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Ⅱ 王都にて

21 港の宿3

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翔・・・主人公、高1十五歳
彩音・・主人公の妹、中1十三歳

ミンク・・・冒険者ギルドの事務職員

ナラス・・・東部下マナ原の中心都市
クス・・・東部下マナ原のストロノス大河の河口にある港
ヘス・・・東部下マナ原の港

ーーーーー
(カケル)

ロビーでミンクさんに会った時、目が泳いでキョドってしまった。

「アヤネさんはどちらに」

周囲を見回している。

「部屋で寝てる」
「・・・」
「朝飯食った後、二度寝してる」
「本当に奥さんなの」
「ああ、一応」
「騙して山から近所の子供を攫って来たんじゃないでしょうね」

此奴は、俺をどんな目で・・・、うん、自業自得か。

「違うに決まってるだろ」
「なら良いけど、嫌がってないようだし。でも相手は子供なんだから変な事教えちゃ駄目よ」

いや、その子供にこの世界の常識を今朝教わったばかりだ、恥ずかしながら。

「大丈夫だ。俺だって常識は有る」

ミンクさんが俺の顔を穴が開くほど見詰めている、その眼を俺は正面から見られなかった。

それ以上は自分から泥沼に嵌りそうなので、急いで倉庫へ向かう、昨日の続きだ。
最初に物差し替りの三本の送風筒を確認する、そしてそれを基準に仕分けを開始する。
昨日同様に三十本目でムラ切れになった、なので、送風筒の太さの記録を始めた。

昨夜作業の遅れを取り戻す方法を思い付いたのだ、うん、彩音の口に突っ込んだ十三回目くらいだと思う。
先に一メートル四方の板枠を作ってそこへ筒に合わせた穴を作成する。
トンネルの木枠には、真ん中へこの一メートル四方の板枠を嵌め込むスペースを作って貰う。
そうすれば、板枠付の送風筒を見合ったトンネルに送るだけなので作業に大きな遅れは生じない。
今朝の隼便でナラスの木工組合へ指示を出してある。

筒の太さの記録は、筒の片端に墨を塗って、紙に拓を取って送ることにした。
これは力仕事なので海運ギルドの職員さんや沖仲仕さん達にも手伝って貰った。
宿へ一旦戻って、彩音を起こして一緒に昼食、そして並んで少し昼寝。
午後からは、大きな荷卸し事故が発生したとかで、彩音も呼び出されて港へ出て行った。

昼寝のお蔭でムラも少し回復しており、十本追加の起動確認ができた。
この調子なら一日余裕ができる。

「お兄ちゃーん」

百五十本目の拓を取り終わり、拓の番号とリストを照合していた時だった、治療師服を着た彩音が突然倉庫に入って来た。
後ろに治療師服や見習い服を着た女性を七、八十人引き連れている。

「では、私はここからお兄ちゃんと一緒に宿へ戻ります。皆さんご苦労様でした」
「先生、今日はお休みの所誠にありがとうございました。大変助かりましたし、勉強させて頂きました。これを期に私共も一層精進したいと思います。ありがとうございました」
『ありがとうございました』

少しデザインの違う治療師服を着た年配の女性が代表して、全員で頭を下げてから商館の立ち並ぶ地区に向かって歩き去った。

「先生って誰のことだ」
「うん、勿論私のこと」

その時大きな足音がして、海賊みたいな人が走って来た。

「ギルド長、如何したんですか」
「はあ、はあ、はあ、都の治療院の副院長殿がここに立ち寄られてると聞いたんだが」
「あっ、すいません御邪魔してます」
「先生、今日はありがとうございました。こんなところではなんですから、ぜひギルド長室の方へ」

彩音の手を強引に曳いて行く、彩音は俺の服の裾を必死に握って離さない。
必然的な結果として、俺もギルド長に着いて行った。

「ミンクさーん、後お願いしまーす」
「はーい」

ギルド長室で彩音は物凄く、土下座されるんじゃないかと思われるくらい感謝された。
ギルド長の息子も荷の積み込みの指示をしているところを荷崩れに巻き込まれ、死んでも可笑しくない重症を負ったらしく、港の治療所の治療師達は首を振るばかりだった中、彩音が出向いてホイホイと治してしまったそうなのだ。
他の治療師達への指示も機関銃の様で、港の治療師達は走り回らされながら、つくづく勉強不足を感じたらしい。

ギルド職員が乗客名簿に治療院の副院長の名を発見して探し回ったらしく、他にも二十五人程の重症者の命が助かって、船長達からもギルドが感謝されているらしい。

「お兄ちゃん、何か最近治療が上手くなってさ、潰れた内臓や千切れた足くらい簡単に治せるんだよ。凄いでしょ」

凄いと言おうか、人間業じゃ無いと言おうか。
お礼は”先生に知られたら殴られる”と彩音が固辞したので酒席に招かれることになった。
そのままギルドに留め置かれ、連行されるように料理屋に連れていかれて上座に座らされた。
町のお偉方が招待されており、俺の紹介で一瞬口籠って彩音の随行者と紹介されたので、裾を放さない彩音に配慮しておまけで俺は加わっているらしい。
酒も上手いし、料理も上手い、彩音が飲み過ぎでズボンを脱ぎ始めるのも阻止できるので、俺には文句は無い。

「先生、お忙しいところ御引止めして申し訳ありません」

確かヘスの町長さんだ、先ほど長挨拶でひんしゅくを買っていた。

「いえ、今日は私暇でしたから大丈夫です」
「でも今日はナラスの討伐本部に行かれなく宜しかったので、私共から連絡を致しましょうか」
「私、指揮者付なので、指揮者に随行するのが仕事なんです。だから大丈夫ですよ」
「それなら尚更早めにナラスに連絡された方が宜しいのでは。指揮者殿は万事に綿密な方とお聞きしてますので、機嫌を損じられても」
「大丈夫ですよ、ここでお兄ちゃんが悪い事しない様に監視してますから。ご機嫌なんて、疚しい事が無ければ大丈夫ですよ。ねー、お兄ちゃん」

彩音はだいぶ酔って来たようだ、脇腹を思いっきり抓られた。

「痛てー、アヤ痛い」
「・・・・?」
「申し遅れました。自分が今回の討伐作戦の指揮者、カケルです。これは自分の嫁です」
『えー!』

その後は良く覚えていないが、色々な人から酒を注がれ、ズボンを脱いで踊り出そうとする彩音を脇に抱えて飲んでいたのは多少覚えている。
宿に戻ったのもうっすらと記憶に有る。
ベランダに服が散乱してたから風呂には入ったんだと思う。
朝起きたら彩音と裸で抱き合っていた。

酒宴はその後も二日続き、毎回朝起きたら彩音と裸で抱き合っていた。
四日で送風筒の確認が終わり、五日目に早朝に港の人達に見送られてナラスに向かった。
ユニコーンに乗れない彩音は、俺の鞍の前に座らせて俺が抱えている。
俺の腕の中で静かに安心しきって彩音が寝息を立てている。
さあ、再び忙しい生活が始まる。
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