欠陥品なんです、あなた達は・・・ネズミ捕りから始める異世界生活。

切粉立方体

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22 孤独

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 あれから一週間、僕はギルドの食堂に入り浸って酒に溺れている。
 メアリーさんから説明を聞いた後、一旦農業組合の宿舎へ戻ろうとしたのだが、あの広い部屋で一人寝るのが嫌で、人の気配を求めてギルドの食堂へ来てしまった。
 ギルドは昼夜関係無く人が訪れ、食堂で酒を飲む人は途切れない。
 僕は初めて酒を飲んだのだが、喧騒の中で酒を飲み、薄れた意識の中で周囲の会話を聞いて居ると、一人で居ることに気が紛れる。

「あいつが生き残りのハズレ者か、教会組合も全員勇者じゃなくてがっかりしたらしいぜ」
「勇者連中に助けられて生き延びたんだろうがよ、もうお終いだな」
「裏門で野犬狩りやってたそうだけど、一人じゃ怖くて行けねーんじゃねえか」
「なんか一人だけハズレなんて、惨めだぜ。ざまあみろ」

 悪意の言霊が、渾沌とした意識の中で泳ぎ回って、僕の自我を繋ぎ止めてくれる。

「ねえ、ちょっと良い男の子じゃない。誘ってみようか」
「祭りで船曳いてたよな、なんかマッチョで美味そうだったぜ」

 欲情の臭いが、意識の表面を刺激してくれる。

「もう帰りましょよ。シスターが心配してますよ」
「そうです、身体に悪いですよ」

 マーサとケイト、慈悲の救済教会が雇い入れたシスター見習いの二人だ。
 勇者を八人も排出したので、信徒が増えているらしい。
 まあ、僕にはもう関係ない。
 このままどろどろに溶けて、テーブルに染み込めたら、きっと幸せだろう。

 人の気配が増えた気がする。
 きっとまた、朝になったのだろう。

「ほう、おまえ開花しとるな。そうか、そうか、また眼力強化に来たのか。それじゃ道場で修行じゃ」

 無意識の底から、危機意識が頭をもたげた。
 目を開けたら、そこにあの訳の判らない耄碌爺さんの顔があった。
 逃げようとしたのだが、身体に力が入らないで、道場へ引摺って連れて行かれてしまった。
 道場で稽古をしていた人達が、一斉に逃げ出した。
 逃げ出す前に、このいかれた爺さんを止めて欲しい。

 爺さんが石礫を投げ始める。
 僕はほとんど本能で必死に逃げ回り、痛みで朦朧としていた意識が覚醒し始めた。
 良く考えたら、今の僕は昔の僕と違う。
 魔素の目で見れば、石礫がはっきり見えるのだ。
 魔素の目を始動する。 
 飛んできた石礫を素手で受け止め、爺さんに向けて投げ返す、逆襲だ。

「ほう、やるようになったのー」

 軽く受け止め、投げ返されてしまった。
 僕だって負けてられない、その石礫を受け止め、再び投げ返す。

 気を抜くと物凄く痛い思いをするので僕は必死だった。
 石礫が爺さんと僕の間で行き来する。

 汗と酒が全身から流落ちる。
 どの位経ったのだろうか、爺さんが投げるのを止めた途端、僕は床にへたり込んでしまった。

「花が枯れかけてるから、残りは花に返すぞ」

 成り行きで、眼力強化をレベルアップされてしまった。
 魔素の光りが良く見える様になったのだが、特に役立つとは思えなかった。

 でも、汗を流し、全身をマッサージして貰い、心までリラックスした。
 なんか心が吹っ切れて、気持ちが落ち着いた。

 メアリさんに謝り、農業組合のケントルさんに仕事を怠けた詫びを入れた。
 心配していた様で、二人共快く謝罪を受け入れてくれた。
 一週間ぶりに風呂へ入り、溜まった垢を洗い流した。
 用意してくれた夕食を組合事務所の食堂へ食べに行き、一人の部屋で寝た。
 思っていたよりも、寂しい気分にはならなかった。

 翌朝、一週間ぶりに野犬狩りへと向かう。
 身体が覚えていて、取り押さえることは出来たのだが、その先が続かない。
 雪に犬の顔を押し付け、窒息させようとしたのだが、バランスを崩して五匹に一匹しか狩れなかった。
 それでも、野犬のトンネルを見付けられる僕の能力が役に立ち、地区の人々からは感謝された。

 順調に野犬を狩る仕事に戻り、生活はしばらく落ち着いた。
 でも、寂しくは無かったのだが、身体に染付いた飲酒の習慣が残り、三日に一回は、夜の街の酒場へと通う様になってしまった。
 好奇心で除いた歓楽街の店に馴染んでしまい、明け方、女のベットから抜け出して、野犬狩りへと向かう事も多くなった。
 
 そしてある晩、酔って女をベットへ連れ込んだら、朦朧とした意識の中で物凄く不思議な光景を見た。
 女を愛撫している僕の指先から、魔素の目で黒く見える二十センチ程の影の様な蔓が伸びて、女の身体を摩っているのだ。
 何時も余裕で僕の相手をしている女が、髪を振り乱して頭を振り、大きく仰け反って気を失った。
 一仕事終えて、ヤレヤレという感じで、蔓は僕の指先に吸い込まれた。

 次の日の明け方、ベットから忍び出て野犬狩りへ向かう僕の手を、女が掴んだ。
 何故か真剣な眼差しで僕を見詰めている。

「ねえ、今夜も来て頂戴」
「ああ、気が向いたらね」

 今までとは違い、ここでは僕が一番年下だ。
 今までの分別のあるお兄さん役ではなく、気紛れな少年役を演じている。

 僕は酒場で歌を歌う事も覚えた、乞われて歌ってみたら、明美と同様に、僕も歌が上手かったのだ。
 伴奏用にハルさんが演奏していたギターの様な楽器も覚えたのだが、指先から伸びる蔓も演奏を手伝ってくれる。 
 蔓は撲以外に見えないので、エコーの掛った、物凄く不思議な演奏に聞こえるらしい。
 甘い声で恋の歌を囁きギターを爪弾くと、酒場の女なら、だれでもホイホイと釣れるようになった。
 髪の毛も銀と赤に染め、歓楽街で浮名を流すようになる。
 慈悲の救済教会へ野犬の肉を届けに行く度、メアリーさんにこっぴどく叱られた。
 認識票は、何時もベットの枕元でスパークしている。

 それでも野犬狩りは止めていない。
 毎日きちんと農業組合へ通っている。
 酒場での演奏と歌、女達から貰う小遣いで食繋げるのだが、止めると、ハルさんや明美達との絆が切れてしまう気がしたのだ。

 影の蔓は少しづつ成長し、野犬狩りも手伝ってくれるようになった。
 肩から伸びた蔓が、僕の取り押さえた野犬を押さえてくれるのだ。
 両手を解放された僕は、余裕でハンマーを振り降ろして野犬に止めを刺すことができる。
 目を凝らせば、野犬の肉体から抜け出る白い霧が見えるようになり、影の蔓は、美味そうにその霧を吸っている。

 狩れる野犬の数も増え、半月で再び僕は開花した。
 前回覚える予定だった目の中に眼鏡を作る光魔法を、メアリーさんに教えて貰った。
 半日以上、メアリーさんから説教を延々と喰らった後だったが、目がはっきりと見えることには感動した。

「メアリーさん、綺麗ですよ」

 グーで思いっきり殴られたが、何故かメアリーさんは赤い顔をしていた。
 ちなみに、魔法を覚える時は、相変わらず物凄く痛かった。

 他に覚えたい魔法も無いので、残りの花弁は花に全部返してやることにした。
 メアリーさんが花に花弁を返す儀式を行ったら、何故か蔓が一回り太くなった。
  
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