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第3話 謝罪と弁明
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「……突然申し訳ありませんでした」
ストレスの頂点から一転、正気を取り戻したフランシスはレイモンドに頭を下げた。
二人を挟む学生食堂のテーブルの上には、人気の毎日限定50セット・豚の塩釜焼定食が乗っている。
時は午前11時。お詫びに食事をとしつこく追ってこられたレイモンドが、ならばと自分から学食に行って、以前より食べてみたかった品を注文したのだ。
なお、自腹である。
彼目線でのフランシスは挙動不審であり、お詫びだかなんだか、とにかく貸し借りを作って厄介ごとに巻き込まれるのは御免被りたい。
「ついでに目の前に座っているのも偶然ってことにしておく? それとも僕に対しての付きまといって認める?」
それがフランシスとヘクターのやり取りへの皮肉であることに気が付かないほど、彼女も鈍感ではなかった。
「申し訳ありません」
「さっきのもそうだけど、何に対しての謝罪か分からないうちは受け入れられないね。まあ、さっさと帰ってくれるならどっちでもいいけど」
小さな塩のドームにナイフを入れながら、レイモンドがちらりとフランシスを見ると……目をわずかに開いた。
彼女の顔色は明らかに具合が悪そうだったから。
「……大丈夫?」
「ああ、いえ、体調も心も大丈夫ではありませんね。大丈夫でしたらあんなことを持ち掛けないので……」
「自覚はあるんだ――あ」
ふらりと体を揺らし、テーブルに突然突っ伏した彼女に、レイモンドは慌てたような声を上げる。
「……あ、別に死んでません。ちょっと眠ったり食べたりしてないだけで……」
フランシスは腕枕の下から弁解する。
行儀が悪いことは百も承知だが、ここ一週間ほどろくに寝れていないのだ。
「さんざん邪魔されたおかげでレポートが全く進まない状況で、帰宅してから遅くまで勉強するしかなくて。食欲もあまりないですし……」
「……何か持ってこようか」
「ご迷惑をおかけするわけには……」
「そこで突っ伏されたり倒れられる方が迷惑。学院内では急病人に看護の義務が発生するし」
レイモンドは席を立つと、すぐにセルフサービスのコーナーにある水とリンゴジュースを持って戻ってきた。
「飲めたら飲んで」
「……あ、ありがとうございます。フリードリンクの代金、お支払いしますね」
フランシスはのろのろと体を起こすと肩に下げた鞄を探りかけたが、それをレイモンドは後にしてよ、と制した。
「先に飲んで」
「ではいただきます」
ちびちびと舐めるようにリンゴジュースを飲む。
真っ白だった頬がほんの少しずつ血色を取り戻していくことにレイモンドは安堵した。
「それで何についての謝罪だったの?」
「話せば長いのですが――」
「手短に言って。午後から講義だから」
「は、はい。つまりぶしつけに結婚を申し込んで、更に巻き込んで、というか、後をつけるのもそうですし、そもそも個人情報を調べるのも……不正な手段でないとはいえご不快かと」
言いながら自分のしでかしたことを自覚して、フランシスの頭はまたテーブルに沈み込みそうになる。
「まあ、そうだね」
沈んだ。
が、これも迷惑だと思い返して彼女は背筋を何とか伸ばす。
「ご覧になった通り、ヘクターは私の婚約者なんです。親が勝手に決めた」
「それ、さっきも言ってたけど法律上は二人だけで決めるもので……」
フランシスもよく分かっているというように頷いた。
「……私たち、幼馴染なんです。家が隣同士の付き合いで。なのでまだ若いとはいえ責任能力が発生した直後に契約書にサインをしていて」
「まあありがちかもね。悪徳商法もそういう時期を狙ってくるし」
「物心つく前から友人だったので、婚約後も変わらず接してきたようなものなんですけど、まあレポートで忙しいしこちらは現状維持でいいかと思っていたら……ヘクターが先のキャロラインさんに出会いまして。
ヘクターは夢中になって……つまり、初恋をして暴走しているんです」
ヘクターは何の物語に影響されたのか知らないが、恋には当て馬がいた方がいいと思い込んだらしい。
それで勝手にフランシスを恋路を邪魔する悪者に仕立て上げつつキャロラインとの恋を盛り上げようとしているのだ。
「普通に婚約解消するって言ってくれれば、うちの両親もあちらのオールドリッチご夫妻も納得すると思うんですけどね」
その名に、レイモンドは眉を顰める。
噂には聞いたことがある。
魔法学院では身分は問わず在籍し平等に扱われているが、それは学院からの成績評価だけの話で、人の反応や学外での人間関係などではちょっとした面倒には違いない。
彼は代々大臣や優秀な廷臣を輩出している侯爵家の次男、ヘクター・オールドリッチだったのだ。
「つまりごっこ遊びに勉強を邪魔されて困っているんだ。事情は解ったけど……それで君の事情と僕に何の関係が?」
レイモンドは皿の上のサラダを片付け、最後の豚肉のかけらを口に入れてしまうとフランシスに言い放った。
ストレスの頂点から一転、正気を取り戻したフランシスはレイモンドに頭を下げた。
二人を挟む学生食堂のテーブルの上には、人気の毎日限定50セット・豚の塩釜焼定食が乗っている。
時は午前11時。お詫びに食事をとしつこく追ってこられたレイモンドが、ならばと自分から学食に行って、以前より食べてみたかった品を注文したのだ。
なお、自腹である。
彼目線でのフランシスは挙動不審であり、お詫びだかなんだか、とにかく貸し借りを作って厄介ごとに巻き込まれるのは御免被りたい。
「ついでに目の前に座っているのも偶然ってことにしておく? それとも僕に対しての付きまといって認める?」
それがフランシスとヘクターのやり取りへの皮肉であることに気が付かないほど、彼女も鈍感ではなかった。
「申し訳ありません」
「さっきのもそうだけど、何に対しての謝罪か分からないうちは受け入れられないね。まあ、さっさと帰ってくれるならどっちでもいいけど」
小さな塩のドームにナイフを入れながら、レイモンドがちらりとフランシスを見ると……目をわずかに開いた。
彼女の顔色は明らかに具合が悪そうだったから。
「……大丈夫?」
「ああ、いえ、体調も心も大丈夫ではありませんね。大丈夫でしたらあんなことを持ち掛けないので……」
「自覚はあるんだ――あ」
ふらりと体を揺らし、テーブルに突然突っ伏した彼女に、レイモンドは慌てたような声を上げる。
「……あ、別に死んでません。ちょっと眠ったり食べたりしてないだけで……」
フランシスは腕枕の下から弁解する。
行儀が悪いことは百も承知だが、ここ一週間ほどろくに寝れていないのだ。
「さんざん邪魔されたおかげでレポートが全く進まない状況で、帰宅してから遅くまで勉強するしかなくて。食欲もあまりないですし……」
「……何か持ってこようか」
「ご迷惑をおかけするわけには……」
「そこで突っ伏されたり倒れられる方が迷惑。学院内では急病人に看護の義務が発生するし」
レイモンドは席を立つと、すぐにセルフサービスのコーナーにある水とリンゴジュースを持って戻ってきた。
「飲めたら飲んで」
「……あ、ありがとうございます。フリードリンクの代金、お支払いしますね」
フランシスはのろのろと体を起こすと肩に下げた鞄を探りかけたが、それをレイモンドは後にしてよ、と制した。
「先に飲んで」
「ではいただきます」
ちびちびと舐めるようにリンゴジュースを飲む。
真っ白だった頬がほんの少しずつ血色を取り戻していくことにレイモンドは安堵した。
「それで何についての謝罪だったの?」
「話せば長いのですが――」
「手短に言って。午後から講義だから」
「は、はい。つまりぶしつけに結婚を申し込んで、更に巻き込んで、というか、後をつけるのもそうですし、そもそも個人情報を調べるのも……不正な手段でないとはいえご不快かと」
言いながら自分のしでかしたことを自覚して、フランシスの頭はまたテーブルに沈み込みそうになる。
「まあ、そうだね」
沈んだ。
が、これも迷惑だと思い返して彼女は背筋を何とか伸ばす。
「ご覧になった通り、ヘクターは私の婚約者なんです。親が勝手に決めた」
「それ、さっきも言ってたけど法律上は二人だけで決めるもので……」
フランシスもよく分かっているというように頷いた。
「……私たち、幼馴染なんです。家が隣同士の付き合いで。なのでまだ若いとはいえ責任能力が発生した直後に契約書にサインをしていて」
「まあありがちかもね。悪徳商法もそういう時期を狙ってくるし」
「物心つく前から友人だったので、婚約後も変わらず接してきたようなものなんですけど、まあレポートで忙しいしこちらは現状維持でいいかと思っていたら……ヘクターが先のキャロラインさんに出会いまして。
ヘクターは夢中になって……つまり、初恋をして暴走しているんです」
ヘクターは何の物語に影響されたのか知らないが、恋には当て馬がいた方がいいと思い込んだらしい。
それで勝手にフランシスを恋路を邪魔する悪者に仕立て上げつつキャロラインとの恋を盛り上げようとしているのだ。
「普通に婚約解消するって言ってくれれば、うちの両親もあちらのオールドリッチご夫妻も納得すると思うんですけどね」
その名に、レイモンドは眉を顰める。
噂には聞いたことがある。
魔法学院では身分は問わず在籍し平等に扱われているが、それは学院からの成績評価だけの話で、人の反応や学外での人間関係などではちょっとした面倒には違いない。
彼は代々大臣や優秀な廷臣を輩出している侯爵家の次男、ヘクター・オールドリッチだったのだ。
「つまりごっこ遊びに勉強を邪魔されて困っているんだ。事情は解ったけど……それで君の事情と僕に何の関係が?」
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