3 / 7
第3話 謝罪と弁明
しおりを挟む
「……突然申し訳ありませんでした」
ストレスの頂点から一転、正気を取り戻したフランシスはレイモンドに頭を下げた。
二人を挟む学生食堂のテーブルの上には、人気の毎日限定50セット・豚の塩釜焼定食が乗っている。
時は午前11時。お詫びに食事をとしつこく追ってこられたレイモンドが、ならばと自分から学食に行って、以前より食べてみたかった品を注文したのだ。
なお、自腹である。
彼目線でのフランシスは挙動不審であり、お詫びだかなんだか、とにかく貸し借りを作って厄介ごとに巻き込まれるのは御免被りたい。
「ついでに目の前に座っているのも偶然ってことにしておく? それとも僕に対しての付きまといって認める?」
それがフランシスとヘクターのやり取りへの皮肉であることに気が付かないほど、彼女も鈍感ではなかった。
「申し訳ありません」
「さっきのもそうだけど、何に対しての謝罪か分からないうちは受け入れられないね。まあ、さっさと帰ってくれるならどっちでもいいけど」
小さな塩のドームにナイフを入れながら、レイモンドがちらりとフランシスを見ると……目をわずかに開いた。
彼女の顔色は明らかに具合が悪そうだったから。
「……大丈夫?」
「ああ、いえ、体調も心も大丈夫ではありませんね。大丈夫でしたらあんなことを持ち掛けないので……」
「自覚はあるんだ――あ」
ふらりと体を揺らし、テーブルに突然突っ伏した彼女に、レイモンドは慌てたような声を上げる。
「……あ、別に死んでません。ちょっと眠ったり食べたりしてないだけで……」
フランシスは腕枕の下から弁解する。
行儀が悪いことは百も承知だが、ここ一週間ほどろくに寝れていないのだ。
「さんざん邪魔されたおかげでレポートが全く進まない状況で、帰宅してから遅くまで勉強するしかなくて。食欲もあまりないですし……」
「……何か持ってこようか」
「ご迷惑をおかけするわけには……」
「そこで突っ伏されたり倒れられる方が迷惑。学院内では急病人に看護の義務が発生するし」
レイモンドは席を立つと、すぐにセルフサービスのコーナーにある水とリンゴジュースを持って戻ってきた。
「飲めたら飲んで」
「……あ、ありがとうございます。フリードリンクの代金、お支払いしますね」
フランシスはのろのろと体を起こすと肩に下げた鞄を探りかけたが、それをレイモンドは後にしてよ、と制した。
「先に飲んで」
「ではいただきます」
ちびちびと舐めるようにリンゴジュースを飲む。
真っ白だった頬がほんの少しずつ血色を取り戻していくことにレイモンドは安堵した。
「それで何についての謝罪だったの?」
「話せば長いのですが――」
「手短に言って。午後から講義だから」
「は、はい。つまりぶしつけに結婚を申し込んで、更に巻き込んで、というか、後をつけるのもそうですし、そもそも個人情報を調べるのも……不正な手段でないとはいえご不快かと」
言いながら自分のしでかしたことを自覚して、フランシスの頭はまたテーブルに沈み込みそうになる。
「まあ、そうだね」
沈んだ。
が、これも迷惑だと思い返して彼女は背筋を何とか伸ばす。
「ご覧になった通り、ヘクターは私の婚約者なんです。親が勝手に決めた」
「それ、さっきも言ってたけど法律上は二人だけで決めるもので……」
フランシスもよく分かっているというように頷いた。
「……私たち、幼馴染なんです。家が隣同士の付き合いで。なのでまだ若いとはいえ責任能力が発生した直後に契約書にサインをしていて」
「まあありがちかもね。悪徳商法もそういう時期を狙ってくるし」
「物心つく前から友人だったので、婚約後も変わらず接してきたようなものなんですけど、まあレポートで忙しいしこちらは現状維持でいいかと思っていたら……ヘクターが先のキャロラインさんに出会いまして。
ヘクターは夢中になって……つまり、初恋をして暴走しているんです」
ヘクターは何の物語に影響されたのか知らないが、恋には当て馬がいた方がいいと思い込んだらしい。
それで勝手にフランシスを恋路を邪魔する悪者に仕立て上げつつキャロラインとの恋を盛り上げようとしているのだ。
「普通に婚約解消するって言ってくれれば、うちの両親もあちらのオールドリッチご夫妻も納得すると思うんですけどね」
その名に、レイモンドは眉を顰める。
噂には聞いたことがある。
魔法学院では身分は問わず在籍し平等に扱われているが、それは学院からの成績評価だけの話で、人の反応や学外での人間関係などではちょっとした面倒には違いない。
彼は代々大臣や優秀な廷臣を輩出している侯爵家の次男、ヘクター・オールドリッチだったのだ。
「つまりごっこ遊びに勉強を邪魔されて困っているんだ。事情は解ったけど……それで君の事情と僕に何の関係が?」
レイモンドは皿の上のサラダを片付け、最後の豚肉のかけらを口に入れてしまうとフランシスに言い放った。
ストレスの頂点から一転、正気を取り戻したフランシスはレイモンドに頭を下げた。
二人を挟む学生食堂のテーブルの上には、人気の毎日限定50セット・豚の塩釜焼定食が乗っている。
時は午前11時。お詫びに食事をとしつこく追ってこられたレイモンドが、ならばと自分から学食に行って、以前より食べてみたかった品を注文したのだ。
なお、自腹である。
彼目線でのフランシスは挙動不審であり、お詫びだかなんだか、とにかく貸し借りを作って厄介ごとに巻き込まれるのは御免被りたい。
「ついでに目の前に座っているのも偶然ってことにしておく? それとも僕に対しての付きまといって認める?」
それがフランシスとヘクターのやり取りへの皮肉であることに気が付かないほど、彼女も鈍感ではなかった。
「申し訳ありません」
「さっきのもそうだけど、何に対しての謝罪か分からないうちは受け入れられないね。まあ、さっさと帰ってくれるならどっちでもいいけど」
小さな塩のドームにナイフを入れながら、レイモンドがちらりとフランシスを見ると……目をわずかに開いた。
彼女の顔色は明らかに具合が悪そうだったから。
「……大丈夫?」
「ああ、いえ、体調も心も大丈夫ではありませんね。大丈夫でしたらあんなことを持ち掛けないので……」
「自覚はあるんだ――あ」
ふらりと体を揺らし、テーブルに突然突っ伏した彼女に、レイモンドは慌てたような声を上げる。
「……あ、別に死んでません。ちょっと眠ったり食べたりしてないだけで……」
フランシスは腕枕の下から弁解する。
行儀が悪いことは百も承知だが、ここ一週間ほどろくに寝れていないのだ。
「さんざん邪魔されたおかげでレポートが全く進まない状況で、帰宅してから遅くまで勉強するしかなくて。食欲もあまりないですし……」
「……何か持ってこようか」
「ご迷惑をおかけするわけには……」
「そこで突っ伏されたり倒れられる方が迷惑。学院内では急病人に看護の義務が発生するし」
レイモンドは席を立つと、すぐにセルフサービスのコーナーにある水とリンゴジュースを持って戻ってきた。
「飲めたら飲んで」
「……あ、ありがとうございます。フリードリンクの代金、お支払いしますね」
フランシスはのろのろと体を起こすと肩に下げた鞄を探りかけたが、それをレイモンドは後にしてよ、と制した。
「先に飲んで」
「ではいただきます」
ちびちびと舐めるようにリンゴジュースを飲む。
真っ白だった頬がほんの少しずつ血色を取り戻していくことにレイモンドは安堵した。
「それで何についての謝罪だったの?」
「話せば長いのですが――」
「手短に言って。午後から講義だから」
「は、はい。つまりぶしつけに結婚を申し込んで、更に巻き込んで、というか、後をつけるのもそうですし、そもそも個人情報を調べるのも……不正な手段でないとはいえご不快かと」
言いながら自分のしでかしたことを自覚して、フランシスの頭はまたテーブルに沈み込みそうになる。
「まあ、そうだね」
沈んだ。
が、これも迷惑だと思い返して彼女は背筋を何とか伸ばす。
「ご覧になった通り、ヘクターは私の婚約者なんです。親が勝手に決めた」
「それ、さっきも言ってたけど法律上は二人だけで決めるもので……」
フランシスもよく分かっているというように頷いた。
「……私たち、幼馴染なんです。家が隣同士の付き合いで。なのでまだ若いとはいえ責任能力が発生した直後に契約書にサインをしていて」
「まあありがちかもね。悪徳商法もそういう時期を狙ってくるし」
「物心つく前から友人だったので、婚約後も変わらず接してきたようなものなんですけど、まあレポートで忙しいしこちらは現状維持でいいかと思っていたら……ヘクターが先のキャロラインさんに出会いまして。
ヘクターは夢中になって……つまり、初恋をして暴走しているんです」
ヘクターは何の物語に影響されたのか知らないが、恋には当て馬がいた方がいいと思い込んだらしい。
それで勝手にフランシスを恋路を邪魔する悪者に仕立て上げつつキャロラインとの恋を盛り上げようとしているのだ。
「普通に婚約解消するって言ってくれれば、うちの両親もあちらのオールドリッチご夫妻も納得すると思うんですけどね」
その名に、レイモンドは眉を顰める。
噂には聞いたことがある。
魔法学院では身分は問わず在籍し平等に扱われているが、それは学院からの成績評価だけの話で、人の反応や学外での人間関係などではちょっとした面倒には違いない。
彼は代々大臣や優秀な廷臣を輩出している侯爵家の次男、ヘクター・オールドリッチだったのだ。
「つまりごっこ遊びに勉強を邪魔されて困っているんだ。事情は解ったけど……それで君の事情と僕に何の関係が?」
レイモンドは皿の上のサラダを片付け、最後の豚肉のかけらを口に入れてしまうとフランシスに言い放った。
194
あなたにおすすめの小説
モブなので思いっきり場外で暴れてみました
雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。
そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。
一応自衛はさせていただきますが悪しからず?
そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか?
※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?
なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。
干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。
舞踏会の夜。
聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。
反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。
落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。
水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。
レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。
やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。
支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。
呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。
――公開監査。
記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。
この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。
これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
氷の公爵の婚姻試験
潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
婚約者は無神経な転生悪役令嬢に夢中のようです
宝月 蓮
恋愛
乙女ゲームのモブに転生したマーヤ。目の前にいる婚約者はそのゲームの攻略対象だった。しかし婚約者は悪役令嬢に救われたようで、マーヤそっちのけで悪役令嬢に夢中。おまけに攻略対象達に囲まれている悪役令嬢も転生者で、何だか無神経発言ばかりで少しモヤモヤしていしまうマーヤ。そんな中、マーヤはゲームには関係ない隣国の公爵令息と仲良くなり……!?
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして
犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。
王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。
失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり…
この薔薇を育てた人は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる