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【黒幕は誰だ】
……そんな
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私の言葉に対してアウレウスは返事を詰まらせる。協力されなくても、ここから連れ出されないだけマシだ。私の腕を掴む手の力が弱まったのを感じながらも、身体の中で霧散しそうな魔力を、どうにかかき集める。
「……仕方ありませんね」
不意にアウレウスが拘束を解いたかと思えば、彼の手をかざしたところから突風が吹く。風を受けたルーナ先生の身体は、僅かに影が乱れるが、取り払うまではいかない。
「セリナ・メルクーリオさん、貴女も手伝いなさい!」
アウレウスの叫び声に、腰を抜かしてルーナ先生を見つめたままだったセリナがびくりと震える。
「で、でも……」
「貴女の婚約者でしょう!」
アウレウスに急きたてられて、セリナがおずおずと立ち上がる。
「ラン様……」
セリナが震える手をかざすと、そこから突風が吹いた。部屋の中の物ががたがたと転げ落ちて酷い音がする。
二人がかりの魔力を込めた突風に、影が怯んで、モンスターの形が少し崩れた。しかし、ルーナ先生の身体から黒い影自体を吹き飛ばすには至らない。やっぱり、聖属性魔法じゃないと、無理なんだ。身体の中に、魔力を循環させて、放出の体勢を整える。
「これで……っ!」
貯めた魔力を、かざした手の先から一気に放出する。影だけを祓うように、ルーナ先生の身体めがけて光線が走る。すぅっと伸びた光の筋が消えた後には……
「……そんな」
ルーナ先生を取り巻く影は、確かに消えている。けれど、型から顔にかけてだけが消えただけで、残りの影は相変わらず身体を取り巻いている。魔法が当たった場所は浸食が遅いようだけど、すぐに影に飲み込まれてしまうかもしれない。
「クレア様、もう一度放てますか?」
風の放つ手を緩めずに、アウレウスが言う。
「魔力が、もう……」
手が、震えていた。身体が酷く脱力していて、魔力が干上がる直前なのが判る。聖属性魔法を、もう一度放てたとしても、次はさっきよりも威力が随分と弱まるだろう。さっきので、半分も飛ばせていない影を、完全に祓いきれる訳がない。
このままじゃ、本当にルーナ先生は、死んでしまう。
「諦めますか?」
呆然としていた私は、アウレウスの質問でハッとする。アウレウスはまだ、風を起こす手を止めていない。私を逃がそうとばかりしていたアウレウスが、まだ、諦めていないのに。
「ラン様を見捨てるって言うの!?」
「諦める訳、ない!」
叫んで私はぐっと胸のペンダントを握りこんだ。ぼんやりしてる場合じゃない。ない力でも、かき集めないと。アウレウスのくれたペンダントの力も借りて。
「ラン様! 今、助けますわ!」
セリナが叫んでよりいっそうの風を吹かせる。その声に、ルーナ先生がピクリと動いた。
「……セリ、ナちゃ……はやく、逃げ……」
微かに首を振ってルーナ先生が、言う。絶望に染まった目が、セリナの生存だけを願っている。でも、そんなのはだめだ。
「先生、抵抗してください! セリナさんと幸せになるんじゃないんですか!?」
「……し、あわせ……」
目を見開いたルーナ先生が、口元を笑ませた。
「セリナちゃ、んは、そのままで! アウレ……くんは、魔力、を。聖女様に、あつ、めて……混ぜ……ぅ……あ、あぁ……っ!」
「ラン様!」
言い終わるよりも早く、影がルーナ先生の顔を再び覆い始める。
「……やってみましょう。セリナ・メリクーリオさんは、風を弱めないでください!」
察したらしいアウレウスがルーナ先生に向かって送っていた風の手を止め、私の肩に触れる。
「流しますよ、使ってください」
言うが早いか、アウレウスの手の平から、力が流れこんでくる。グランツに魔力を注がれた時とは違い、意識して身体に留めようとしないと、身体の中を巡らずに溢れ出てしまいそうになる。けれど、魔力がどんどん身体の中で膨れて行くのが、よく判る。
「すみません、人の体内に魔力を注入するのは……風属性は難しいのです」
「ううん」
アウレウスから注がれた魔力は、私の練る魔力に混ざり、身体の中で光になる。胸のペンダントも熱く熱を帯びてきた。ペンダントと、アウレウスの魔力がなければきっと、こんな魔力を練ることはできなかっただろう。熱を帯びるほどの魔力が注ぎ込まれて、私の身体の奥から、枯渇した筈の魔力が湧き出るのを感じる。二つの魔力が混ざりあって、私の身体の中に収まりきらないほどに膨れ上がる。
しかし、ルーナ先生の身体も、モンスターの形を取ってそれが固定化しつつある。
「ヴ、ゥァァアアアアア」
「今度こそ……消えて!」
モンスターの咆哮があがるその瞬間に、両手をかざして私は叫ぶ。身体から溢れだした光が、部屋全体を覆って無音になる。どれほどの時間が経ったのか、光はやがて収まった。
部屋の中には、驚きで顔を固めたセリナと、倒れ伏したルーナ先生がいた。全ての影は消えていて、ルーナ先生が手に持っていた三日月のペンダントは、粉々に砕けていた。
「……終わった、の……?」
「やりましたね」
足から力が抜けて倒れそうになるのを、アウレウスに支えられる。
「アウレウス、大丈夫?」
「ええ。貴女の光で、多少の魔力が返ってきたようです」
「そ、か……」
意識が落ちそうになるのをぐっと堪えて、足に力を入れる。アウレウスはあれだけ魔力を注いでくれていたにも関わらず、魔力が空っぽになってしまったのは私だけらしい。
「ラン様、ラン様!」
はっとしたセリナがルーナ先生に駆け寄って、揺する。
「……あれ、セリナちゃんだ……いい夢だなあ……」
うっすらと目を開けたルーナ先生は、幸せそうに微笑んで、再び目を閉じる。
「ラン様!?」
「胸が動いています、眠っただけでしょう」
慌てたセリナの声に、アウレウスがそう伝える。
「良かった……」
殺すことなく、影だけを祓えた。その事実にやっと安堵した。
「……仕方ありませんね」
不意にアウレウスが拘束を解いたかと思えば、彼の手をかざしたところから突風が吹く。風を受けたルーナ先生の身体は、僅かに影が乱れるが、取り払うまではいかない。
「セリナ・メルクーリオさん、貴女も手伝いなさい!」
アウレウスの叫び声に、腰を抜かしてルーナ先生を見つめたままだったセリナがびくりと震える。
「で、でも……」
「貴女の婚約者でしょう!」
アウレウスに急きたてられて、セリナがおずおずと立ち上がる。
「ラン様……」
セリナが震える手をかざすと、そこから突風が吹いた。部屋の中の物ががたがたと転げ落ちて酷い音がする。
二人がかりの魔力を込めた突風に、影が怯んで、モンスターの形が少し崩れた。しかし、ルーナ先生の身体から黒い影自体を吹き飛ばすには至らない。やっぱり、聖属性魔法じゃないと、無理なんだ。身体の中に、魔力を循環させて、放出の体勢を整える。
「これで……っ!」
貯めた魔力を、かざした手の先から一気に放出する。影だけを祓うように、ルーナ先生の身体めがけて光線が走る。すぅっと伸びた光の筋が消えた後には……
「……そんな」
ルーナ先生を取り巻く影は、確かに消えている。けれど、型から顔にかけてだけが消えただけで、残りの影は相変わらず身体を取り巻いている。魔法が当たった場所は浸食が遅いようだけど、すぐに影に飲み込まれてしまうかもしれない。
「クレア様、もう一度放てますか?」
風の放つ手を緩めずに、アウレウスが言う。
「魔力が、もう……」
手が、震えていた。身体が酷く脱力していて、魔力が干上がる直前なのが判る。聖属性魔法を、もう一度放てたとしても、次はさっきよりも威力が随分と弱まるだろう。さっきので、半分も飛ばせていない影を、完全に祓いきれる訳がない。
このままじゃ、本当にルーナ先生は、死んでしまう。
「諦めますか?」
呆然としていた私は、アウレウスの質問でハッとする。アウレウスはまだ、風を起こす手を止めていない。私を逃がそうとばかりしていたアウレウスが、まだ、諦めていないのに。
「ラン様を見捨てるって言うの!?」
「諦める訳、ない!」
叫んで私はぐっと胸のペンダントを握りこんだ。ぼんやりしてる場合じゃない。ない力でも、かき集めないと。アウレウスのくれたペンダントの力も借りて。
「ラン様! 今、助けますわ!」
セリナが叫んでよりいっそうの風を吹かせる。その声に、ルーナ先生がピクリと動いた。
「……セリ、ナちゃ……はやく、逃げ……」
微かに首を振ってルーナ先生が、言う。絶望に染まった目が、セリナの生存だけを願っている。でも、そんなのはだめだ。
「先生、抵抗してください! セリナさんと幸せになるんじゃないんですか!?」
「……し、あわせ……」
目を見開いたルーナ先生が、口元を笑ませた。
「セリナちゃ、んは、そのままで! アウレ……くんは、魔力、を。聖女様に、あつ、めて……混ぜ……ぅ……あ、あぁ……っ!」
「ラン様!」
言い終わるよりも早く、影がルーナ先生の顔を再び覆い始める。
「……やってみましょう。セリナ・メリクーリオさんは、風を弱めないでください!」
察したらしいアウレウスがルーナ先生に向かって送っていた風の手を止め、私の肩に触れる。
「流しますよ、使ってください」
言うが早いか、アウレウスの手の平から、力が流れこんでくる。グランツに魔力を注がれた時とは違い、意識して身体に留めようとしないと、身体の中を巡らずに溢れ出てしまいそうになる。けれど、魔力がどんどん身体の中で膨れて行くのが、よく判る。
「すみません、人の体内に魔力を注入するのは……風属性は難しいのです」
「ううん」
アウレウスから注がれた魔力は、私の練る魔力に混ざり、身体の中で光になる。胸のペンダントも熱く熱を帯びてきた。ペンダントと、アウレウスの魔力がなければきっと、こんな魔力を練ることはできなかっただろう。熱を帯びるほどの魔力が注ぎ込まれて、私の身体の奥から、枯渇した筈の魔力が湧き出るのを感じる。二つの魔力が混ざりあって、私の身体の中に収まりきらないほどに膨れ上がる。
しかし、ルーナ先生の身体も、モンスターの形を取ってそれが固定化しつつある。
「ヴ、ゥァァアアアアア」
「今度こそ……消えて!」
モンスターの咆哮があがるその瞬間に、両手をかざして私は叫ぶ。身体から溢れだした光が、部屋全体を覆って無音になる。どれほどの時間が経ったのか、光はやがて収まった。
部屋の中には、驚きで顔を固めたセリナと、倒れ伏したルーナ先生がいた。全ての影は消えていて、ルーナ先生が手に持っていた三日月のペンダントは、粉々に砕けていた。
「……終わった、の……?」
「やりましたね」
足から力が抜けて倒れそうになるのを、アウレウスに支えられる。
「アウレウス、大丈夫?」
「ええ。貴女の光で、多少の魔力が返ってきたようです」
「そ、か……」
意識が落ちそうになるのをぐっと堪えて、足に力を入れる。アウレウスはあれだけ魔力を注いでくれていたにも関わらず、魔力が空っぽになってしまったのは私だけらしい。
「ラン様、ラン様!」
はっとしたセリナがルーナ先生に駆け寄って、揺する。
「……あれ、セリナちゃんだ……いい夢だなあ……」
うっすらと目を開けたルーナ先生は、幸せそうに微笑んで、再び目を閉じる。
「ラン様!?」
「胸が動いています、眠っただけでしょう」
慌てたセリナの声に、アウレウスがそう伝える。
「良かった……」
殺すことなく、影だけを祓えた。その事実にやっと安堵した。
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