【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬

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(十五)(完)

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 英空母を攻撃した殊勲の機体が「浅間丸」に着艦する度、乗組員から歓声が沸き起こる。

 帰還したのは零戦三二型が四機、九七式四号艦攻が五機。

 戦闘機二機と艦攻四機、そして搭乗員十四名の命を失ったことになる。

「空母一隻に魚雷二本命中、もう一隻に魚雷一本、爆弾一発を命中させました。爆弾は飛行甲板の前方を破壊したので、発艦不能の状態にあると思われます」

 着艦後、すぐに艦橋に足を運び、戦果を報告する小弓大尉は誇らしげだった。傍らで聞く万代少佐も満足げに何度もうなずく。

 だが、報告を聞き終えた勝見大佐は「ご苦労だった」と、労いの言葉を述べたうえで、虚空に視線を走らせる。

「撃沈に至らなかった以上、反撃を食うのは避けられないな」

 勝見大佐は、険しい表情でそうつぶやいた。

 その途端、重苦しい現実を前に艦橋の空気は沈まざるを得なかった。

 「浅間丸」を襲った敵の攻撃隊が思いのほか少数であったのは、先に貨客船攻撃に差し向けた機体が含まれていなかったためと考えられた。

 そして英空母二隻の速力が多少低下したとはいえ、第二航空護衛戦隊は攻撃圏外に逃れ出たわけではないのだ。

 日没までにはまだ時間があり、英海軍が腰を据えて第二波の攻撃隊を放ったとすれば、今度はひとたまりもないかもしれない。

 英空母の搭載機数が定数一杯と判断しているため、実数とは大きな開きがあるのだが、厨屋らがその事実を知る術はなかった。

 対して、今や「浅間丸」の格納庫には、先に索敵から帰還した九七式四号艦攻三機を含め、零戦三二型が六機機、九七式四号艦攻が八機の十四機のみである。

 弾薬庫には航空魚雷が三本のみ。あとは対艦攻撃に使えるのは二百五十キロ爆弾しかない。
 二百五十キロ爆弾では、仮に命中させても英空母の装甲を貫けない可能性が高く、効果が見込めない。最初から反復攻撃は無理だと判断しての全力の一撃だったのだ。

(いっそ、「天龍」と「汐風」は先行させるべきかもしれん)

 厨屋の脳裏に、そんな悲観的な思いがよぎる。

 他の二艦より明らかに足が遅い「浅間丸」と足並みをそろえていたのでは、巻き添えを食って攻撃を受けかねないからだ。

 だが、勝見大佐は無論のこと、「天龍」座乗の松山司令も、「浅間丸」を見捨てるような決断を行うはずもない。

 単独行動中に撃沈された「浅間丸」から、インド洋の真っただ中に投げ出される恐怖を想像すると、厨屋としても、とても進言できたものではなかった。

 そこへ、慌てた様子で通信長の古結大尉が艦橋に飛び込んできた。

「艦長! ペナンの潜水艦基地隊が発信している電文を傍受しました!」

 電文綴りを手にした古結大尉は、震える声で通信内容を読み上げる。

 本来、潜水艦向けの通信であろうが、通商破壊戦を行っている第一・第二航空護衛戦隊に対しても報せる内容となっていた。

 思いがけない知らせの意味が理解されていくにつれて、艦橋に驚きの声が広がる。

 その中にあって、勝見大佐がいつになく獰猛な笑みを浮かべた。

「飛行隊長! ここは一つ、さらに欲をかいてみる気はないか」

 その表情を、一生忘れることはないと厨屋は思った。



「攻撃が失敗しただと……!」

 ヴィアン少将は、帰還した攻撃隊の搭乗員たちからの報告を聞き、しばし言葉を失った。

 確かに、急いで送り出した二十五機は、空母二隻が繰り出す攻撃隊としては少なかったかもしれない。

 一線級とは言い難い雑多な機体の寄せ集めであること、搭乗員が機種転換を控えていたことなど、ベストなコンディションでないこともまた事実だった。

 しかし、だとしても、だ。

 得られたのは急降下爆撃の至近弾がわずかに一発のみで、ほぼ無傷に終わるとはまったくの想定外だった。

 雷撃機のソードフィッシュとアルバコアは零戦の攻撃と対空砲火で五機が失われ、戦闘機はシーハリケーンが二機、シーグラディエイターが一機撃墜された。

 生き残ったシーハリケーンは一機のみで、帰還できたのが不思議なほどの損傷を負っている。

 なお、急降下爆撃機のスクアだけは、九機すべてが無事に帰還している。しかし、命中弾ゼロですごすごと帰ってきたのでは、評価のしようもない。

「……明朝に残存全機で再攻撃を仕掛ける。本艦の飛行甲板の修理を含め、それまでにできる限りの応急修理を済ませるように」

 ショックを隠せないままヴィアン少将は声を絞り出した。

 帰還した攻撃隊は、出撃した空母へと戻る形で着艦している。

 本来であれば、帰還した機体はすべて「フォーミタブル」で収容すべきであったかもしれない。

 「インドミタブル」に着艦した機体は、飛行甲板の修復が終わるまで発艦不能であるからだ。

 とはいえ、魚雷二発を喰らった「フォーミタブル」にしても、ようやくのところで傾斜を回復させたばかりである。

 旗艦ではない「フォーミタブル」一隻に航空戦力を集中させる決断は、ヴィアン少将も下せなかったのが実情だった。

(こっちはわずか十五機の攻撃で、空母二隻を半身不随にされたというのに)

「しかし、司令。残存全機とはいえ、出せるのは四十機にも満たないかと思われます」

 参謀長は、空母二隻をオーストラリアまで持っていくことを優先すべきだと言葉を継ぐ。

 だが、ヴィアン少将は首を縦には振らなかった。

「一度の攻撃に失敗したとて、ここで臆してどうする。小型空母一隻にいいようにやられて、このままこそこそと海域から離脱しろというのか。成果はなかったとはいえ、互いに攻撃を行って、敵の底もあらかた見えたではないか」

 腹立たしげにヴィアン少将は吐き捨て、議論を打ち切る。

 参謀長が職務として慎重な意見を口にしていることは理解しているが、それでも消極的に過ぎると思わざるを得ない。

 ヴィアン少将は、日本空母への攻撃をあきらめるつもりは毛頭なかった。

 攻撃にやってきた日本軍機は半数近くを撃墜したし、直掩の零戦もシーハリケーンが差し違える形で数を打ち減らしている。

 一応、直掩としてシーグラディエイターを三機ほど空母周辺に飛ばしているが、おそらく群青色の飛行甲板を持つ日本の小型空母には、もう攻撃隊を放つ余裕などないはずだ。
 
(ここまでは巡り合わせが悪かったが、それでも、もう一押しなのだ)

 ヴィアン少将はそう確信していた。

 だが、彼の強気も、後方に残してきた輸送船団から、悲鳴のような通信が飛び込んでくるまでのものだった。

「我、複数のUボートの襲撃を受けつつあり!」

「しまった……! まさか、日本の空母は囮だったとでもいうのか」

 ヴィアン少将は顔面蒼白となった。

 航海中、あれほど意識していたUボートの存在を、日本空母の出現に目を奪われて警戒をおろそかにしたのは失策だった。

 ただし、日独の攻撃には一切の連携などなく、単なる偶然であった。

 「浅間丸」の艦長以下を驚かせたペナンの潜水艦基地からの通信は、まさしくこのUボートによる輸送船団の襲撃を伝えるものだったのだ。

 だがそんなことは、ヴィアン少将には知る由もなかったが。

 判っているのは、空母部隊が日本空母との間合いを詰めるために増速して東進した結果、十六隻の貨物船やタンカーからなる輸送船団との距離は、実に四十浬近くにまで開いているという事実だ。

 しかも、輸送船団の護衛についているのはわずかに駆逐艦二隻のみ。

「艦隊を反転させ、合流させますか」

 さすがに参謀長も、声が上ずっている。

「いや待て。手負いの空母を、Uボートが潜む海域に近づけるのは得策ではない。駆逐艦を三隻、援護に向かわせよう」

 駆逐艦三隻を分派すると、空母の護衛は重巡洋艦一隻に駆逐艦二隻のみとなってしまうが、やむを得なかった。

「航空機も差し向けたほうがよろしいかと思われます」

 参謀長の言葉に、ヴィアン少将は一瞬口をへの字にしたが、しぶしぶといった調子でうなずく。

「判っている。……『フォーミタブル』から、シーハリケーンとシーグラディエイター以外で、飛べる機体はすべて対潜用の爆弾を装備して発艦させよ。ともかく、航空機が頭上に飛んでいれば、Uボートも手出ししにくくなるはずだ」

 ヴィアン少将が命令を下すまでに逡巡があったのは、日本空母への航空攻撃にまだ未練を残していたからだ。

 しかし、『インドミタブル』がまだ発艦不能の状態では、どのみちまとまった数の攻撃隊は出せない。

 今はともかく、Uボート撃退を優先するしかなかった。

 泡を食って飛び立っていく攻撃隊を、航海艦橋から見送るヴィアン少将はまだ知らない。

 この時、「浅間丸」に最後に残された三本の航空魚雷を抱える九七式四号艦攻三機を含め、小弓大尉率いる零戦三二型六機、九七式四号艦攻八機からなる第二次攻撃隊が、「インドミタブル」「フォーミタブル」両空母の上空に再度迫りつつあったのだ。

(おわり)


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【主要参考文献等】

●シミュレーションゲーム「太平洋戦記3 最終決戦」(2012、ジェネラル・サポート)
 仮想シナリオ「氷山空母」にて、浅間丸改装空母「朝鷹」が登場します。
 ゲームプレイ中に手持ち戦力を確認して、見慣れぬ名前の空母の存在に驚き、由来を確認した経緯がなければ、本作が生まれることはなかったと思われます。


●内藤初穂著「太平洋の女王 浅間丸」(1998、中公文庫)
 豪華客船「浅間丸」の建造から沈没に至るまでの船歴が詳細に記されています。
 なお、文庫化される前の著書名である「狂気の海」が、本作タイトルの元ネタであることは言うまでもありません。


●光人社「丸」2017年6月号
 商船改装空母の特集号。「浅間丸」のほか、「あるぜんちな丸」の「海鷹」改装プランなどを参考にしました。
 また、偶然にもカタパルトについての記事もあったため、重宝する号となりました。


●山口九郎右衛門著「太平洋戦争は勝てる戦争だった」(2009、草思社)
 九七式四号艦攻のアイデア元。
 大馬力エンジンと大径プロペラへの換装を中心とした改装案に惹かれて、作中で登場させました。とはいえ、さすがに本著作中に記されたような「最高速力時速612キロ」までは踏み込めず。


●八幡雲鷹著「改装空母『翔鷹』一代記」(2013、「小説家になろう」)
 「浅間丸」の空母改装案を題材としたネット作品です。
 同作品における「浅間丸」は、香港での座礁事故が空母「翔鷹」への改装のきっかけとなるようですが、残念ながら実際の改装が描写される前に執筆が中断されています。
 本作の執筆にあたっては、この島型艦橋を持つ空母「翔鷹」とアイデアがかぶらないよう意識しました。いつか続きが読めればうれしいのですが。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

ypaaaaaaa
2025.06.22 ypaaaaaaa

まずはご完結おめでとうございます!私もこの作品に触れるまでは浅間丸と言う船の存在やこの貨客船が空母に改装されようとしていたことを知りませんでした。緻密な文章表現で情景がありありと浮かび、とても読んでいて楽しかったです!これからの色々なジャンルで頑張ってください!

2025.06.22 糸冬

感想ありがとうございます。
第二次大戦系の架空戦記で、これだけの長さの作品ははじめての挑戦で、しかも自転車操業で書く形になったので、いろいろ至らない部分もあったかと思います。楽しんでいただけたのなら幸いです。
一作品書き上げたことで、いろいろと学びもありましたので、次回作以降に活かしていきたいと思っています。

解除
ZUIKAKU2604
2025.06.21 ZUIKAKU2604

商船改装空母という、活躍させる展開が難しいジャンルに挑戦された作品です。竣工までの課題や経緯を丁寧に描写しているので、読み進める程に浅間丸の勇姿が目に浮かびます。糸冬さんの前作と設定が繋がっている点もあるので、併せて読むと面白かったです。

2025.06.22 糸冬

感想をいただきありがとうございます(誤字指摘もありがとうございました)。

おかげさまでどうにか完結にこぎつけることができました。

またこのジャンル(架空戦記)で何か書いた時には、お付き合いいただけると幸いです。

解除

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