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ルームナンバー315(2)
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余計な一言のせいで再び沈んでしまった空気に耐えかね、私はジョッキの残りのビールをグビリと飲み干した。
こういう時はメニューでも見ながら話題を切り替えるに限る。
「えーと、次何飲もうかな~。カクテルもいいけどもう一杯ビール飲もうかな。神山さんはどうします?」
「えーと、じゃあ、僕は梅酒のロックで」
「あ、ビールより梅酒派なんですか?」
「ええ、まあ。実はそれほどお酒は強くなくて」
……じゃあなんで飲みに誘ったのか。
疑問はさておき、追加注文した飲み物と料理が届けば、とりあえず目の前のご馳走とお酒に集中。パクパク食べて、飲んでとやっているうちに……目の前のイケメンは、ほんのり頬を赤らめて、すっかり出来上がっているようだった。
酔ったイケメンは仕事中のキリリとした顔ともまた違い、多少気の抜けた表情がなんともまた可愛らしい。
しっかしほんとに酒が弱いんだなあ。
そんな事を思いつつ、いつもと違うその姿をこっそり愛でる私である。
「……なんか、先程は、お恥ずかしい場面を見せてしまいまして」
暫く押し黙っていた後にイケメンは、意を決したのか多少ろれつが回らない感じで重い口を開き、本日2度めの謝罪をする。
「あ、いやーまあ、そういう場面に遭遇することもありますよね」
そんな場面に遭遇することなんて滅多にねーよ!とは思いながらもそんな事を言われたならば、一応フォローを試みる。
「え?そうもんなんですか?」
「あ?ええ。多分、ですけど」
納得いかなそうに首を傾げるイケメンに、適当にも程がある、ざっくりとした慰めの言葉をかけてやる私である。
よし。それではイケメンも会話できるまでに回復してきたようだし先程の給湯室の話題も出たことなので、酔いの力も借りて紺野洋子との話でもぶっこんでみようか。
やっぱりなんだかんだで、他人の恋バナって気になるもんね。
「彼女とはおつきあいが長いんですか?」
「うーん、かれこれ3ヶ月位ですかね」
「どちらから告白されたんですか?」
「仕事のサポートしてもらったりしているうちに、一緒に仕事帰りに食事に行くようになって……何となくそんな感じになったってところですかね?」
おーぅ、なんて曖昧な。
最近の交際事情ってそんなもんなの?
学生時代ならともかく、こちとら全然浮いた話もないものだから、会社の同僚と仕事中どのタイミングで「何となく付き合う空気」になるのか全然わからない。
自分とはなにか違う生き物なのだと再認識させられながら、いよいよ好奇心丸出しの質問を続けてみる。
「彼女のことは大好きなんですか?」
するとイケメン、困った表情で暫く押し黙り。
「うーーーーーん。まあ、お付き合いをしている以上は、大切にしてきたつもりではいましたけれどね」
――まさか陰であんなこと言われているとは、思いませんでした――
……そう、心の声が聞こえた気がした。
あ、あ、あ。
やっちまった!!!!
傷口に塩を塗るような質問をしたとあたふた焦る私の一方で、神山透はフッと短くため息をつくと、俯きがちだった顔を上げてゆっくりと微笑んでみせる。
「まあきっと、遅かれ早かれダメになる関係だったってことだったんですよ。なんだか変に巻き込んでしまったみたいで本当にすみませんでした」
未だ心中荒れ狂わんばかりだろうに、こちらを思いやるようななんとも優しい心遣い。宥める様な穏やかなその口ぶりにうっかり胸が跳ねてしまう。
いやいや巻き込まれたっていうか、立ち聞きしちゃっただけですし!こちらこそ安易に質問なんかしてしまって申し訳ない。
一人反省して居た堪れない気持ちでいると、そんな空気を察したのかメニュー表を手にしたイケメンは、「まあ山本さん、明日は土曜日ですし今日はとことん飲みましょう!」と、明るい声でふにゃりと笑う。
そしてそれから、もう一杯梅酒のロックを注文した神山透は……
「……だってねぇ?女性には優しく接しなければいけませんよねぇ?壊れ物のように大事に扱っていたのにあんな事言われて、じゃあどうすればよかったんですかねぇ?」
……しくしく泣きながら絡んでくる、たちの悪い酔っぱらいへと変貌したのであった。
「うーんまあ、一般的にはそうでもありますけど、ちょっと極端だったんじゃないですか?と、いうかその女性を大事に扱う精神はどこからきてるんですか?」
まるで英国紳士のようではないか。(ただのイメージだけれども)
「……母親から幼少の頃から言い聞かせられてきました……」
「紳士たるもの女性に優しくなんて教育されるお母様、素敵ですね。外国の方なんですか?」
優しく微笑む麗しの金髪美女なんかを想像する。
「いえ、生まれも育ちも日本です。ただ、父と結婚する前に交際相手の男性にひどい扱いをされたとかなんとかで、子供にはそういう男に育ってほしくないと言ってました」
……前言撤回。神山母の闇が深い!!
「えーとえーと、ご両親は……」
「両親は大恋愛の末の結婚だったらしく、こちらが見ていて恥ずかしくなるくらい今も仲良しですね」
人様の過去の話に触れてしまってオロオロするやら、現在の神山母が幸せとわかりホッとするやら、目を白黒させる私に気づかずイケメンはさらにホロホロ涙をこぼしながら話を続ける。
「女性が夜に何を望んでるかなんて、そんなのこっちはわかりませんよ。ねえ山本さん、女性は何を望んでるんですかぁ?」
ええ~!なにその答えにくい質問!
答えたくないので巧みに質問をかわす。
「神山さんこそ彼女に今までどんなことしてしてたんですか?」
「えぇ?一般的なことですよ?」
一般的なことをどうやったら、紺野洋子が愚痴るところの「まな板の上の鯉みたいに何もしない」になるんだろう……。
「うーんうーん、多分神山さんのいう一般的なことと、世の女性が望む一般的なことって多分認識がずれてるんですよ。なので今回みたいな事がおきるというかなんというか」
「えーじゃあ何が一般的なことなのか、もう全然わかりませんよぉ」
「……神山さんて、女性と付き合うの初めてだったんですか?」
質問のこじらせっぷりに思わず疑問をぶつけてみると、「えっ。いえ……彼女で4人目でしたよ」との答え。
「お付き合いの期間は毎回どのくらいだったんですか?」
「えーと…………」
するとイケメンは急に顔を曇らせる。
「いつも、大体半年くらいで、振られてました……。で、でも今までそんなこと言われたことなかったですよ!」
……イケメンよ、そりゃ今までの彼女が優しさから、別れる本当の理由を言わなかっただけではないのか。憐れみの目を思わず向ける私に、神山透は心外だとでも言わんばかりの顔をする。
いや、そんな顔をされてもねえ。
「言いにくい話ですけど、神山さんて、女性とえっちする時どんなことするのか知ってます?」
「そ、そんなの知ってますよ!」
核心に迫る為、顔を寄せてヒソヒソ声で聞いてみると、イケメンは酔った顔を更に真っ赤にしながらしどろもどろに返事をする。
「えっと。じゃ、参考にしてるAVとかってありますか?」
内容が内容だけに、更に顔を近づけてコソコソ話すと、イケメンからはなんとも衝撃的な回答が返ってくる。
「幼馴染から貰ったDVDは見たことありますけど、それ以外は見たことないです。」
え!
この性産業の発達著しいニッポンにおいてそんな男子いるのか?いや、存在しているからこういうことになってるのか??
混乱しながら、なぜ見たことないのかと聞くと、レンタルするのが何となく恥ずかしいからとのこと。思春期か!
ではこの昨今流行りのネットでの購入は?と聞くと、何となく購入履歴が残るのが嫌だとのこと。潔癖か!!
念の為、幼馴染から貰ったDVDの内容を聞くと、
そのタイトル名は「素人童貞を超有名AV女優が手とり足取り色んなことを教えちゃうぞ☆」とか言うものだった。
なんていうか、幼馴染のセンスがヒドイ!!
イケメン曰く、18才の誕生日に「これがえっちのスタンダードだから」とか言われて渡されたらしい。とんだ嘘をつかれたようだな。そしてそれを信じたまま、ここまできたということなのか……。
ますます憐れみの目を向けるとイケメンは、今まで常識と思っていた世界が全く異なっていた事実にすっかり打ちのめされている様子。
スパダリともっぱら評判だった神山透、今日一日で色々な真実を知っちゃったようで。
バリバリ仕事をこなすいつもの姿とのギャップに、思わず笑いそうになりながら、私は肩を叩いて慰めるのであった。
こういう時はメニューでも見ながら話題を切り替えるに限る。
「えーと、次何飲もうかな~。カクテルもいいけどもう一杯ビール飲もうかな。神山さんはどうします?」
「えーと、じゃあ、僕は梅酒のロックで」
「あ、ビールより梅酒派なんですか?」
「ええ、まあ。実はそれほどお酒は強くなくて」
……じゃあなんで飲みに誘ったのか。
疑問はさておき、追加注文した飲み物と料理が届けば、とりあえず目の前のご馳走とお酒に集中。パクパク食べて、飲んでとやっているうちに……目の前のイケメンは、ほんのり頬を赤らめて、すっかり出来上がっているようだった。
酔ったイケメンは仕事中のキリリとした顔ともまた違い、多少気の抜けた表情がなんともまた可愛らしい。
しっかしほんとに酒が弱いんだなあ。
そんな事を思いつつ、いつもと違うその姿をこっそり愛でる私である。
「……なんか、先程は、お恥ずかしい場面を見せてしまいまして」
暫く押し黙っていた後にイケメンは、意を決したのか多少ろれつが回らない感じで重い口を開き、本日2度めの謝罪をする。
「あ、いやーまあ、そういう場面に遭遇することもありますよね」
そんな場面に遭遇することなんて滅多にねーよ!とは思いながらもそんな事を言われたならば、一応フォローを試みる。
「え?そうもんなんですか?」
「あ?ええ。多分、ですけど」
納得いかなそうに首を傾げるイケメンに、適当にも程がある、ざっくりとした慰めの言葉をかけてやる私である。
よし。それではイケメンも会話できるまでに回復してきたようだし先程の給湯室の話題も出たことなので、酔いの力も借りて紺野洋子との話でもぶっこんでみようか。
やっぱりなんだかんだで、他人の恋バナって気になるもんね。
「彼女とはおつきあいが長いんですか?」
「うーん、かれこれ3ヶ月位ですかね」
「どちらから告白されたんですか?」
「仕事のサポートしてもらったりしているうちに、一緒に仕事帰りに食事に行くようになって……何となくそんな感じになったってところですかね?」
おーぅ、なんて曖昧な。
最近の交際事情ってそんなもんなの?
学生時代ならともかく、こちとら全然浮いた話もないものだから、会社の同僚と仕事中どのタイミングで「何となく付き合う空気」になるのか全然わからない。
自分とはなにか違う生き物なのだと再認識させられながら、いよいよ好奇心丸出しの質問を続けてみる。
「彼女のことは大好きなんですか?」
するとイケメン、困った表情で暫く押し黙り。
「うーーーーーん。まあ、お付き合いをしている以上は、大切にしてきたつもりではいましたけれどね」
――まさか陰であんなこと言われているとは、思いませんでした――
……そう、心の声が聞こえた気がした。
あ、あ、あ。
やっちまった!!!!
傷口に塩を塗るような質問をしたとあたふた焦る私の一方で、神山透はフッと短くため息をつくと、俯きがちだった顔を上げてゆっくりと微笑んでみせる。
「まあきっと、遅かれ早かれダメになる関係だったってことだったんですよ。なんだか変に巻き込んでしまったみたいで本当にすみませんでした」
未だ心中荒れ狂わんばかりだろうに、こちらを思いやるようななんとも優しい心遣い。宥める様な穏やかなその口ぶりにうっかり胸が跳ねてしまう。
いやいや巻き込まれたっていうか、立ち聞きしちゃっただけですし!こちらこそ安易に質問なんかしてしまって申し訳ない。
一人反省して居た堪れない気持ちでいると、そんな空気を察したのかメニュー表を手にしたイケメンは、「まあ山本さん、明日は土曜日ですし今日はとことん飲みましょう!」と、明るい声でふにゃりと笑う。
そしてそれから、もう一杯梅酒のロックを注文した神山透は……
「……だってねぇ?女性には優しく接しなければいけませんよねぇ?壊れ物のように大事に扱っていたのにあんな事言われて、じゃあどうすればよかったんですかねぇ?」
……しくしく泣きながら絡んでくる、たちの悪い酔っぱらいへと変貌したのであった。
「うーんまあ、一般的にはそうでもありますけど、ちょっと極端だったんじゃないですか?と、いうかその女性を大事に扱う精神はどこからきてるんですか?」
まるで英国紳士のようではないか。(ただのイメージだけれども)
「……母親から幼少の頃から言い聞かせられてきました……」
「紳士たるもの女性に優しくなんて教育されるお母様、素敵ですね。外国の方なんですか?」
優しく微笑む麗しの金髪美女なんかを想像する。
「いえ、生まれも育ちも日本です。ただ、父と結婚する前に交際相手の男性にひどい扱いをされたとかなんとかで、子供にはそういう男に育ってほしくないと言ってました」
……前言撤回。神山母の闇が深い!!
「えーとえーと、ご両親は……」
「両親は大恋愛の末の結婚だったらしく、こちらが見ていて恥ずかしくなるくらい今も仲良しですね」
人様の過去の話に触れてしまってオロオロするやら、現在の神山母が幸せとわかりホッとするやら、目を白黒させる私に気づかずイケメンはさらにホロホロ涙をこぼしながら話を続ける。
「女性が夜に何を望んでるかなんて、そんなのこっちはわかりませんよ。ねえ山本さん、女性は何を望んでるんですかぁ?」
ええ~!なにその答えにくい質問!
答えたくないので巧みに質問をかわす。
「神山さんこそ彼女に今までどんなことしてしてたんですか?」
「えぇ?一般的なことですよ?」
一般的なことをどうやったら、紺野洋子が愚痴るところの「まな板の上の鯉みたいに何もしない」になるんだろう……。
「うーんうーん、多分神山さんのいう一般的なことと、世の女性が望む一般的なことって多分認識がずれてるんですよ。なので今回みたいな事がおきるというかなんというか」
「えーじゃあ何が一般的なことなのか、もう全然わかりませんよぉ」
「……神山さんて、女性と付き合うの初めてだったんですか?」
質問のこじらせっぷりに思わず疑問をぶつけてみると、「えっ。いえ……彼女で4人目でしたよ」との答え。
「お付き合いの期間は毎回どのくらいだったんですか?」
「えーと…………」
するとイケメンは急に顔を曇らせる。
「いつも、大体半年くらいで、振られてました……。で、でも今までそんなこと言われたことなかったですよ!」
……イケメンよ、そりゃ今までの彼女が優しさから、別れる本当の理由を言わなかっただけではないのか。憐れみの目を思わず向ける私に、神山透は心外だとでも言わんばかりの顔をする。
いや、そんな顔をされてもねえ。
「言いにくい話ですけど、神山さんて、女性とえっちする時どんなことするのか知ってます?」
「そ、そんなの知ってますよ!」
核心に迫る為、顔を寄せてヒソヒソ声で聞いてみると、イケメンは酔った顔を更に真っ赤にしながらしどろもどろに返事をする。
「えっと。じゃ、参考にしてるAVとかってありますか?」
内容が内容だけに、更に顔を近づけてコソコソ話すと、イケメンからはなんとも衝撃的な回答が返ってくる。
「幼馴染から貰ったDVDは見たことありますけど、それ以外は見たことないです。」
え!
この性産業の発達著しいニッポンにおいてそんな男子いるのか?いや、存在しているからこういうことになってるのか??
混乱しながら、なぜ見たことないのかと聞くと、レンタルするのが何となく恥ずかしいからとのこと。思春期か!
ではこの昨今流行りのネットでの購入は?と聞くと、何となく購入履歴が残るのが嫌だとのこと。潔癖か!!
念の為、幼馴染から貰ったDVDの内容を聞くと、
そのタイトル名は「素人童貞を超有名AV女優が手とり足取り色んなことを教えちゃうぞ☆」とか言うものだった。
なんていうか、幼馴染のセンスがヒドイ!!
イケメン曰く、18才の誕生日に「これがえっちのスタンダードだから」とか言われて渡されたらしい。とんだ嘘をつかれたようだな。そしてそれを信じたまま、ここまできたということなのか……。
ますます憐れみの目を向けるとイケメンは、今まで常識と思っていた世界が全く異なっていた事実にすっかり打ちのめされている様子。
スパダリともっぱら評判だった神山透、今日一日で色々な真実を知っちゃったようで。
バリバリ仕事をこなすいつもの姿とのギャップに、思わず笑いそうになりながら、私は肩を叩いて慰めるのであった。
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