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36 天職
しおりを挟む初等部の子供達をぞろぞろと引率する僕の姿を見て、女生徒達の視線も少し柔らかくなった。
それでも、女の敵という評価は揺るがないようで、厳しい視線は変わらない。
男子生徒の評価は大きく変わった。
皆、真面目な連中が多いので、初等部の子供達のことは物凄く気になっていたようで、余裕が無い事を理由に目を逸らしている自分達を、物凄くやりきれなく思っていたらしい。
僕に話し掛ける生徒、僕の手助けを申し出る男子生徒が続々と現れ、子供達の世話が随分と楽になった。
皆、子供達に救いの手を差し伸べた僕が本物の撲の姿で、夜のバイトで女性達と浮名を流す僕は、生活の為の偽りの仮面を被った撲と考えてくれているようだった。
だが、何かとても心苦しい。
この点は、女生徒の方が正確だ、僕の本心が良く解っている。
僕は夜のバイトが楽しくて仕方がない。
夜の自分が正真正銘の自分だと思っている。
なんなら無給でも良いと思っている。
国家連合からの勇者認定証は、とっくに届いているので申請さえすれば、普通の国の公爵並みの報酬は毎月受け取れる。
それに、メトロノ国からは、物凄く適当な役職が割り振られ、遊んで暮らせる報酬が貰えている筈なのだ。
そう、お金の問題じゃない、夜のお仕事は、神様が用意してくれた豪華な食事を、日替わりで堪能させて貰っているようなものだ。
僕も蔓も毎晩大満足で、迷宮の実地訓練で開花して以降、増々体力も気力も充実して、より深く喜びを堪能出来るようになった気がする。
庭園の別荘の中で、リュトルを爪弾きながら、年上の美人と二人で酒を酌み交わして会話の掛け合いを楽しみ、ベットの上でリュトルを奏でるように、その女性の様々に変わる声やくるくる変わる表情の変化を引出して楽しんでいると、神様が僕のため用意してくれた天職じゃないかとさえ思えて来る。
うん、一人の女性に縛られることは、この神様の御意志の逆らう不信心な行為だと思う。
なので、マルカートから送られて来た入域許可付きのメトロノ聖都城舞踏会の招待状は、すでに四枚程積み上がっているが、見なかったこと、無かったことにしている。
五枚貯まると、聖都外出許可証と交換なんて特典は無いだろうか。
ーーーーー
聖都魔法学院第四群中等部四年 リーフ
五限の授業終了後、リュトルの弦を買いに行ったスノウと別れ、食堂でお茶を飲みながら、今日の授業の復習をした。
月曜から水曜までは、夜のバイトの時間まで間が空くので、食堂でのお茶を飲みながらの復習を日課にしている。
スノウは多才だ。
あの特殊な魔法以外も、ほぼすべての魔法を使い熟す。
礼儀作法はほぼ壊滅だが、魔法の理論や実践については、驚く様な理解力を示す。
授業や魔法だけじゃない、初めて会った時にリュトルを背負っていたので演奏できる事は知っていたが、先週店での演奏と歌声を聞いた時には驚いた。
店が専属で頼んでいた吟遊詩人がぎっくり腰でドタキャンしたのだ。
原因は、店長が前夜弄んだ所為と囁かれていたが、深く考えない様にした。
困った店長が男性従業員全員を集め、歌は多少我慢するからとリュトルの弾ける奴に手を挙げさせた。
自信有り気に手を挙げた数人の従業員に混じって、スノウが遠慮気味に手を挙げた。
人前で弾ける度胸も試したのだろう、店長は店の楽器を渡し、一人一人に皆の前で演奏させた。
自分から手を挙げるだけあって、店の吟遊詩人の演奏よりは劣るが、それなりに皆弾きこなした。
最後がスノウだった、調弦から始めたスノウを見て、店長も先に演奏した従業員達も苦笑いをしていた。
でも演奏が始まって全員の顔色が変わった。
物凄くレベルが違う事が、素人の僕でも解ったのだ。
短いフレーズの演奏が終わった。
「店長、俺プロなんで芸人宿で仁義きらないと」
自分でプロを宣言するだけあって、歌も絶品だった。
高く澄んだ甘い少年の歌声が、店のなかに染み込んで行く。
客達は、息を止めて驚愕している。
爆発的な歓声が捲起った後、客から様々な曲のリクエストがあった。
この町の流行歌は多少躊躇していたが、客からのリクエストにすべて応えていた。
「スノウ、あんた明日から歌いなさい。吟遊詩人付き接待、うー、きっと儲かるわよ。たしか今日は山燕荘でアリアスさんの接待だったわよね。このリュトル持って行って良いから、今日からサービスなさい」
その日スノウは、吟遊詩人の恰好で、リュトルを担いで庭園へと向かった。
予習が終わったので、寮へと戻る。
夜遅く街を学院の制服で歩いていると、寄って来る客引き達が煩わしいので、部屋で店の制服に着替えてから出勤するようにしている。
寮に戻ろうとしたら、寮生達が寮の門前で固まってざわついている。
寮の玄関前に豪華な馬車が横付されており、両脇にズラーと兵士が並んでいる。
閉鎖はされていない様なので、恐々寮の中に入ると、玄関から僕の部屋まで兵士の列が伸びていた。
ドキドキして部屋に入ると、スノウのベットの上に、豪華な服を着た物凄い美少女が座っていた。
美少女がスクッと立ち上がった。
「スノウ様の同室のリーフ様でいらっしゃいますね。何時も私の婚約者のスノウがお世話になっております。私メトロノ王国のマルカートと申します。スノウ様は何時頃お戻りになられるでしょうか」
窓の外を見たら、リュトルを調弦しながら、寮の坂道を登ってくるスノウの姿が見えた。
「今坂道を登っていますから、直に来ますよ」
美少女の表情が、ぱーっと、光り輝く様に明るくなった。
「それじゃ玄関へお迎えに行ってきます」
旋風の様に美少女が走り去り、美少女を追掛ける兵士達の足音が廊下に響いた。
窓から身を乗り出して、僕は玄関を覗き込んだ。
馬車の前に美少女が立ち、左右に兵士達が並んでいる。
調弦に集中しているスノウはまだ気が付いていないようで、門と玄関の中程までのこのこ歩いて来た。
美少女が声を掛けたのか、後六歩程の場所でスノウは顔を上げて固まっている。
何故かスノウは踵を返して逃げようとした。
だが、風魔法なのだろう、美少女が一瞬で間合いを詰めて、スノウの腕を抱きしめた。
青い稲妻が一瞬走った様な気がする。
スノウが脱力し、美少女に馬車へと引き摺られて行く。
スノウが馬車に乗せられ、馬車と兵士が走り去った。
・・・うーん、店長にスノウの欠勤を伝えなければ。
なんかとっても気が重い。
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