から女に不自由することはない。女の方から俺をたぶらかし、誘惑してくることが当たり前になってくる。

 代表権のせいだけではない。俺は母親似の甘いマスクで高身長、高学歴、高収入という昔、流行った3Hなのだから。

 ひょんなことから、部下と同居することになってしまったのだが、あの場合、あのカフェから脱出するには、どうしても高村の手助けが必要だったのだから、致し方がない。

 それにサユリが言ったセックス下手の言葉には、少々傷ついたことも事実で、それを高村はおかしそうにケラケラと笑い飛ばす。

 不思議と高村がケラケラ笑っているのを見ると心の傷が癒えていくような気分になる。

 そして意外にも、高村との生活は楽しい。高村は色気の欠片もない女だが、それがかえって、心地良さを増幅させる。

 なぜか家族と一緒にいるような安らぎさえ覚える。

 高村が家に来てくれて、何よりうれしいことは、高村が作ってくれる飯の美味さ。和・洋・中、何を作ってくれても美味い。

 もう俺は完全に胃袋を掴まれてしまっている。

 小さい時からの美味いものを食べなれているせいか、舌が肥えているのだろう。それにしては、いつも着ている服が地味で、そのくせ着飾れば、どこの令嬢かと見まがうほどに洗練された美しさがある。

 まったく謎が多い女だから、惹かれるのかもしれない。

 俺はもうすっかり、高村の虜となっている。仕事中もチラチラと横目で見ているのに、俺の視線に気づかないふりして、仕事をしている横顔も好きだ。

 でもなぜか高村は自分より年上の男性を毛嫌いしているところがある。だから、「好きだ」と言って抱きしめることはできない。

 せっかくの同居を解消させられることがコワイ。

 今までの女なら、それでイチコロに俺に堕ちたのだが、高村は……たぶん。「げ!気持ち悪い。近寄るな!」と言ってきそう。

 つい高村のことを思い浮かべながら、笑ってしまう。

 それなのに高村は俺のことなど、まったく気にしていない。そのことだけがとても切なく感じて仕方がない。

 何とかして、高村の心をつかみたいが、その方法がわからない。そういうところがサユリから、セックス下手だと揶揄されるところなのだろう。

 サユリと知り合ったのは、わが社が提供するCMタレントとして、なぜサユリを起用したかと言えば、タレントギャランティが極端に安かったからということもあり、経費節減の観点から、決まったもの。

 今から考えると、サユリは容姿こそいいが性格が歪んでいて、スポンサー企業ともめ事を起こしていたという。

 よりにもよって、そんなタレントをあっせんする広告代理店が悪いわけだが、わが社も新事業に進出するリスクを考えて、格安のタレントを起用したわけだから、広告代理店だけを責めることはできない。

 サユリは俺を超優良物件と勘違いしてきて、あの手この手を遣い誘惑しようとしてきたが、最初は、寄せ付けず、断っていたら、ついに瞳に涙を溢れさせ、

 「決して、ヨウスケの邪魔にはならないし、お願いだからセフレでもいいので抱いて。」

 俺は、据え膳食わぬは……、というやつから味見だけと思ったことがそもそもの失敗の元だった。

 サユリは変態だったのだ。M気があり、いや、Mそのものだったというべきか、甚振られなければできない不感症だ。

 俺に手足を縛るように言い、目隠しや緊縛プレイを要求してきて、挙句は、小道具がないと感じられない性癖の持ち主で、サユリを抱いていると俺までおかしな気分になったものだ。

 ラブホの費用から、オモチャ代に至るまで、すべて俺が払わされることになってしまう。

 サユリの言い分は、ヨウスケだって、楽しんでいるじゃない?ということらしいが、俺にはどうも解せないことばかり、好きでもないオンナの趣味に付き合わされて、俺をATM代わりにしか思っていない。

 高村は俺と一緒にいても、割り勘で、と考えているようだが、いずれ俺の所有物となる女に、割り勘などさせるわけがなかろう。

 いや、たとえ所有物にならなくても、俺の庇護下にいる女性に金など出させるようなことがあれば、俺の沽券にかかわるのだ。

 女性に金を支払わせるような、みみっちい男だと思われたくない。少なくとも、好きな女性の前では、男は見栄を張りたいものだと思う。

 そんな時、高村のおじいさんが亡くなり、高村は忌引き休暇と有給休暇を申請してきた。

 これは不可抗力だよな。高村と離れたくないが、おじいさんの葬儀であれば、致し方がない。

 俺は高村に。「ゆっくりしておいで。」とは、言ったが本心ではない。

 高村は、喪服を持っていなかったらしく、俺はブランドのブラックスーツを買ってやった。高村が帰省して、俺の話が話題になるかもと思って、下心から買ってやることにしたのだ。

 だいたい、高村に対しては下心だけだ。俺は高村を抱きたいし、自分の所有物にしたいと思っている。

 高村が帰省した後、部屋に帰ってみたら、電気は消えているし、風呂も沸いていない。ものすごく静かで、飯の用意もできていないことに戸惑いは隠せない。

 高村との共同生活に慣れきってしまっていたのだが、以前からずっと一人暮らしをしていたため、高村が帰省しても、どうってことないと思っていた俺の考えが甘いことを思い知らされたのだ。

 高村のことが愛おしくて、たまらない。今すぐ帰ってきてほしい。もう高村なしでは、俺は生きていけない。

 高村の仕事ぶりはまじめで、会社では俺との関係を一切言及せず、もくもくと業務に邁進している。

 だから高村には、将来的には、俺の妻兼秘書にふさわしいと思っている。

 それがだ。高村が帰省先から帰ってくるなり、

 「弟と一緒に住むことになったから、ここから出ていきます。弟は大学生なので、私が身の回りの世話を焼いてやらないとダメなの。ごめんなさい。」

 翌日には、弟が来て、高村の荷物を丸ごと車に乗せて、新しい住居へと引っ越していった。ルームシェアは、あっさりと解消されてしまう。

 今更ながらだけど、なぜ高村がこの家に転がり込んできた夜に、襲って俺のモノにしなかったことだけを正直なところ、恨む。

 好きな女には、オオカミになるぐらいの気合がないと……、いや、あの夜は俺もいろいろとショックがあり、それに高村は単なる部下だったので、部下を手籠めにするなどの考えは浮かばなかったのだ。

 会社の中では、会えるので、またいつか俺にもチャンスが巡ってくると信じている。
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