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ARKADIA──それが人であるということ──

ラグナちゃん危機一髪?──『妖精聖剣』

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「せっかくブレイズさんのLvレベルも、性別も元に戻してあげようと思って呼んだのに……」

 何気なく、まるでそう大したことではないかのように。ポツリと呟かれたフィーリアさんのその一言で、時間でも止まったかのように、一瞬にしてこの場が静まり返る。

「……?」

 ただ一人、例外であるフィーリアさんが固まる僕と先輩に対して小首を傾げ────ようやく、僕ら二人もハッと我に返り、直後凄まじい勢いで先輩がフィーリアさんに詰め寄った。

「ど、どういうことだよそれッ!?Lvも、性別も元に戻すって、そんなことできんのか!?」

 今にもフィーリアさんに掴みかからんばかりに、先輩が声を荒げてそう訊ねる。流石の彼女もその鬼気迫る勢いに若干押されながらも、先輩に対して答える。

「え、ええ……できます。戻せますよ。なにせ、私にはその手段がありますから」

「う、嘘だろ……?マジか?マジでか!?」

「マジです。マジですから、ブレイズさん一旦落ち着きましょう。落ち着いて一回私から離れましょう」

 そう言って、至近距離にまで迫った先輩を押し戻すフィーリアさん。そんな二人のやり取りを、僕は呆然と眺めていた。……いや、そうすることしか、できなかった。

 ──元に、戻せる……?先輩を、元に……?

 はっきり言って、信じられなかった。とてもではないが、にわかには信じ難かった。畏れ多くも、《SS》冒険者ランカー──『天魔王』フィーリア=レリウ=クロミアのその言葉を、僕はすぐには受け入れられなかった。

 それはそうだろう。一体どのような手段があるのか。Lvも、性別も元に戻す──あの頃の、正真正銘の《SS》冒険者、僕が尊敬し、そして僕のずっと遥か彼方に立つ、『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズに戻す、ことなど。

 そんなの、そんなもの、奇跡にでも頼るしかないはずだ。……この人は、フィーリアさんはその奇跡を────起こせる、のだろうか。

 ──本当に、可能……なのか?

 思わずはしゃぐ先輩を他所に、僕も微かばかりに震える声音で、恐る恐るフィーリアさんに訊ねる。

「あの、フィーリアさん……先輩のLvも、性別も……全部元に戻せる、なんてこと……そんなこと、本当にできるんですか?」

 場合によっては失礼にあたるだろう僕のその問いかけに──フィーリアさんは眉一つ顰めさせず、それどころか満面の、これ以上にないくらいに自信に満ち溢れた笑顔で答えた。

「はい。私にはそんなことが本当にできちゃいます。『天魔王』の名は伊達ではないということですよ」

 そう言うや否や、彼女は無言で、まるでポケットに手を突っ込むように【次元箱ディメンション】を発動させる。だがかなり小さいもので、そこにフィーリアさんが躊躇なく手を突き入れる。

「間抜けな話、私もこれ・・の存在をつい最近まで忘れてたんですよねえ。まあ滅多に使わないし、忘れちゃうのも無理はないというかなんというか」

 そう言って、フィーリアさんが【次元箱】からゆっくりと手を引き抜く────その手には、一本のナイフが握られていた。

「そう、これですこれ」

 言いながら、そのナイフを得意げに宙に翳すフィーリアさん。僕と先輩は、そのナイフに視線を集める。

 簡単に言うならば、果物ナイフだろう。しかし一般的なものと比べると少し小さめで、だがやたら凝った装飾が施されており、果物を切るのに使うのは、少々躊躇うほどに美麗である。

 僕と先輩がそのナイフを眺める中、これまた得意げにフィーリアさんが言う。

「『妖精聖剣フェアリーテイル』──それがこの、妖精の国に代々伝わる秘宝の名です」

 ──『妖精聖剣』……それはまた、凄い名前だな。

 いや、それよりもなんでそんなものをこの人は持っているんだろう。そもそも、妖精の国とは一体──後から遅れてそういった疑問が僕の頭を占める中、



「一日に三回までならどんな願いでも叶えてくれる、ちょっと素敵な道具アイテムなんですよ」



 ……と。フィーリアさんはさらりと、まるで大したことのないようにそう付け加えた。

 再度、この場を静寂に包まれ──すぐさま、先輩がそれを打ち破った。

「はあああああああ!?ちょ、それホントかっ?嘘じゃねえのかっ!?」

「本当ですよ。なんでわざわざ嘘吐かなきゃいけないんですか。あとブレイズさん声大きいですって」

 堪らず声を荒げて興奮する先輩と、依然落ち着きを払ってそんな先輩を窘めるフィーリアさん。そんな二人を前に、やはり僕はただ黙っていた。……いや、あまりの衝撃に言葉を失い、口を開けずにいたのだ。

 ──どんな願いでも、叶える道具……。

 それこそ、まさに奇跡としか言い様がない。先ほど僕は不安に思ったが、あまりにも烏滸おこがましいことだった。この人は奇跡を起こすどころか──奇跡そのものをその手に持ってきてしまった。

 呆然とする他ない僕を他所に、フィーリアさんが続ける。

「とはいえ、流石に制限とかはありますけどね。ですがそれさえ守れば、この『妖精聖剣』は使用者のどんな願いでも──たとえこの世界オヴィーリスの滅亡を望んだとしても、叶えてくれます」

「凄え……すっげえな!」

 なんとも語彙力のない称賛をフィーリアさんに──というか、彼女がその手に持つ『妖精聖剣』に対して先輩が送る。だが未だに口を開けない僕よりかは、まだ全然マシなのだろう。……と、ようやく僕が受けた衝撃も抜けてきた。

「……た、確かに。どんな願いでも、なんでも叶えてくれる道具なんて……凄過ぎますね」

 悲しいことに、僕も先輩と同等の称賛しか思いつけなかった。……とまあ、それは置いておくとして。

『妖精聖剣』──とにかく凄まじい道具ではあるが、その前にフィーリアさんの言う、その制限とやらが気になり、僕は彼女にその内容を訊ねる。

「フィーリアさん。その、『妖精聖剣』の制限って一体なんなんですか?やっぱり、それほどの道具ですから相応に重いんでしょうか……?」

 なにせ、あらゆる願いを叶えてくれるのだ。恐らく僕の想像を遥かに絶する制限なのだろう。人体に負荷がかかることは間違いない──それをフィーリアさんにかけさせるには、心苦しい。

 不安そうな僕の問いかけに、しかしフィーリアさんは依然と笑顔を浮かべながら答えてくれた。

「そう大したものじゃないです。使用者本人の、本来の魔力量によって叶えられる願いの規模が決まる──この道具の制限はただそれだけです」

「……へ?」

 思わず、ほぼ無意識に僕は己の口から、そんな間の抜けた声を漏らしてしまった。いや、それも無理はないだろう。なんだって、僕の想像を絶するほどに、『妖精聖剣』の制限とやらは軽かったのだから。

「つ、使うたびに寿命を削られたり……そういう制限じゃあ、ないんですか?」

「まっさかぁ。そんな制限でしたら私だって使わず【次元箱】の底に放っておきますよ」

「…………そう、ですか」

 つまり、だ。この道具を使うには魔力が高ければそれでいい。もしくは自分の願いに見合った魔力を身につければいい──ただ、それだけである。

 ──逆に、魔力がなければただの綺麗な果物ナイフってことにもなるけど……。

 呆然とする僕に、ですがとフィーリアさんが付け加える。

「例えば『億万長者になりたい!』という願いでしたら、私なら難なく叶えられます。しかし『無限の富が欲しい!』だと私でも叶えられません。願いの代価として、文字通り無限の魔力を要求されますからね。流石の私でも、魔力は有限ですからねえ」

「な、なるほど」

「でもブレイズさんを元に戻すという願いなら、私なら叶えられる……と思います。有限って言っても、たぶんこの世界で一番魔力量はあると思うんで」

 言いながら、えへんと胸を張るフィーリアさん。この人のその言葉には、これでもかという説得力が込められていた。

 ──……そうか。先輩を、ラグナ先輩を元の状態に……あの頃に、戻せるんだ……。

 正直なところ、実感がまるでない。性別に関してはまだしも、Lvは地道に、それこそ今やっている方法で上げる他ないと、僕はずっと思っていた。それしか方法はないんだと、結論を出していた。

 ……しかし、まさかこんな道具が存在するなんて、夢にも思っていなかった。これさえ、この『妖精聖剣』さえあれば、全てが元に戻る。全部、解決する。

 最強と謳われる三人の《SS》冒険者ランカー──その内の一人、『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズが、再びこの世界に帰ってくるのだ。

 もうこれ以上、僕が頑張る必要はない。先輩を元に戻そうと躍起になる必要もない。今の、か弱い少女となってしまっている先輩を守るために、強くなる必要も──ない。

 また、元に戻るだけだ。あの第一の厄災──『魔焉崩神』エンディニグルがオールティアに襲来する以前の、日常いつもの日々が戻ってくるだけだ。

 そのことに関して忌避感など微塵もない。そんなもの、抱くはずがない。また《SS》冒険者が三人となり、次の厄災──『理遠悠神』アルカディアへの対処が、より万丈となるのだから。

 ──そうだ。喜ぶべき、なんだ。

 そう思い、僕は先輩を見つめる。今の、可憐な赤髪の少女である先輩を見つめて────



「んじゃあ早速よろしく頼むぜ、フィーリア!」



 ────僕の視線に気づくことなく、これ以上にないくらいに嬉しそうに、先輩がフィーリアさんにそう言う。その姿を見て、目の当たりにして、僕はもう、なにも言えなくなってしまった。

「バッチ了解ですよ!さあ、とくとご覧になってください──この、『妖精聖剣フェアリーテイル』の力を!」

 そして、フィーリアさんも僕の様子に気づくことなく、己が手に持つ『妖精聖剣』を宙に掲げた。
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