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第陸章:存在証明

第13話:私メリーさん。今、あなたの██████の。

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 緯度経度を基に調べた結果『メリーさん』が向かっているのは通信人工衛星だった。かつては電話、そして今はSNSを利用して自身の異常特性を使っていた『メリーさん』はその効果を更に広範囲に広めるつもりらしかった。一度宇宙まで上がれば地球そのものを見る事が出来る。更に他国が上げた衛星も宇宙に存在するため、そちらへと移る事が可能になるかもしれないと感じた。

「ど、どうしようみやちゃん!」
「翠、お前ェの結界術は宇宙まで届くのか?」
「わ、分かんない。やった事無いし……」

 結界を作る際に、翠は瓶詰にされた折り鶴に念を送り込む。大規模な結界を作るにはそれなりに折り紙の数も必要になるし、それだけの集中力も必要になってくる。現在の『メリーさん』はまだ完全に宇宙まで行っている訳ではなく、地上からでも認識可能な位置に居た。
 姉さんに電話を掛ける。

「はい」
「姉さん、アイツの目的は人工衛星だ。自分の特性が届く範囲を広げようとしてる」
「根拠はありますか?」
「今のアイツの大体の位置を基に調べてみたんだけど、このままの速度で上昇すると丁度日本上空を通過する人工衛星に接触する」
「……分かりました。各人員に伝えます」
「ありがとう、こっちも何とかしてみる」

 電話を切り、SNS上にアップされている様々な投稿に目を通す。やはり『メリーさん』の存在がトレンド入りしており、このままだと翠が言う様に目撃者がどんどん増えていく事になる。人を殺す事でなく自らの存在をより強固なものにしようとしており、放っておけば全世界が『メリーさん』の影響下になる可能性があった。

「翠」
「な、何?」
「封印の準備をしてくれ」
「えっで、でも……」
「分かってる。相当きつくなると思う。でも頼む。アタシらに出来るのはこれくらいだ」
「……わ、分かった」

 翠は四神を模した四つの折り紙を取り出すと縁側へと移動し、そこから空中に放った。折り紙達は空を飛んでいき、やがてここからは視認出来ない程に小さくなった。それを見送った翠は居間へと戻ると座っているアタシの股の間にすっぽりと嵌る様にして腰を下ろした。その手には折り鶴入りの瓶が抱えられており、既に準備態勢に入っている事が分かった。

「もし倒れたら、助けてね……」
「ああ、しっかり支える」

 右腕でぐっと抱き寄せて空いている左手でパソコンを操作する。パソコンに入れておいたテレビ機能をオンにして数回チャンネルを回してみると『メリーさん』に関する報道を行っていた。どうやらマスコミにも嗅ぎつけられたらしく、未確認の飛行物体が上空を飛んでいるという内容だった。現段階でもかなりまずいが、もしヘリコプターでも飛ばされて近距離で撮影されたものがテレビで流れようものなら、更に上昇を許してしまう事になる。

「マジかよ……」
「みやちゃん……?」
「翠、そっちに集中しろ」

 番組によっては評論家とされている様々な人物達がアレの正体について討論を行ったりもしている。見方によっては領空侵犯が行われているのと同義のため、こういった事になるのは仕方のない事だが実際の映像を流されるというのはこちらとしては厄介極まりなかった。
 ……いや、生放送なんだったらこれを利用する手もあるか。今この番組で流されている映像はどれもリアルタイムのものだ。という事は翠が飛ばした折り紙が映り込めば、細かい位置調整が出来るって事になる。下から撮ってる映像だろうし困難ではあるが不可能じゃないな。

「後どれくらいで着く?」
「……もう少し」

 翠の体温が少し上がっているのを感じる。相当強く集中しなければ遠距離まで移動させるのは難しいらしく、それだけ神経をすり減らす技術らしかった。
 数分経ち、とうとう防衛省による会見まで開かれ始めた中、生放送の映像の中に小さな物が四つ、チラリと映り込んだ。かなり小さいため正確な形までは把握出来なかったが、空中で不自然に止まっているその様子から見て間違いなかった。

「……ここかな」
「いいぞ翠……もう少し右にずらせるか?」
「右……」

 画面上に映っている小さな折り紙達は画面奥へと移動してしまった。どの方向から撮影しているのか分からない以上、目で見えている通りに説明するのは間違いらしい。

「悪い翠逆だ。さっき動かしたのよりも少しだけ多めに左」
「少しだけ多め……」

 翠の微調整によって上手く『メリーさん』を囲う様な形で折り紙達は配置された。『口裂け女』の虚像を封印する際に使用した『四神封尽』という結界であり、別の次元に対象を送り込むという力があった。もちろん殺すための技ではなく、この世界から追放するという方法だった。向こう側の世界も専用に作られた世界のため、怪異達を傷付ける力は無かった。

「そこだ翠」
「やってもいい……?」
「ああ、頼む」
「分かった……」

 翠は少し前屈みになる様にしてより強く念じ始めた。少しずつ揺れ始める翠の体を支えて映像を見つめる。折り紙達は発光し始め、その中心に居る『メリーさん』もまた発光し始めた。しかし完全に封印される前に突然画面がテストパターンと呼ばれる画面へと切り替わり、ピーという音が響き始めた。どのチャンネルに回してみても、全てがテストパターンになっており放送そのものが出来なくなっていた様だった。
 急いで電話を掛ける。

「姉さん!」
「雅、どうなってますか?」
「今翠がやってる。今テレビを回してみたんだけど、どこも繋がらない」
「電子関連の力を持っている一族に連絡をしました。現在全てのテレビ電波に干渉している様です」
「じゃあ取り合えずテレビからの認識は防げてるって事でいいの?」
一先ひとまずですが。一応隠蔽情報の準備も進めています」

 翠の呼吸が荒くなり始めた。普段ここまでの状態になる事はなく、恐らく距離や『メリーさん』が持っている強力な異常性に苦戦しているのだと思われた。強く抱き寄せみると更に体温が上昇しており、まるで風邪でも引いているかの様に汗までかいていた。

「翠、オイ翠?」
「どうしました?」
「翠の様子がおかしい。遠すぎるからかな?」
「どの方法でやってるのですか?」
「『四神封尽』でやってるっぽい」
「……その位置からですか?」
「え?」
「あの結界は四神を基にした技です。それぞれの配置が必ず対応した方角になる必要があります」
「……ちょっと待って今何て」

 突然翠が顔を上げる。ピタリと動きが止まっており、声を掛けようとした瞬間、こちらを向く。その瞳は虚ろであり、真っ直ぐ前を向いているにも関わらず何も見ていない様な印象だった。こちらに顔を向けたまま翠は姿勢を変えて向かい合う様な姿勢になった。

「オイ、翠?」
「雅? どうしたんですか? 雅?」

 翠の口がゆっくり開く。

「私メリーさん。今あなたの前にいるの」

 咄嗟に顔に触れて熱源を流そうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。



 目を開けると周囲は真っ暗だった。灯りが無いというよりも何もない空間という感覚であり、自分の体はしっかりと見る事が出来た。体を起こしてみると杖が無いにも関わらず、何故か普通に起き上がる事が出来た。左足が上手く動かないのは相変わらずだったが、何故かバランスを崩して倒れるという事は無かった。
 どうなってる、どこだここ。さっきの翠は明らかに『メリーさん』に憑依されていた。姉さん曰く『四神封尽』はそれぞれの折り紙が対応した方角に位置していないと意味が無いらしい。もし翠が見えない場所だからそれをミスったのだとしたら、逆に向こうから入り込まれた事になる。だが『メリーさん』には相手に憑依するという力は無かった筈だ。いったいどういう事だ……。
 試しに数歩程歩いてみると突然背後から気配がした。振り返るとそこには『メリーさん』が居た。一瞬だけ見えたあの時と同じ格好をしており、その顔には所々ヒビが入っていた。肌の質感は見るからに人形のものだった。

「テメェ、どういうつもりだ。ここはどこだ」
「……」
「オイ答えろ。喋れねェ訳じゃねェンだろ!」

 眼球が嵌っている窪みの周りにもヒビが入っており、時折ポロポロと崩れ落ちていた。金髪の髪の毛は薄汚れており、着ている服すらも黒ずんでいた。

「私メリーさん。今私はどこなの?」
「何言ってやがる? テメェが引き込んだンじゃねェのか?」
「私メリーさん。あなたは誰なの?」
「……日奉雅だ。テメェみたいな異常存在を封印するのが仕事だ」
「私メリーさん。私は……誰なの?」

 目の前に居るそれの眼孔からは液体が流れ落ちた。その液体は頬を伝い、最終的には黒い水となって足元の真っ暗な空間へと姿を消した。

「……お前ェは『メリーさん』なんだろ?」
「私メリーさん。もう私はどこにも居ないの」
「何言ってる?」
「私メリーさん。皆はテレビが好きなの」

 『メリーさん』の右手がボロボロと崩れ始めた。ヒビはどんどん腕を上って来ており、眼孔からの液体は増々増えるばかりだった。

「……お前ェ昔、急に姿を消したらしいよな。封印された訳じゃなかったンだろ? 何があった?」
「私メリーさん。皆私で遊ぶの」

 そういやネットでの投稿の中には『メリーさん』の怪談を改変して笑えるものや可愛げのあるものにしてあるのもあったな。こいつの全盛期は携帯が普及し始めた時期だった。今はガラケーを持ってる人間はほとんど居ない。スマホも携帯として使えはするが、電車に乗ってても見かけるのはゲームをしてるかネットを見てるかだ。それに怪談や創作を語っても、すぐに嘘扱いされてしまう。

「私メリーさん。私はどこなの?」
「……なァ『メリーさん』よ。契約をしないか」
「私メリーさん。約束は何なの?」
「きっともう、お前ェは必要とされてねェンだよ。時代は変わった。お前ェはありふれた作り話になっちまったンだ」

 『口裂け女』は目の前の彼女とは違い、現代に馴染んでいた。一応『メリーさん』も馴染もうとはしたのだろう。だからSNS上に現れたんだ。だが駄目だった。恐らく背後に立った時に殺さなかったのは、出来なかったからなのだろう。人々から社会から忘れられて力が弱まってしまった結果として、もう人を呪い殺す力が残っていなかったのだろう。だからこそ僅かに奪えた魂の力を使って人工衛星を目指した。しかし、今目の前に居るこの姿を見ると……。

「もうお前ェみたいなありきたりな霊は認めてもらえない世界になっちまった」
「私メリーさん。口裂け女は知ってるの」
「ああ……アイツが今でも力を使えたのは、アイツにリアリティがあるからだ。アイツは見方によっては不審者としても扱える。だがお前ェはどうだ。人形に宿った幽霊だろ? アタシらは信じてやれるが、一般人からは信じてもらえない」
「私メリーさん。今居場所は無いの?」
「ああ、覚えてる奴が居ても改変された話ばっかりだ。完全にオリジナルの話は多分もう無い」
「……」
「だからよォ、もう止めないか。必要なら住む場所はやるから」

 ヒビの進行が止まる。

「私メリーさん。どこに居ればいいの?」
「絶対に人間を襲わない。約束出来るか?」
「私メリーさん。今、約束守りたいの」
「……分かった。じゃあうちに居ろ。ただし人形の姿でだ。人は襲わない、脱走もしない。守れるか?」

 零れ続けていた液体は透明になった。もう黒ずんだりする事は無かった。彼女は足元から少しずつ光の粒子の様になりながら姿を消えていく。

「私メリーさん。今あなたの前に居るの」

 やがて全身が消滅した。すると真っ暗だった世界の遠方に小さな光が見えた。それを目指して足を引き摺りながら歩みを進めた。



 ふっと目を開けると目の前には翠の顔があった。涙で顔をぐしゃぐしゃにしており、目を覚ましたのを見るや否や抱きついてきた。どうやら倒れてしまっていたらしく、少し頭が痛かった。

「みやちゃん……! みやちゃぁん!」
「……悪い翠、心配掛けたな」
「私、私急に頭痛くなって、そしたら真っ暗で……そしたら、そしたら体が動かなくなって!」
「ああ、ああ分かってるよ」
「失敗しちゃって……!」
「気にすんな。『四神封尽』の細かい調整を知らなかったアタシが悪かったンだ。翠は悪くないよ」

 泣きじゃくる翠を宥めながら体を起こし、畳の上に転がっていたスマホを手に取る。既に着信は切れてしまっていた。パソコンを見てみるとテレビの放送は戻っており、浮遊していたのは素人が作ったバルーンだったという事になっていた。どうやら姉さん達が隠蔽用の情報を流してくれていたらしく、上空に浮かんでいた『メリーさん』は居なくなっている様だった。
 玄関先から美海の鳴き声が聞こえた。普段話し掛けない限り滅多に鳴かない美海が鳴いているという状況は珍しい事だった。

「翠、ほら立てるか?」
「うんっ……!」

 壁を支えにして翠の背中を擦りながら玄関へと向かうと美海が扉の方を向いて鳴いていた。扉を開けてみると玄関先には一体の人形が落ちていた。帽子を被り、可愛らしい洋服を着た金髪の少女を模した人形だった。所々汚れてしまっており、その様子は彼女の姿を彷彿とさせた。

「……翠」
「な、何ぃ……?」
「この子、持っててくれ」
「え、この子……」

 黒電話から姉さんへと繋げる。

「雅! 雅!」
「姉さん、大丈夫だよ」
「ああ、無事でしたか……急に倒れた様な音が聞こえて驚きました……」
「うん。もう大丈夫。アレも消えた?」
「ええ、隠蔽情報を流してテレビ放送も元通りになった様です。翠が封印したのですか?『四神封尽』は位置がずれていたら正しく発動しない筈ですが……」
「いや、アタシも翠も何もしてないよ。アイツが自分から消えたんだ」
「ふむ……またもですか。どういった行動理由なのでしょうか? 以前もそうだったみたいですが……」
「……アタシには分かるよ。アタシもアイツも同じだったから」
「ほう……その理由は?」
「ごめん、言えないよ。でも安心して。もう絶対出ないだろうから」
「分かりました。雅を信じましょう」

 お礼を告げて電話を切った。翠は人形が彼女である事に気付いていたらしく、どうしたらいいのかとオドオドしていた。そんな翠から人形を受け取ると居間へと戻った。部屋の中を見回し、箪笥の上へと彼女を置いた。その位置から部屋が一望出来る様にした。

「みやちゃん、あの人形……」
「……アイツはアタシと同じだったんだよ。どこにも居場所が無かった」
「そ、そんな事ないよ! みやちゃんは……!」
「ああ……今は違う。姉さんが居る、翠が居る。家族が居るんだ」
「……じゃああの子は……」
「別に怪異が怖い存在で居続ける必要なんてないだろ? 寂しいなら甘えりゃいい。無理に呪わなくてもいいんだ」

 アイツは寂しかったんだ。かつて自分という怪異を作り上げて怖がっていた人々が自分を忘れてしまう事が。だからしばらく姿を消して社会を学んだ。それなのに久々に出てきてみりゃこのザマだ。ただのイタズラ呼ばわりされて、自分を語る話はくだらない形に改変されて、いつの間にか自分を怖がってくれる人は居なくなっていた。アイツが寂しがるのも当然だ。『口裂け女』とは違って、アイツは捨てられた人形が付喪神の様になって生まれた存在だ。人に構ってもらえないと存在していられない。嘘だなんて言われたくない、お笑い話にされたくない。そう考えてたんだ。
 美海が居間へとやって来て箪笥の上を見上げる。

「なァ翠……大切にしてやろう」
「……うん。そうだね。私達だってあか姉に助けてもらったんだから」
「ああ……たまにはこういうのも悪くはないだろ」

 美海が箪笥へと飛び乗り、人形を突き始めた。すると内部に音声を発する装置が入っていたのかさっき聞いた声が部屋に発された。

「私メリーさん。今、あなたの大切な家族なの」

 興味津々な美海を箪笥から抱えて下ろし、スマホで人形の写真を撮った。それをパソコンへとメールで送信しながらパソコンの前へと座る。翠も美海も隣に座った。やるべき事は一つだった。
 数分後、一つだけSNSに投稿をした。どうせ鍵を掛けているため誰も見る事は無かったが、ただの自己満足のために投稿した。どうせSNS自体自己満足で構成されているのだ。これくらいは構わないだろう。自分や翠、美海、そして彼女が間違いなくそこに存在しているという存在証明なのだから。

『 てんとう
 @amenoiwato

 新しい家族が出来ました。今日からよろしくね。』
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