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第八章

第百九十三話 新年最後の商談

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 ◆◇◆◇◆◇


 年が明けて五日が経った。
 今日はずっとドラウプニル商会帝都支店にて商談を行っている。
 一昨日にシェーンヴァルト公爵邸で精霊を披露した翌日、つまり昨日は各方面の人々に説明をしたりしに行ったりして一日が潰れた。
 その説明のために予定を今日に急遽変更した商談が数件存在しており、その結果が午前中から続く商談の数々だ。
 今日しかスケジュールが空いてないから仕方ないのだが、普通なら過労死を心配するレベルで忙しかった気がする。
 だが、それも大詰めだ。
 明日からは魔塔主の手続きのために賢塔国セジウムに向かわなければならないが、年末あたりから今日まで続く忙しさが終わると考えれば、気も楽になる。
 本日最後の商談もどうにか乗り切れそうだ。


「ーーようこそ、メルタ伯。本日は当商会に足を運んでいただき感謝致します」

「い、いえ、私のほうから伺うのは当然ですので、お気になさらないでください」


 商会の応接室にて対面のソファに座る少し気弱そうな魔角族の男性はメルタ伯爵。
 今後は規模が大きくなる予定の商会による貸金業ーー資本は俺の個人資産からだがーーに、昨年から世話になっている貴族の一人だ。

 メルタ伯爵に初めて会ったタイミングは、年末パーティーが行われる少し前。
 不作の年が続く領地を立て直すために身銭を切り続けた結果、伯爵位の貴族とは思えないほどに見窄らしい姿になっていたのが印象的だったのを覚えている。
 初めて会ったその場ですぐに資金を融通したことによって、年末パーティー時には伯爵位らしい装いを取り戻していた。
 新年の式典時でも別の衣装を用意できるほどになっており、他の貴族からも一定の評価を得ることができたようだった。
 その借金の取り立て……は、また後日に別途行うとして、今日は新規事業への協力を要請するために帝都にまだ滞在していた彼を商会に呼び出していた。


「し、新規事業ですか?」

「ええ。メルタ伯の領地にある資源を使った新規事業になります。領主であるメルタ伯にもご協力いただくことになるので、伯爵領にも事業で得られた収益の一部を配分致しますよ」

「その新規事業というのは?」

「伯爵領は山々に囲まれた土地であるのは当然ご存知ですよね? その何処かの山にある鉱山資源です」

「鉱山資源……鉄などでしょうか?」

「そんなところです。詳細はメルタ伯の協力が得られ、守秘義務の契約を結んでいただけましたら、お教え致します」

「鉱山で働く鉱員はどちらから?」

「商会のほうで設備含めて全て用意できますが……メルタ伯がお望みでしたら鉱員につきましては領民を雇用する方向で進めても構いませんよ」

「……考える時間は?」

「決断が早ければ早いほど始動が早まりますので、収益化も早いでしょうね。鉱山のほうには冬用の各種対策なども用意しますから、冬場でも安心して働くことが可能です。少なくとも、領民達の今の生活からは考えられないほどに稼げることでしょう」

「……十分、いえ、五分だけ考える時間をいただけませんか?」

「構いませんよ」

「ありがとうございます」


 熟考するメルタ伯爵が答えを出すのを待つ間、墜天族の美人秘書にお茶を淹れてもらう。
 微笑を浮かべて承諾した彼女がお茶の用意をする姿に目を向ける。
 墜天族とは、背中から腰にかけて生える天使のような翼と、額の中央にある結晶体が特徴的な、比較的美しい容姿が多い人類種だ。
 翼人族と輝晶人族にあるような外見的な特徴を持つが、二つの種族との生物的な関連性は特に無いらしい。
 最近更に忙しくなったため、本店と支店それぞれの支配人であるヒルダとミリアリアを連れ回すわけにはいかなくなってきた。
 彼女達でなければならない時もあるが、今日のような商談のために専属の秘書を用意することになった。
 そうして専属秘書に抜擢されたのが、この墜天族の金髪美女であるシャルロットだ。

 一般従業員から商会長の専属秘書への大出世だが、彼女を秘書へと任じたのはヒルダとミリアリアであるため俺は一切関わっていない。
 拡大を続ける事業に対応するために、カルマダ殲滅作戦の直後あたりに予定を前倒しして求人を出して採用した人材の一人だ。
 カルマダの後始末で忙しくてヒルダ達に全て任せたのだが、採用後にこのシャルロットと初対面した時は思わず驚きが表情に出るところだった。
 まさかステータスに【聖者セイント】があるとは……つまり、シャルロットは〈聖女〉ということになる。
 墜天族が多いとある国の名家のご令嬢だが、昨年の春頃にふと思い立って家を出奔し、放浪の末に多種族国家であるアークディア帝国に辿り着いたそうだ。
 その出身国や【聖者】持ちであることから色々邪推してしまったが、幾つかの質問と【審判の瞳】で真偽を判別したところ、どうやら本当に偶然この商会に辿り着いたらしい。
 その割りには、時折こちらをジッと見つめている時があるので、もしかすると【大勇者アーク・ブレイヴァー】の存在を感じ取っているのかもしれない。
 ま、何かやらかしたわけでもないのに解任するのはどうかと思うし、一般従業員に戻すのが勿体無いほどに優秀な人材なので、取り敢えず深くは考えないでおこう。


「……エクスヴェル卿」

「答えは出ましたか?」

「はい。謹んでお受けしたく思います」

「それは良かった。此方が守秘義務を課す内容の契約書になります」


 シャルロットがメルタ伯爵の前のテーブルに魔導契約書ギアス・スクロールをそっと置く。
 事前に中身は書いてあるので、後はメルタ伯爵がサインをするだけだ。
 上から下へと数度契約書に目を通したメルタ伯爵がサインをすると、契約書が光となって俺とメルタ伯爵の中へと入っていった。


「さて、ではお教え致しますが、私がメルタ伯の領地の山にて発掘を行う主な鉱山資源は鉄鉱石になります」

「鉄鉱石ですか……」


 メルタ伯爵の声音に少し残念そうな色が混じっている。
 おそらく単価の高い魔法金属を望んでいたのだろう。
 財政破綻かつ借金までしているのだから気持ちは分からないでもない。
 まぁ、その判断を下すには少し早すぎるけどな。


「アークディア帝国の国内における主な鉄鉱石の産出地域が北部ということはご存知でしょうか?」

「はい。一般にはヴァイルグ侯爵領の銀の鉱山や、最近ではミスリルの鉱山が有名ですが、北部の他の領地には鉄鉱山が多いと聞いています」

「その通りです。私の調査によりますと、現在の北部で開坑している全ての鉄鉱山の鉄鉱石の総量を上回る量が、伯爵領の山々には眠っているようです」

「……」


 俺の発言によって文字通り、開いた口が塞がらない状態になってしまったメルタ伯爵。
 複数の領地を跨ぐ国内屈指の鉄の産出地に匹敵するどころか、そこを上回る量の鉄が自分の領内にあると聞かされればこうもなるか。
 【魔賢戦神オーディン】の内包スキル【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】だけでなく、【強欲なる識覚領域】や【星界の大君主】の【君主権限】なども使って現地を調べて得た情報なので紛れも無い事実だ。
 【帝王魅威カリスマ】や【百戦錬磨の交渉術】などのおかげで疑うことなく信じているようで、信じさせるために説得する必要がなくて助かる。


「そ、そんなにあるのですか!? あ、でも、掘り起こすのが困難なぐらい地下深くにあるのでは?」

「確かに地下深くにあるモノもありますが、大半は採掘可能な範囲内にありますよ。ですので、可採埋蔵量だけでも既存の北部の鉄鉱山を上回っています」

「なんと……」

「一部の鉄は自然界の魔力と結びついて〈魔鉄〉になっていますので、魔法金属も存在しているといえますね」

「おお……」

「また、国内最大の産出地ほどではありませんが、金鉱山もあるようなので金も採れるでしょうね」

「……」

「大丈夫ですか?」

「はっ、だ、大丈夫です!」


 再び口が開いたまま固まってしまったメルタ伯爵を正気に戻す。
 これほどの鉱山資源がこれまで気付かれなかった背景には、幾つかの理由がある。
 目の前にいる今代のメルタ伯爵の代になってほどなく凶作になってしまうまでは、メルタ伯爵領は国内有数の穀倉地帯だったため、他の資源に目を向ける必要が無くても豊かだったことが一つ。
 穀倉地帯がある盆地には偶にしか下りて来ないものの、盆地を囲む山間にはそれなりの数の魔物が生息しているため、出入りする人自体が限られていたのが一つ。
 他にも細かいモノはあるが、主な理由はこの二つだ。
 人里に下りてくる魔物も、裕福な財政によって鍛えられた屈強な伯爵家の騎士団や兵士達によって駆除されていたため、危険を冒さず現状維持が続いていたのは当然のことだと言えるだろう。


「山間全域にはかなりの数の魔物がいますが、最初は当商会のほうで殲滅致します。殲滅後に他所から別の魔物や盗賊などが流れてくる可能性がありますので、そのための地域の巡回と作業現場の警備については伯爵家にお任せ致します。その警邏費と鉱山がある土地の使用料が利権に、つまりは伯爵家への配当分になります」

「なるほど……先ほど、鉱員は領民を雇用してくださるとのことでしたが、つまり鉱員への給与の支払いは商会のほうで?」

「そうなりますね。当商会の規定に従って支払わせていただきますよ。ちなみに、こちらが現時点での雇用条件になります。基本的には暫く変更する予定はありませんが、情勢次第では急遽変わることもありますので、その点につきましてはご了承ください」

「分かりました」

 
 シャルロットが手渡した雇用条件が書かれた用紙に目を通す様子を横目に、次の書類を用意させる。


「そちらの紙はお渡ししますので、領民の方々の説得にお使いください。そして、こちらがメルタ伯爵家と当商会間における今回の事業の契約書になります。ご承諾いただけましたらサインをお願い致します」

「は、拝見致します」


 それから数度の契約内容の詳細の変更を巡っての交渉を経て、互いに納得のいく内容で契約を結んだ。
 メルタ伯爵領は、神迷宮都市アルヴァアインからほど近い場所にある。
 アルヴァアインの近辺には鉄鉱山が無く、ダンジョンエリア内にある鉄鉱山も入り口から距離があったため、市内の鉄の価格は高騰していた。
 それによってダンジョンがある都市だというのに、下位の冒険者達は鉄製の武具を用意出来ない事態に陥っていた。
 だが、近くにあるメルタ伯爵領から鉄鉱石が仕入れられるようになれば話は変わる。
 市場への供給量が増え、今の上がりすぎた鉄の価格が適正価格にまで下がれば、少なくとも今よりかは鉄製の武具が流通するようになることだろう。
 鉄を使わない安価な下位冒険者向けの武具も考えていたが、金属製で重さのある鉄製武具とは棲み分けが出来ているので、予定通り商品化するつもりだ。

 これでアルヴァアインどころか国内の鉄の流通量に干渉できるようになった。
 【大地の君主】を合成素材に使用して【星界の大君主】へと成った際に、内包している能力の【創生の大地】も【創生ノ星】へとランクアップしている。
 【創生ノ星】は【創生の大地】の時よりも創造できる物質の質と種類、魔力効率が向上しており、大量の鉄を生成することが以前よりも簡単になっていた。
 生成とは別に、【複製する黄金の腕環ドラウプニル】や【増殖する武器庫】を使えば資源や武具自体を複製して増やすことも可能だ。
 そうして生成した鉄や他の金属などを使えば、供給量を操作して市場に干渉できる範囲は今よりも大きくなるだろう。
 唯一、その金属類の産出地の偽装をどうするかが問題だったのだが、今後はその心配をする必要は無さそうだ。
 ドラウプニル商会発という点は変わらないが、スキル産だと明かすよりも自然産だと思い込ませたほうが、各勢力への対応が楽になるのは間違いない。

 取り敢えず、帝都でやらなければならないことは済ませたし、後は明日のセジウムでの用事に備えるとするか。



 
 
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