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第3章 運用廃止の危機ですよ!!

1.Twitter運用終了の危機

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出勤準備をしながら、気づいた。
……最近、気合いを入れなくてもスカートのホックが留まることに。

「これってもしかしてもしかする?」

うきうきと体重計に乗ってみるも、こっちはさほど変化無し。

「あー、体脂肪が減って筋肉が付いたって奴かな……?」

残念ながらうちの安い体重計は、体重しか量ってくれない。

「これは体組成計を買った方がいいのかな?」

そうだ、滝島さんに相談してみよう。
なんだかいいことを思いついた気がして、うきうきと家を出た。

滝島さんと痛恨の一夜の過ちを犯してしまって早三週間。
教えてもらった軽い運動と食生活の改善のおかげで、確実に体型に関しては効果が出つつある。

今日は会社の最寄り駅であたりをきょろきょろ。
目的の人物が見当たらなくて、よかったような悪かったような複雑な心境だ。

「おはようございます」

出勤したら席で新聞を読んでいた大石課長にじろりと睨まれた。

「一時期心を入れ替えてやっているかと思えば、もうこれか」

嫌みを聞き流して席に荷物を置き、パソコンのスイッチを入れてコーヒーを淹れに行く。
もちろん、淹れるコーヒーはミツミのコーヒーだ。

席に戻ってきたらまた、大石課長から睨まれた。

「上司の分も淹れてきてやろうとかいう心遣いはないのか」

――ありませーん。

なーんて言えたらいいんだけど。
さすがにそれは、無理。

「すみません。
でも飲み物は各自で淹れるようになっていますので……」

「ふん!」

さすがに決まりを口に出され、それ以上はなにも言えないようで彼は私に背を向けた。
ここひと月くらい、三十分ほど早い出勤で、大石課長が来たときには仕事をして――いるフリをしていたから免れていたけど。
またこれがはじまるのかと思うとうんざりする。

英人と別れてから彼と会うのが嫌で、出勤時間を早めにずらしていた。
彼の会社の最寄り駅も一緒で、始業時間も一緒となれば当然、駅を利用する時間も一緒なわけで。
それを元に戻したのは、滝島さんのおかげで自分に少しだけ自信が付いたからだ。
もし目に付いたのならば、少しずつ綺麗になる私を見てもらいたい。

そして――。

そのあとはどうしてもらいたいのだろう。
あやまってもらいたい?
よりを戻してもらいたい?
私の中ではまだ、明確な答えはないが。

仕事は一見、なんの変化もなく進んでいく。

【2月3日月曜日、今日は節分ですが不眠の日でもあるそうです。
皆さんはぐっすり眠れていますか?
眠れない方は枕を変えてみるのもいいかもしれません】

今日は系列の家具メーカーが出した、安眠枕のリンクを貼る。
これをはじめてから自社製品、系列会社まで含めてずいぶん詳しくなったと思う。

「あ」

通知をチェックしていたら、金曜日のツイートに付いたリプが目に留まった。

【こちらのツイートで愛妻感謝の日だと知りました。
たまには妻に感謝するのもいいかと紹介されていたケア商品を買って帰り、プレゼント。
妻は予想以上の大喜びで、してよかったなと思います。
ありがとうございました】

「なんか、いいことした気がするなー」

朝のあれでちょっとささくれ立っていた心がほっこりする。
私が求めているものはこれなのだ。
フォロワーさんのちょっとしたことのお役に立って、喜んでほしい。
それが、自社商品だとなおいい。
そのためには企画書をしっかり作らないといけない。
いまは滝島さんから出したレポートダメ出し食らってやり直し中だけど。

「申請、お願いします」

出した書類を一瞥し、大石課長が決済箱へあごをしゃくる。
さっきのリプのRTと返信申請だから早くしてほしいが、そこは抑えて箱へ入れた。

「なあ、伊深。
こんなこと、いつまで続けるつもりだ?」

「……は?」

席に戻ろうとしたら背後から声をかけられた。
思わず振り返り、大石課長の顔をまじまじと見てしまう。

「いつまで、とは?」

やめていいならいつでもやめてやる。
いや、中途半端に終わらせる、多少の悔しさはあるが。
そもそもこれは戸辺さんの代から会社命令でやっていることであって、私が自主的にはじめたことじゃない。

「社長命令でこんなくだらない……いや、なんでもない」

さすがに社長の案をくだらないとは言えないらしく、大石課長は口を濁らせた。

「戸辺もお前もすぐに諦めるだろうと思っていたのに、いつまでも続けて。
いい加減、やめたらどうだ?」

もしかして、社長に直に意見できないから、私たちを嫌がらせのように放置して、締め付けて、失敗するのを待っていたんだろうか。
そんなの……酷い。

「申し訳ありませんが、はじめたことを途中で投げ出したりしたくありません。
それに絶対、社長のお望みどおりにしてみせます。
もうしばらく、続けさせてください」

私があたまを下げると、はぁっと諦めるかのように小さく大石課長がため息をついた。

「三月までだ。
それまでになんの成果もなければ新年度には廃止する」

「わかりました!」

これでいよいよあとがなくなった。
しかも、成果と言われてもフォロワー何人増加とか明確な指標すらない状態。
さらに残りは二ヶ月を切っている。
なにができる?
なにをしたらいい?
もうぐずぐずしている暇はない。
ただ、突っ走るしか!

お昼ごはんの写真を送るついでに、このままだとTwitter運用が今年度いっぱいで終わるかもしれないと滝島さんに報告する。

【お前は続けたいの?】

その問いかけはなんか意外だった。
滝島さんなら頑張って続けろとか言いそうだから。

「続けたいの、か」

運用は丸投げのくせに、あれはダメ、これはダメと禁止され、上司からは嫌みどころかたまに怒鳴られる。
こんな仕事、いつでもやめていいと思っていた。
でもいまは……もっと続けたい。

一度だけ参加した中の人の集まりは楽しかった。
あれ以来、ちょくちょくSMOOTHさんもサガさんも、三阪屋さんもTL上では声をかけてくれる。
こちらがあまり、リプできないのが申し訳ないけど。
それに今朝みたいなリプもときどき付くようになった。
やめろと言われて嫌だと思った。
これが私の正直な気持ち。

【続けたいです】

いつもは既読がついあと、速攻で返信があるのに今日はない。
上司を見返してやりたくないか、なんて言っておきながら滝島さんも本当は、やめた方がいいと思っているんだろうか。

【わかった。
なら、完璧な企画書作って完璧なプレゼンを早急にしないとな】

少しして応援する眼鏡男子と一緒に返信があった。
いまの間はなんだったんだろう。
たまたまちょっと、手が離せなかっただけ?

【今日の弁当も作ったのか?】

今度は、私が返信を打ち終わらないうちにピコピコ次々に上がってくる。
昼は最近、できるだけお弁当を作るようにしていた。
節約もあるけど、これだと自分でバランスを気をつけて作れるから。

【旨そうだな】

【俺にも作って】

「誰が作るか」

可愛くお願い、とかしている眼鏡男子に笑ってツッコミを入れてやる。

【そういうわけなんで、厳しいご指導お願いします】

了解、とスタンプが貼り付けられ、少し考えてまた指を走らせる。

【取りに来られるなら作ってあげてもいいですよ】

まあ、無理なのはわかっていますが。
ミツミからうちの会社まで、電車移動で一時間近くかかるし。

【なら弁当持ってデートしようぜ】

「……は?」

……デート、とは?

意味がわからないうちに次のメッセージが上がってくる。

【運動兼ねてアスレチックに行かないか】

【車は出すし】

それはちょっと興味ある、かも。

【私はしたことないんですが、大丈夫ですか】

間髪入れずに返信がきた。

【初心者コースもあるから大丈夫】

【どうする?】

普段の私ならお断り、だけど。
最近の私はこう、いろんなことにちょっと興味があるっていうか。
なので。

【お願いします】

【もちろん、お弁当は作らせていただきます】

すぐに了解、とスタンプが貼り付けられる。
あとは服装とかその日の注意点と待ち合わせ時間を打ち合わせして、画面を閉じた。

「ちょっと楽しみ、かも」

そのためには早く、レポート上げてしまわないとだけど。
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