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Ⅴ 中央大陸

1 兄妹海を渡る1

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昼過ぎに乗合馬車がシャルノールを出て、港町ゲレンに着いてのはそろそろ陽が傾き始める時分だった。
丘の上の停車場を降り、夕日に染まり始めた港町の坂を降りて行く。
港に停泊した船の白帆が薄い桜色に染まり、通りを行き交う人や馬車の影が黒く、長く伸びていた。
中央大陸風の赤煉瓦の壁に藤色の瓦を乗せた町並みが広がり、切望に近い中央大陸への憧れを抱くジョージの心が、胸の奥から震え昇って来る。

慣れた足取りのホークさん達に遅れないようにマリアの手を引いて後を付いて行くと、ホークさん達は真っ直ぐに港へと向かい、港の前の石畳の広場に沿って立つ、重厚な赤茶の石造りの建物に入って行った。
入口の看板には天秤の絵が大きく描かれ、絵の下に小さくカメオ商会と書いてある。

中に入ると花の浮き彫りが施された高い天井の下に板敷のフロアが広がり、手前に客用のベンチが並んでおり、正面では従業員のお姉さんがカウンターの上に乗せた天秤でお金を計っている。
カウンターの向こう側には大きな事務室があり、そこでは大勢の人が忙しげに働いている、何か銀行の様な雰囲気がある。

ホークさんがツカツカとカウンターの前に立ち、周囲を見回す。
見た目が恐ろしげな海賊フェイスのホークさんだ、その姿を見て周囲の客達にざわめきが広がり、慌てて逃げ出そうとする人や、主人を守ろうと剣を抜く護衛が続出して店内に緊迫した雰囲気が広がる。
そんな周囲の混乱に頓着せず、ホークさんが空いた窓口の従業員のお姉さんに声を掛ける。

「館長を出せ」

窓口のお姉さんは躊躇しなかった、カウンターの下に仕掛けられた紐を思いっきり引くと一目散に逃げ出した。
警報がフロアに響き渡り、左右の壁の隠し扉から槍を持った重装備の兵士達が飛び出して来た。

ーーーーー

「ホーク様、大変に申し訳ありませんでした」

今俺達の目の前では商館の太った館長が大汗を掻きながら平謝りしている。

「いや、従業員を良く訓練している様で感心した。気にするな」

口では、そう言っているがホークさんの目が怒っている。

「誠に申し訳ありませんでした」

「この話はここまでだ、本題に入る。隼便で知らせたとおり、予定が半月程早まった。船は手配できるか」
「荷は御座いますでしょうか」
「無い、全員マジックボックス持ちだ。身体だけ運べれば良い」
「軍装は如何なされますか」
「いらん、今回は賢者と勇者が同道するから一国の軍より強力だ」
「えっ!あの地竜を倒されたお二人ですか」
「ああ、その二人だ」
「少々お待ち頂けますでしょうか」

俺の感じたとおり、ここカメオ商会は両替をメイン業務として行っている銀行の様な商会だった。
北大陸と中央大陸間の為替も扱っており、荷主や船主への貸し付けも行っている。
このため、商船組合や客船組合で正規に申し込むよりも、よっぽど船主には力技で顔が利くので多少強引な融通が利く。
急ぎの仕事を頼まれる事が多いホークさん達は、乗船の手配に良くここを利用するとのことだった。

「多少グレードの落ちる船になると思うが構わないか」
「ええ、俺達も早く中央大陸へ行きたいんで構わないですよ」

館長さんが三人の男女を連れて戻って来た。

「自分はゲレン商船組合の長を務めさせて頂いておりますクロークスと申します。以後お見知り置きを」
「私はゲレン客船組合の長のマクノーラと申します」
「私はゲレン保証協会のキンドーラと申します」

俺達も自己紹介を済ませると、クロークスさんが話始めた。

「ホーク様と御一緒に勇者様と賢者様が中央大陸へ渡航されるとお聞きいたしました私共お願いに参りました。特等の客室をご用意致しますので、お二人に自分達の船団がメイレンの港に着くまでの間の護衛をお願い出来ないでしょうか。報酬は何事も起こらなければ金貨百枚。私共の雇っております護衛の手に余ります魔獣や悪霊に遭遇した場合は、ランクに金貨五十枚を掛けた額をお支払いたします。如何でしょうか」

「メイレンならば、大して遠回りには為らんから俺は構わないぞ」

ホークさんが俺の顔を見る。

「あの、すいません。俺達海に出るのは初めてなのですが、海って結構魔獣や悪霊が出るんですか」
「船の装備や大きさにもよるけど、無事に海を越えられる船は八割位って言われてるよ。ただ、魔獣にやられるのか、悪霊に襲われるのか、嵐に遭遇したのか、海賊に襲われたのかは、生還して逃げ帰れる船が殆ど無いから良く解っていないんだ。海賊程度なら僕等でも十分なんだけど、魔獣や悪霊は海の上を動き回って攻撃を仕掛けて来るんで、魔術の射程の長い僕等でも手古摺るんだ。会った事が無いから判らないけど、海竜や幽霊船や船幽霊だったら僕等でも完全にお手上げだと思うよ」
 
レンさんが説明してくれた、組合の人達も頷いているから正確な知識なのだろう。

「周囲の警戒も必要なんですか」

マリアの察知能力が届くのは二キロ程度、俺の能力では一キロ程度だから海では全然距離が足りない。
海中限定ならば、俺が熱術と水術をミックスして結界を張れば、十キロ位先の大きな熱体ならば感知できるのだが、三ヶ月間の二十四時間連続監視は機械じゃないから少々辛い。

「発音の魔道具を垂らした結界船十隻で周囲を警戒致しますので、襲撃は事前にお知らせ出来ると思います」
「音術師は何人位乗ってるの」

レンさんが目を輝かせ質問している。

「一隻に付き六人乗船し、三交代で警戒に当たらせております」
「へー、ずいぶん手厚いんだな」
「はい、これは秘密事項でありますが、お客様に中央大陸の王族に近い貴族様がいらっしゃいます」
「ふーん、マリアちゃん達、発音の魔道具って人には聞こえない水の中だけに伝わる音を出す魔道具で、水中に垂らすと一ノタ(一キロ)位先まで届くんだ。それでその音って便利でね、生物や悪霊にぶつかると違う音に変わって戻って来るから、垂らした響鎖を介して音術師が音を聞き分けて結界として使うんだ。十年前に中央大陸で発明された技術でね、この技術の発見で船の生還率が一割アップしたって言われてるよ。この技術を発見した人は天才だよね。だから、結界の大きさは、えーと、二ノタの船が十隻だから、直径はえーと」
「六.三ノタですね」
「うわー、勇者君計算も早いんだ。そう、直径六ノタの結界を張っていることに成るんだ、凄いよね。君達の秘密兵器なら、三ノタだと二百カテ位で駆け付けられるね」
「えっ!二百カテ、飛べるんですか」
「二人はね、飛ぶみたいな速さの舟が使えるんだ、だから結界船の人達に教えると、命懸けだから喜ぶと思うよ」

ここでは一日を十万等分して一カテと呼ぶ、ここの正確な一日の長さは判らないがたぶん一秒よりも少し短い感覚だろう。
百カテで一カト、百カトが一カタ、十カタが一日となっている。
ただし通常生活での庶民は、四カトを一時間と認識して一日二十五時間として認識している、だから共通認識を持つジョージとマリアとは地球時間の考え方でもあまり齟齬が生じない。

「それで何時いつ出航できる」
「申し訳ありません、明朝の夜明けですが宜しいでしょうか」
「早い分には構わん、ここで用意する物も特に無い」
「あのー」
「はい、何でしょうか勇者様」
「解体作業が出来る人はどれ位いるんでしょうか」
「船員の多くが調理スキルと解体スキルを持っておりますのでご安心下さい」
「お酒は?」
「はい、一杯ご用意させて頂きますよ、賢者様」
「わーい、レンちゃん、お酒一杯有るって」
「うん、楽しみだね。アニーにもお酒は一杯飲ませてあげるよ」
「こら、それはどういう意味だ」

「それではこの依頼を受けさせて頂きます」
「ありがとうございます。他にご質問が御座いませんでしたら、早速船にご案内いたします」
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