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RESTART──先輩と後輩──

狂源追想(その七)

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 色々な、本当に色々な出来事があった広間ロビーから。ようやっと俺はジョニィさんに連れ出された。

 ジョニィさんに案内された先にあったのは、『大翼の不死鳥フェニシオン』の執務室。彼曰く、その部屋にGMギルドマスターがいるらしい。

 それを聞き、俺は否応にも緊張してしまう。しかし、この程度のことで立ち止まっている訳にはいかない。夢の為にも、目標の為にも。そして────憧れの為にも。

 そんな俺の心情を細やかに汲み取ったのか、ジョニィさんが一歩前に出て、執務室の扉を軽く叩いた。

「GM!俺だ、ジョニィだ!アンタが呼んでるってんで、今来たとこだぜ!あとついでにこっちからも話があるんだ!」

 扉に────正確にはその向こうにいるであろう人物に言葉を投げかけるジョニィさん。すると、少し遅れて部屋の中から落ち着いた男性の声が響いた。

「そんな大きい声を出さずとも、ちゃんと聞こえているし聞き取れもするよ。さあ、中に入るといいよ」

「そうかぁ!?前の時はいくら呼びかけたって、返事の一つすらなかったじゃあねえかッ!」

「……まあ、そんなこともあったね」

「ったく……んじゃ遠慮なく入らせてもらうぞ」

 そうしてジョニィさんと部屋の向こうの者との会話は一旦終わり。会話を終えたジョニィさんはその言葉通り、扉のノブを無造作に掴み、握り、そして捻った。

 ギギィ──若干の年季を感じさせる、軋んだ音を伴いながら。ジョニィさんの手によってゆっくりと、部屋の扉は開かれた。





「やあ。とりあえず一ヶ月ぶりだねって、挨拶をさせてもらうとするよ」





 執務室の中にいたのは、やはり一人の男性だった。僅かばかりに色素の抜けた、黄色が混じる茶髪。知的な印象を抱かせる眼鏡の奥にある瞳も、それと同じ色をしていた。

 ──この人が……。

 この男性こそ、『大翼の不死鳥フェニシオン』の二代目GMにして、元《S》冒険者ランカー。それもメルネさんと同じく、しかし彼の場合は彼女よりも前に当たる、第二期『六険』。その頂点たる、第一位。

「……おや?ジョニィ、君の後ろにいる青年は一体……?」

 男性────グィン=アルドナテさんは、ジョニィさんの背後に立つ俺のことに気づき、不思議そうに彼に訊ねる。ここで透かさず俺は出るべきだったのだが、それよりもずっと早く。

「おお、こいつか?こいつはズバリ、この冒険者組合ギルドの所属志望者だぜGM。俺からアンタへの話ってのはそれさ」

 と、親切にもジョニィさんがグィンさんに説明しながら、俺の前から横へと移動した。

「志望者……」

 俺のことを眺めながら、呆然とグィンさんが呟いて。瞬間、出るならばここしかないと決断を下した俺は、口を開く────その直前。

「ちなみに名前はライザー。ライザー=アシュヴァツグフ!才能ある若者って奴さ!」

 ……ジョニィさんの行動は感謝すべき、素晴らしいものだった。だが、そのおかげで俺は口を開くタイミングを失い、結果無言でその場に突っ立っていることしかできなかった。

 ──こ、これは不味い……。

 こちらが名乗る前にジョニィさんにこちらの名を繰り出され、ではその次に自分は一体何を言えばいいのか。『暴剣』の通り名で畏れ敬われ、冒険者としての功績を積みに積み立て重ね続けた、偉大な人物にして。

 セトニ大陸中央国、中央都『世界冒険者組合ギルド』本部を襲った暴力主義者テロリスト────『魔人』クレヒトを討ち、本部を救った英雄の一人であるグィンさんを前にしてしまっては、そんな些細なことですら咄嗟に考えられない。俺の精神力はそこまで強靭かつ図太くはなかった。

 が、そんな俺の心情を鋭敏にも見抜いてくれたのか。余裕ある微笑を携えて、グィンさんが言う。

「なるほどね。どうも、初めましてアシュヴァツグフ君。私はグィン=アルドナテ。既に知っているだろうけど、これでも『大翼の不死鳥』のGMをやらせてもらっているよ」

 グィンさんの声音は、とても柔らかで、とても穏やかで。そして、とても優しかった。彼の声に耳を傾けていると、自然とこちらの緊張も緩み、解けていく。

「……は、はい。こちらこそ、どうかよろしくお願いします」

 だからか、気がつけば。俺は俺の知らぬ間に、俺の口からそんな言葉を溢していた。

「うん。礼儀正しいね。君の隣にいる者にも、是非見習ってもらいたいものだね」

「おいおい。俺とアンタの付き合いで礼儀を持ち出すなんざ、もはや今さらって話だぜGM」

「ジョニィ。君は親しき仲にも礼儀ありという言葉を、その頭の中に詰め込んだ方が良いと私は思うよ」

「勘弁願いたいなそりゃあ」

 ……およそ、それがGMとその組合に属する冒険者の会話だとは、俄には信じ難かった。しかしそれは今目の前で繰り広げられた、歴とした現実である。

 ──グィンさんの器の広さ……そしてジョニィさんの堂々とした振る舞い。流石は『大翼の不死鳥フェニシオン』と言うべきだな……。

 と、関心に浸る俺を他所に。ジョニィさんがグィンさんに訊ねる。

「そういや我らがGMよ。何やら俺に話があるらしいじゃねえか。そりゃ一体何なんだ?」

 ジョニィさんの質問に。グィンさんは少しの沈黙を挟んでから、その口をそっと開かせた。

「まあそれはそうなんだけど、今は君の方を優先するよ。それで、彼……アシュヴァツグフ君が『大翼の不死鳥』への所属を志望しているという話、是非とも詳しく聞かせてくれないかな」

 そうして、またも訪れた口を開くタイミング。ここで透かさず俺は口を開き、試験の合格をより確実なものとしなければならない。

 そう考え、そして意を決し。丁度一秒が過ぎたその時、俺は口を開く。

「は「そうそう!俺ぁ断言させてもらう。この坊主ボウズには才能がある。それも凄えのが、なっ!アンタも嘆いていただろ?ここいらでとびっきりの新人が欲しいって。その新人こそ、こいつ……ライザー=アシュヴァツグフだ!」

 ………またしてもジョニィさんに口を挟まれ、俺は何も言えなかった。いやまあ、この人に悪意はない。それはわかっている。……だからこそ、質が悪いのである。

 ──確かに、確かに俺のことを紹介してくれるって、言ってくれたけども。これは、これは……ッ。

 しかし当人が当人である為、文句なんて言える訳もなく。やはり俺はただ、その場に立ち尽くしていることしかできない。

「ってことで、よろしく頼むぜ。我らがGMギルドマスター

「……いや、急にそんなことを言われても。こっちはただただ困惑するしかないんだけど?」

 実に清々しく爽やかな笑顔でそう告げたジョニィさんに、ひたすらに当惑した言葉を漏らすグィンさん。それから彼は仕方なさそうにため息を吐いたかと思うと、固まる俺の方にその顔を向けた。

「まあ、うん。どちらにせよ、君からこれを聞かせてもらえないと、全ては何も始まらない──────冒険者ランカーを志す若き青年、ライザー=アシュヴァツグフ。『大翼の不死鳥フェニシオン』二代目GMギルドマスター、グィン=アルドナテが問おう」

 まるで別人だった。今、自分が見ている前で、全くの別人と入れ替わったのだと。そう錯覚せざるを得ない程までの、変貌ぶりであった。

 顔つき、雰囲気。それら全てを一変させたグィンさんが、俺に訊ねる。

何故なにゆえに、冒険者を目指す?一体何の為に、冒険者の道に進まんとする?」

 ──何故……何の、為に……。

 この執務室に入ってから、グィンさんと対面した時から。まともに自分の言葉を繰り出せないでいた俺であったが、それを訊かれた瞬間────



「夢の為。目標の為。そして、憧れの為。それら全てが俺の、冒険者を目指す理由です」



 ────するりと、呆気なく。一切の淀みなく、その言葉が口から滑り出していた。それだけは、絶対の絶対に譲れないものだった。

 数秒、執務室は静寂に包まれて。俺のことを射抜くように見据えていたグィンさんは────フッと、不意にその表情を和らげさせた。

「良いね。我が組合への冒険者試験、君には是非とも受けていってほしい。その結果がどうであれ、ね」

「……ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 これで、遂に。ようやっと出発点スタートラインに立つことができたのだと。俺はその現実を噛み締めるように受け止め、認識し、どうしようもなく歓喜に打ち震えてしまう。そんな俺に、ジョニィさんが激励の言葉を投げかけてくれる。

坊主ボウズ。お前なら絶対に合格できるはずさ。それはこの俺が、『大翼の不死鳥』最強冒険隊チーム、『夜明けの陽』の隊長リーダーであるジョニィ=サンライズが保証させてもらうぜ」

「は、はい。俺、頑張ります!絶対に、合格してみせます!」

「おうおう、その意気だ。なぁに安心しな、坊主の門出には付き合ってやるからよ」

 と、試験に向けて意気込む俺に。グィンさんが最初と同じ、柔らかで落ち着いた声音で訊ねる。

「アシュヴァツグフ君。これは個人的に気になることなんだけども、君がいいのなら私に教えてくれないかな。君が言うその夢、目標……憧れ。それらについて、詳しく」

「え?……あっ」

 グィンさんの質問によって、俺は思い出した。確かに自分は『大翼の不死鳥』の冒険者になる為に、ここまで来た。しかしそれは、あくまでもに過ぎない。まだ、その先がある。

 情けないことに今の今まで、俺はそれを忘れてしまっていた。そんな自分を浅はかな薄情者と罵りながら、俺は即座に口を開く。

「すみません。実は俺……今すぐにでも会いたい人がいるんです。《SS》冒険者ランカー、『炎鬼神』────ラグナ=アルティ=ブレイズさんに、会いたいんです!」

 グィンさんの質問に対して答えられなかったことを申し訳なく思いながらも、俺はそれを抑えられなかった。そんな俺の言葉を聞いた彼は、眼鏡の奥にある双眸を僅かばかりに見開かせて、そして──────

「……残念ながら、それはできない。何故なら今、ラグナは……の身なんだ」

 ──────と、心苦しそうに言うのだった。
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