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第四章

第九十五話 皇帝達との話し合い

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 ◆◇◆◇◆◇


「ーーふむ。それらの特徴に当て嵌まる者は、おそらく大陸中央部の小国家群で活動しているSランク冒険者〈大狂呪〉でしょうな」


 皇帝であるヴィルヘルム専用の治療薬を調合しながら開示した情報を聞いて、宰相がヴィルヘルムに呪いをかけていた者の正体に辿り着いた。
 伝えた情報は術者の姿とその周りの状況、あとは大体の強さぐらいだ。
 これらの情報の出所に関しては、神聖魔法を使った際に呪いに干渉した結果、例外的に俺が所持している探知系スキルで視ることが出来たとだけ答えた。
 【百戦錬磨の交渉術】のおかげか、情報の真偽を疑われたり俺の探知能力の詳細を聞かれることは無かった。
 人前で、しかも皇帝の私室で薬を調合していることについては、その方が安心出来るだろうという旨をヴィルヘルム達に伝えたら承諾された上で行っている。


「そういえば、いつからか情報部でも所在が掴めなくなっていたな」

「時期的には陛下の体調が崩れ出したのはその少し後ぐらいです」

「そうだったか。原因が呪いだった場合の犯人候補に上がってはいたが、まさかロンダルヴィア帝国に雇われていたとはな」


 ちなみに、雇い主がロンダルヴィア帝国と分かったのは、周りで護衛していた者達がロンダルヴィア帝国の軍服を着ていたからだ。
 ヴィルヘルムと宰相が話しているのを聞きながら薬草を薬研を使ってゴリゴリ擦り潰していく。
 ユニークスキル【造物主デミウルゴス】を使えば一瞬で加工出来るんだが、人前では見せたくないのでスキル無しで素材の加工を行う。
 【異空間収納庫アイテムボックス】から取り出した作業台の上で作業を行なっているのだが、その作業を横でレティーツィアとユリアーネが興味深そうに眺めている。
 物珍しそうに見ているので、こういった作業風景を見たことが無いのかもしれない。

 擦り潰し終えた数種類の薬草をボウルに入れて混ぜ合わせる。
 解呪成功を見届けてからレティーツィアから返却してもらった湧き出る魔法の水筒を使って精霊水を生み出すと、お手製のボウル型魔導具マジックアイテムの中に少しずつ加えていき薬草の混合物を溶いていく。
 精霊水で溶きながらボウル越しに魔力を注ぎ込んでいくと、混合液の色が深緑色から黄緑色へと変化した。
 黄緑色に変化したのを確認すると、混合液を濾過して細かい薬草の欠片を取り除く。
 取り除かれた薬草の塊からも濾過に使った薄布を絞って薬草液を抽出し、濾過し終えた濾液と混ぜ合わせる。


「陛下の薬の素材に魔物の血液を使用しても問題ありませんか?」

「魔物の素材を使った薬や料理は口にしたことはある。だから特に忌避感はないから大丈夫だが、何を使うのだ?」

「弱り切った内臓系や筋肉を回復させるために、生命力に溢れた竜の血を使います」

「ほう。竜の血か。それはリオンが討伐した竜の血か?」

「はい。その竜です」


 まぁ、銀鉱山内で倒した真竜の鉱喰竜の血では無いけど。
 だが、世間的には銀鉱山で倒したのは成竜の紅黒竜ということになっているので、今回はそっちの血を使用する。


「貴重な物ではないのか?」

「まだ量はありますし、今の衰弱した状態の陛下をすぐに回復させるには成体になった竜の血が最適ですので」

「竜の血はそのまま服用すると毒性があると記憶しているが?」

「そのためのこれらの薬草と作業になります」

「なるほど……分かった。そのまま続けよ」

「かしこまりました」


 アイテムボックスから竜の血が入ったガラス瓶を取り出し、薬草液の中へと竜の血を一滴ずつ入れながら掻き混ぜていく。
 薬草液と竜の血の混合液に僅かな粘りを感じられたタイミングで血を入れるのを止める。
 それから、効力が無くならないように特殊な加工を施した聖癒石を粉末状になるまで細かく砕いてから入れ、再びボウル越しに魔力を注ぐ。
 ボウルの中の全ての素材が活性化しているのを感じつつ手早く掻き混ぜる……混ぜる作業って面倒だから今度ミキサーとか作ってみるか。
 色が鮮やかな透明感のある赤に変化したのを確認してから【情報賢能ミーミル】で鑑定を行うと、名称がちゃんと〈血療強化薬:竜・改ブラッド・ポーション・ドラゴン・アナザー〉になっていた。これで完成だ。


「うん、やっぱり不味いですね」


 毒見も兼ねて試飲する。
 効能自体は素晴らしいんだが、このポーションは相変わらず酷い味をしている。
 ガラス製の細長いポーション瓶の中に必要量注いでいく。


「初めて見る薬だけど、健康な人が飲んでも大丈夫なの?」

「陛下用に多少調整しましたが、基本的には強化魔法薬ブーステッド・ポーションの一種でしかありませんからね。問題ありませんよ」

「……ブーステッド・ポーションってダンジョンの宝箱からしか手に入らないはずなんだけど」

「そうなんですか?」

「そうよ」


 言われてみれば販売されていた数少ないブーステッド・ポーションはどれもダンジョン産だった気がしないでもない。
 自分の手で作れるからポーション類はあまりちゃんと見てなかったからなぁ。
 少なくともブーステッド・ポーションの製法が一般的じゃないようだから、分類的には秘薬扱いになるのか。
 ポーション瓶に詰め終えた三本をユリアーネに渡すと、ユリアーネがヴィルヘルムの元へと持っていく。


「……今のところ自分用以外には作るつもりは無いので、このことは皆様の胸の内にしまっておいていただけると幸いです。陛下、そちらの三本をお飲みください。一本飲み終えたら、一分空けてから次のを飲んでいってください」

「うむ。綺麗な色合いだな。頂こう……確かに不味いな。しかしこれは、力が溢れてくる?」


 痩せ細っていたヴィルヘルムの身体に活力が満ちていく。
 一本飲み干すごとに血行や肌艶が良くなっていくばかりか、完全にではないが衰えていた筋肉も戻っていく。
 こういう現象を目の当たりにすると、まさに魔法的な力を持つ薬なんだと実感出来るな。
 筋肉の復調によって身体の厚みも増したことで、一目で健康的だと分かるぐらいにまで回復した。
 二十代ぐらいの外見の姿が描かれた肖像画よりは多少歳を重ねてはいるが、その美丈夫っぷりは健在だ。


「この効果は一時的な物か?」

「各種強化効果に関してはそうです。肉体の健康状態についてはそのままになります」

「それは良かった。ふむ。これなら間に合うか……?」


 何かを思案しだしたヴィルヘルムはそのままに使った道具を片付ける。
 最後に残った作業台をアイテムボックスに収納し終えると、寝台から降りたヴィルヘルムが此方にやってきた。
 しっかりと地を踏み締めて歩くその姿には、最早弱々しさは感じられない。
 室内のソファへと移動したヴィルヘルムから着席を勧められたので対面へと移動する。


「リオン・エクスヴェルよ」

「はっ」

「長年余を蝕んでいた呪いの解呪、並びに術者の排除、そして回復薬の処方に対して礼を言わせてもらう。此度の功績の褒美を取らせたいが、何か望む物はあるか? 余の裁量で叶えられる範囲ならば何でも構わない」


 さて、報酬に何を望むか……。


「……恐れながら、私には此度の陛下の治療に使った力や技術、そして竜を討伐できる武力に、それらから得た素材や財がございます」

「うむ。どれもこれも非凡なる力だ。大抵の物は自らの力で手に入れることが出来るであろう。故に褒賞を選ぶのが難しくてな。こうして直接望みを尋ねている次第だ」

「恐れ入ります。これらの力を活かすために、つい先日商会を立ち上げました」

「ほう。名は何というのだ?」

「ドラウプニル商会です。扱う物は特に決めておりませんので、総合商会となります。素材や商品の関係から本店は神迷宮都市に置く予定ですが、帝都にも支店を置くつもりです」

「扱う品によるが、あちらに本店を置くのが良いこともあるだろうな」

「ありがとうございます。客層は平民から貴族まで幅広く考えておりますが、今の私では大商人や王侯貴族の方々を相手に取り引きを行うには些か立場が弱いと思っております。ですので、の方々を相手に対等な取り引きが出来るような何かを頂けましたら嬉しく存じます」


 個人的な報酬も考えたが、ヴィルヘルムが言っていたように大抵の物は自分で手に入れられる。
 ならば、今必要なのは後ろ盾。
 それも大きければ大きいほどいい。その後ろ盾自体からの干渉も出来うる限り減らせるなら最上だ。
 少しばかり牽制が過ぎた気もするが、今の救った側という立場を最大限に活かさないのは損だろう。


「ふむ……宰相、今の望みを叶えられるのは余の庇護が得られる御用商人の立場か?」

「左様でございます。ですが、陛下の御用商人の立場を得るには皆を納得させる代物が必要かと。それなりに商人としての実績のある者ならばまだしも、エクスヴェル殿のドラウプニル商会は新興商会です。分かりやすい……例えば周りを驚愕させるような品を皇帝陛下に献上し、その褒美で御用商人の立場を得るというのが自然かと」


 意味深な言い方からして、宰相はゴルドラッヘン商会との繋がりを知っているのかもしれない。
 魔法的な力のある契約書で縛っているからゴルドラッヘン商会から情報が漏れたとは考えられないので、情報源は商業ギルドあたりか。
 あとはゴルドラッヘン商会と俺の帝都での動きから判断したのかもな。


「宰相よ。それでは此度の褒美にはならないのではないか?」

「確かにそうでしょう。ですが、御用商人の立場になっても全ての厄介事を跳ね除けられるわけではありません。なので、ドラウプニル商会やエクスヴェル殿では対処出来ない問題が起こった際には幇助をなされるのと、土地や権利関係の優遇を陛下の名で文書になされるのがよろしいかと。此度の褒賞としてはこれが最良の形になるかと愚考致します」


 なるほど。それは確かに良い報酬だな。
 まだ土地や建物も揃えてないからとても魅力的な提案だ。
 まぁ、問題は何を献上するかだが……。


「余は良いかと思うが、リオンはどうだ?」

「私も否はありませんが、何を献上するかで悩んでおります」

「ねぇ、宰相。さっきのブーステッド・ポーションはどうなの?」

「非凡で希少な品ですが、ダンジョンでも手に入りますので些かインパクトが弱いかと」

「運に頼らずに生産可能なのよ?」

「承知しております。ですが、エクスヴェル殿のみが生産できるというのは商人というよりは、薬師や錬金術師としての側面が強いのですよ。陛下に何を献上したかの情報は開示する必要があるので、献上品に自作ブーステッド・ポーションを選ぶのは国防上の理由から推奨出来ません」


 まぁ確かに、一時的とはいえ身体能力を強化する魔法薬を生産出来る情報は戦略的に秘匿したいか。
 ブーステッド・ポーションのレシピ狙いで、俺や商会員が襲われるようになるのは想像に難くない。
 となると、娯楽品のエヴォルヴか? いや、既に商業ギルドに登録している物は宰相なら把握していそうだ。それなのに触れないということは適していないのだろう。
 先ほどの物言いからすると、周りを驚愕させる品を俺が用意出来ると思っているのは間違いない。
 だから最適なのは驚くような品。つまりは魔導馬車か。まぁ、公的に明かすには最適なタイミングか?
 御用商人という立場が魔導馬車の発注過多や無理難題な注文から守ってくれそうだ。
 

「では、馬車型の魔導具は如何でしょうか?」

「馬車型の魔導具だと?」

「はい。馬車内部の空間が拡張され、見た目以上に中が広くなっているのです」

「ほう。そのようなことが可能なのか?」

「私が個人使用している魔導具の馬車ーー魔導馬車はそうなっております」

「ふむ。既に実用化済みか。馬車の中が広くなったら過ごしやすそうだ」

「それはどのくらいの広さまで拡張しているのですかな?」


 ヴィルヘルムが感心している傍らで、宰相の目がキラリと光って見えた気がした。どうやら正解だったらしい。
 宰相に聞かれて魔導馬車〈スパティウム〉の仕様を答えていく。
 答えるのはあくまでもスパティウムの方であって、俺が使っている名称無しの魔導馬車の仕様では無いのがミソだ。


「良ければ実物が見たいところですな」

「そうだな。リオンよ。今から見せることは可能か?」

「アイテムボックス内に一台未使用の物がございます。そちらでもよろしければご照覧ください」

「それで構わない」

「かしこまりました」

「今ある馬車は随分と古くなっていたから、買い換えるにはちょうど良いタイミングだな」

「陛下。それでしたら今の馬車を見せた方が製作する際にデザインがしやすいかと」

「確かにそうだな。では馬車置き場近くで見せてもらおう。レティ、先にリオンを案内しておいてくれ。着替えたら向かう」

「分かったわ。行きましょう、リオン」


 ヴィルヘルムと宰相を置いてレティーツィア達と先に移動した。
 暫くしてやって来たヴィルヘルムと宰相に、以前ゴルドラッヘン用に作ってから予備として複製しておいたスパティウムの内部を見せた。
 結果、御用商人になる際の献上品は魔導馬車に決まった。

 それから今の皇帝専用馬車を見せて貰い、オーダーメイドになる魔導馬車の仕様を話し合う。
 献上品はあくまでも魔導馬車本体のみなので、追加オプションや家具などについてはちゃんと代金を支払ってもらえるそうだ。
 献上する魔導馬車は基準となるスパティウムに要望された仕様を全て取り入れた結果、俺の魔導馬車に匹敵する性能にまでなったので紅黒竜の素材を使うことになった。
 そのことを伝えると、貴重な竜素材を使わせることになってヴィルヘルム達が少し申し訳なさそうな感じだったが、もっと上の竜素材があるので大して懐は痛くなく、逆に若干気まずかったのは内緒だ。

 まぁ、そんなこんなで今後のことが決まった。
 皇帝専用魔導馬車の製作は、余裕を持って半月もらったので次の登城は半月後だ。
 アークディア帝国の君主であるヴィルヘルムとの初の邂逅だったが、思ったよりは上手く立ち回れたのではないだろうか。
 御用商人という立場は色々と有用そうなので、脳内で立てていた今後の予定を修正しないといけないな。
 幾つか気になることがあるのだが、今日は精神的に疲れたのでさっさと帰って休むことにする。
 まだ暫く帝都ライフは続くようだ。


 
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