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第1部
4話 辺境への旅路と手酷い出迎え
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私はその日のうちに、ポーションとその材料と道具と共に幌付き荷馬車に乗せられ、辺境まで連れて行かれました。
私自身の持ち物はありません。
酷く揺れる荷台の上で、ぐったりと身を横たえていました。
何度か吐き気が込み上げましたが、胃液もでません。喉が痛くて泣きそうになっただけで、涙すら出ませんでした。
「おいクズ!さっさと出てこい!」
日に何度か外に出されて、御者からわずかな水とカビたり腐っているパンを与えられます。
御者はワインを飲んで大きなパンを齧りながら「なんだって俺が辺境なんかに行かねえといけねえんだ」だとか「クズのせいだ」と言って、私を睨んだり叩いたりします。
「けっ!本当に婆みてえな白髪頭だな。陰気な顔で身体もガリガリで……。生かして辺境に届ければ何してもいいって言われたが、使う気にならねえ。おら!さっさと水を汲んで来い!」
毎日、毎日、私は罵られ叩かれ蹴られました。
いつもと違い、ポーションの毒味の一匙が飲めないので傷も疲労も治せません。
荷馬車の中にポーションの詰まった木箱がありますが、辺境騎士団の皆様のためのものなので飲めません。
私の身体はどんどん弱っていきました。一週間が経つ頃には、ずっと意識が朦朧としていました。
それでも、久しぶりに見る外の世界は美しかった。
人目を避けるためでしょう。馬車が止まるのは静かで草木豊かな場所が多く、私に束の間の安らぎを与えてくれました。
ああ、今は春だったのですね。
あたたかい日差しと、柔らかな風が傷んだ肌を撫でます。道端に咲いているのは薄紅色の花。確か、プリムローズという名前の花です。
いつだったか、教えてくれた方がいました。誰だったかしら?乳母?家庭教師?メイドのシアン?
いいえ、あの方は男性でした。低く優しい声がよみがえります。
『この花はプリムローズというんだ。君の瞳に似た綺麗な色だね』
ああ、そうでした。お茶会のお兄様です。鮮やかな青色の瞳を細めて教えてくださったのです。
「なにをボサッとしてる!さっさと乗れ!」
少しの間だけですが、美しい記憶を思い出せました。そうです。お茶会のお兄様は引く優しい声をしていました。
とても嬉しいです。こんなに優しく美しい記憶があるなんて、私は幸せものですね。
◆◆◆◆◆
荷馬車に揺られて半月経つ頃でした。
とうとう、魔境との境界である辺境の地ミゼール領に到着しました。
「着いたぞ!さっさと出ろ!」
御者の怒鳴り声で目を開けました。
もう、体力も気力も残っていません。身体中が擦り傷と打ち身だらけで、指を動かすのも辛いです。頭の中が霞がかったようになっています。
それでもなんとか自分の足で立ち、荷馬車から出ました。冷たい風が私の髪と肌を撫でます。
そして私は、眼前の光景に息を呑んだのです。
「凄い……」
まず目に入ったのは巨大な城壁です。アンブローズ侯爵家の屋敷を取り囲む柵より、いえ、屋敷そのものよりもずっと高く、広大な範囲に渡ってそびえています。
城壁の奥には、さらに巨大な城があります。
恐らくこの巨大な城が、ミゼール領の領城であり辺境騎士団の本拠地であるミゼール城なのでしょう。
城壁があるので全ては見えませんが、大きさは王都の王城と変わらないように見えます。
ただし、それ以外は何もかもが違います。
王城はまばゆい白い城壁に繊細な彫刻が施され、淡い緑色と金色で品よく彩られていました。
ミゼール城はくすんだ暗い色の城壁で、装飾は一切ありません。
また、王城は平地に建てられており、周辺は城下町でしたが、ミゼール城は岩山の上に建てられている様子でした。
呆然と城を見上げていると、城壁の門のあたりから何人かがこちらに来ました。
鎧を着て槍を持つ、衛兵様らしき三人。
黒い装束に帯剣している、騎士様らしき一人の四人です。
「お前はそこで待ってろ!逃げたら殺すからな!」
御者は言い捨てて、四人に話しかけに行きました。
私は言われた通り馬車の側に立ち、ぼんやりと御者と四人のやり取りを見ていました。
話し声は聞こえませんが、ある程度の様子はうかがえます。
御者が愛想笑いをして頭を下げているだとか、衛兵様たちが顔を見合わせているだとか、騎士様は細身の若い男性で明るいオレンジ色の長髪をしていて……。
「……どうしたのかしら?」
最初は普通に話している様子でしたが、だんだんと不穏な様子になっていきます。
どうやら騎士様が、御者に詰め寄って何かを言っています。御者は怯えた様子で身を縮めていますが、追求はとまりません。
「俺は何も知らねえです!許して下さい!」
「そんなはずはない!隠し立てするか!下郎!」
とうとう、御者の叫び声と騎士様の怒鳴り声が聞こえるようになりました。
衛兵のうち一人が門へと駆けていきます。
一体、何が起こったのでしょうか?
私が当惑していると、騎士様と目が合いました。髪と同じオレンジ色の瞳はギラギラと光っていて身がすくみます。
「あっ!アイツです!きっとアイツが余計なことをしたんだ!」
「え?」
御者が私を指差して叫んだと同時に、騎士様は猛然とこちらに走ってきました。
「貴様か!」
あっという間に距離がつまり、騎士様は私の胸ぐらを掴んで持ち上げます。
「きゃっ……?!うぅっ……!」
苦しさにうめきつつ顔を上げると、整った顔を憤怒に染めた騎士様と目が合いました。
オレンジ色の瞳は怒りに燃え上がり、口が嫌悪に歪みます。
「貴様!魔力無しのルルティーナだな!ララベーラ様をどこにやった!」
「ぁうっ……!……うぐっ!……っ!」
激しく揺さぶられ、息ができません。気が遠くなり、このまま死んでしまうのか。ああ、その方がまだ幸せかなと思いました。
気を遠くしていると、ガシャガシャと音がしました。
「おやめ下さい!無抵抗の少女に何をなさっているのですか!」
どうやら、残った衛兵様たちが駆けつけて下さったようです。
「お鎮まりください!不審なところがあるなら、まずは取調べを……!」
「うるさいぞ平民出が!私に命じる気か!《雷撃!》」
騎士様の詠唱が終わった瞬間、雷撃が鞭のように放たれ衛兵様たちを攻撃しました。
「うわっ!」
「な、何をなさいますか!」
なんてことでしょうか!お仲間に向かって攻撃したのです!衛兵様たちは俊敏に飛び退いて無事ですが、当たっていれば無事では済まなかったでしょう。
「次は外さん。消し炭になりたくなければ邪魔をするな」
「無許可での魔法行使は軍規違反だ!」
「今すぐその少女を離して剣を捨てろ!」
衛兵様たちは目の色を変え、槍を構えて間合いをはかります。
しかし。
「愚か者どもめ!《雷の鉄槌!》」
「ぎゃああっ!」
「ぐああぁっ!」
詠唱と共に剣を振り下ろした瞬間、巨大な雷が衛兵様たちの頭上に現れて落ちました。
衛兵様たちは避けきれず、脚や腕に雷を受けてしまいます。
「ははは!いい気味だ!平民の衛兵ごときが私の邪魔をするからだ!」
崩れ落ちるお二人を嘲笑う高笑い。あまりのことに吐き気が込み上げます。
「っ!」
ガッ!と顎を掴まれました。ギラギラ光るオレンジ色の瞳が私を覗き込みます。
「次は貴様の番だ。ララベーラ様は何処にいる?
先触れは『ララベーラ様のご意志で妹でありポーション職人のルルティーナに代わった』などと言っていたが、そんなはずはない。
……そうだ!あるはずがない!あのお方は私に約束した!必ずこの辺境まで会いに来ると!高潔な癒しの聖女であるあのお方が約束を違えるはずはない!
貴様が何かしたのだろう!あのお方に成り代わろうとでもしたか!魔力無しのクズが!身の程を知れ!」
言われたことの半分もわかりませんが、私も雷で撃たれることだけはわかりました。今度こそ死んでしまうのでしょう。
そう思った瞬間でした。
「答えろ魔力無しのルルティ……ぎゃあっ!」
悲鳴と共に拘束から解放されます。
そして崩れ落ちかけた身体を、力強い腕が抱き止めて下さいました。
「ルルティーナ嬢、もう大丈夫だ」
私自身の持ち物はありません。
酷く揺れる荷台の上で、ぐったりと身を横たえていました。
何度か吐き気が込み上げましたが、胃液もでません。喉が痛くて泣きそうになっただけで、涙すら出ませんでした。
「おいクズ!さっさと出てこい!」
日に何度か外に出されて、御者からわずかな水とカビたり腐っているパンを与えられます。
御者はワインを飲んで大きなパンを齧りながら「なんだって俺が辺境なんかに行かねえといけねえんだ」だとか「クズのせいだ」と言って、私を睨んだり叩いたりします。
「けっ!本当に婆みてえな白髪頭だな。陰気な顔で身体もガリガリで……。生かして辺境に届ければ何してもいいって言われたが、使う気にならねえ。おら!さっさと水を汲んで来い!」
毎日、毎日、私は罵られ叩かれ蹴られました。
いつもと違い、ポーションの毒味の一匙が飲めないので傷も疲労も治せません。
荷馬車の中にポーションの詰まった木箱がありますが、辺境騎士団の皆様のためのものなので飲めません。
私の身体はどんどん弱っていきました。一週間が経つ頃には、ずっと意識が朦朧としていました。
それでも、久しぶりに見る外の世界は美しかった。
人目を避けるためでしょう。馬車が止まるのは静かで草木豊かな場所が多く、私に束の間の安らぎを与えてくれました。
ああ、今は春だったのですね。
あたたかい日差しと、柔らかな風が傷んだ肌を撫でます。道端に咲いているのは薄紅色の花。確か、プリムローズという名前の花です。
いつだったか、教えてくれた方がいました。誰だったかしら?乳母?家庭教師?メイドのシアン?
いいえ、あの方は男性でした。低く優しい声がよみがえります。
『この花はプリムローズというんだ。君の瞳に似た綺麗な色だね』
ああ、そうでした。お茶会のお兄様です。鮮やかな青色の瞳を細めて教えてくださったのです。
「なにをボサッとしてる!さっさと乗れ!」
少しの間だけですが、美しい記憶を思い出せました。そうです。お茶会のお兄様は引く優しい声をしていました。
とても嬉しいです。こんなに優しく美しい記憶があるなんて、私は幸せものですね。
◆◆◆◆◆
荷馬車に揺られて半月経つ頃でした。
とうとう、魔境との境界である辺境の地ミゼール領に到着しました。
「着いたぞ!さっさと出ろ!」
御者の怒鳴り声で目を開けました。
もう、体力も気力も残っていません。身体中が擦り傷と打ち身だらけで、指を動かすのも辛いです。頭の中が霞がかったようになっています。
それでもなんとか自分の足で立ち、荷馬車から出ました。冷たい風が私の髪と肌を撫でます。
そして私は、眼前の光景に息を呑んだのです。
「凄い……」
まず目に入ったのは巨大な城壁です。アンブローズ侯爵家の屋敷を取り囲む柵より、いえ、屋敷そのものよりもずっと高く、広大な範囲に渡ってそびえています。
城壁の奥には、さらに巨大な城があります。
恐らくこの巨大な城が、ミゼール領の領城であり辺境騎士団の本拠地であるミゼール城なのでしょう。
城壁があるので全ては見えませんが、大きさは王都の王城と変わらないように見えます。
ただし、それ以外は何もかもが違います。
王城はまばゆい白い城壁に繊細な彫刻が施され、淡い緑色と金色で品よく彩られていました。
ミゼール城はくすんだ暗い色の城壁で、装飾は一切ありません。
また、王城は平地に建てられており、周辺は城下町でしたが、ミゼール城は岩山の上に建てられている様子でした。
呆然と城を見上げていると、城壁の門のあたりから何人かがこちらに来ました。
鎧を着て槍を持つ、衛兵様らしき三人。
黒い装束に帯剣している、騎士様らしき一人の四人です。
「お前はそこで待ってろ!逃げたら殺すからな!」
御者は言い捨てて、四人に話しかけに行きました。
私は言われた通り馬車の側に立ち、ぼんやりと御者と四人のやり取りを見ていました。
話し声は聞こえませんが、ある程度の様子はうかがえます。
御者が愛想笑いをして頭を下げているだとか、衛兵様たちが顔を見合わせているだとか、騎士様は細身の若い男性で明るいオレンジ色の長髪をしていて……。
「……どうしたのかしら?」
最初は普通に話している様子でしたが、だんだんと不穏な様子になっていきます。
どうやら騎士様が、御者に詰め寄って何かを言っています。御者は怯えた様子で身を縮めていますが、追求はとまりません。
「俺は何も知らねえです!許して下さい!」
「そんなはずはない!隠し立てするか!下郎!」
とうとう、御者の叫び声と騎士様の怒鳴り声が聞こえるようになりました。
衛兵のうち一人が門へと駆けていきます。
一体、何が起こったのでしょうか?
私が当惑していると、騎士様と目が合いました。髪と同じオレンジ色の瞳はギラギラと光っていて身がすくみます。
「あっ!アイツです!きっとアイツが余計なことをしたんだ!」
「え?」
御者が私を指差して叫んだと同時に、騎士様は猛然とこちらに走ってきました。
「貴様か!」
あっという間に距離がつまり、騎士様は私の胸ぐらを掴んで持ち上げます。
「きゃっ……?!うぅっ……!」
苦しさにうめきつつ顔を上げると、整った顔を憤怒に染めた騎士様と目が合いました。
オレンジ色の瞳は怒りに燃え上がり、口が嫌悪に歪みます。
「貴様!魔力無しのルルティーナだな!ララベーラ様をどこにやった!」
「ぁうっ……!……うぐっ!……っ!」
激しく揺さぶられ、息ができません。気が遠くなり、このまま死んでしまうのか。ああ、その方がまだ幸せかなと思いました。
気を遠くしていると、ガシャガシャと音がしました。
「おやめ下さい!無抵抗の少女に何をなさっているのですか!」
どうやら、残った衛兵様たちが駆けつけて下さったようです。
「お鎮まりください!不審なところがあるなら、まずは取調べを……!」
「うるさいぞ平民出が!私に命じる気か!《雷撃!》」
騎士様の詠唱が終わった瞬間、雷撃が鞭のように放たれ衛兵様たちを攻撃しました。
「うわっ!」
「な、何をなさいますか!」
なんてことでしょうか!お仲間に向かって攻撃したのです!衛兵様たちは俊敏に飛び退いて無事ですが、当たっていれば無事では済まなかったでしょう。
「次は外さん。消し炭になりたくなければ邪魔をするな」
「無許可での魔法行使は軍規違反だ!」
「今すぐその少女を離して剣を捨てろ!」
衛兵様たちは目の色を変え、槍を構えて間合いをはかります。
しかし。
「愚か者どもめ!《雷の鉄槌!》」
「ぎゃああっ!」
「ぐああぁっ!」
詠唱と共に剣を振り下ろした瞬間、巨大な雷が衛兵様たちの頭上に現れて落ちました。
衛兵様たちは避けきれず、脚や腕に雷を受けてしまいます。
「ははは!いい気味だ!平民の衛兵ごときが私の邪魔をするからだ!」
崩れ落ちるお二人を嘲笑う高笑い。あまりのことに吐き気が込み上げます。
「っ!」
ガッ!と顎を掴まれました。ギラギラ光るオレンジ色の瞳が私を覗き込みます。
「次は貴様の番だ。ララベーラ様は何処にいる?
先触れは『ララベーラ様のご意志で妹でありポーション職人のルルティーナに代わった』などと言っていたが、そんなはずはない。
……そうだ!あるはずがない!あのお方は私に約束した!必ずこの辺境まで会いに来ると!高潔な癒しの聖女であるあのお方が約束を違えるはずはない!
貴様が何かしたのだろう!あのお方に成り代わろうとでもしたか!魔力無しのクズが!身の程を知れ!」
言われたことの半分もわかりませんが、私も雷で撃たれることだけはわかりました。今度こそ死んでしまうのでしょう。
そう思った瞬間でした。
「答えろ魔力無しのルルティ……ぎゃあっ!」
悲鳴と共に拘束から解放されます。
そして崩れ落ちかけた身体を、力強い腕が抱き止めて下さいました。
「ルルティーナ嬢、もう大丈夫だ」
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