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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────確かめに

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「え!?マジリカの住民たちが、突然昏倒したんですか?」

「ああ。私が見た限りでは、今あの街で意識を保っている者はほぼいない。全員が全員、全く同時に昏倒してしまった」

 いきなりは信じ難い話をしながら、僕とサクラさんは森の中を、木の枝や根に足を取られないよう注意しながら、しかし全力で疾走していた。一刻も早く、マジリカに戻る為に。

 サクラさんの話によれば、どうやら彼女の目の前で、突然マジリカの住民たちが次々と倒れ、そのまま動かなくなってしまい、慌てて確認したところ眠ってしまっているだけだったらしい。だがいくら起こそうとしても、起きる気配はなかったという。

 ──……じゃあ、僕が感じた、あの感覚・・は……。

 サクラさんの話を聞いて、僕の中で蟠りとなっていた疑問が解決する。実を言うと、先程マジリカの方から、不意に謎の魔力が一瞬波打ったような感覚を感じたのだ。が、感じた矢先そこからの記憶が飛んでおり……まあ、気がつけば僕は先輩の(不可抗力ながら)谷間に沈んでいた訳だ。

 あの感覚は、ひょっとして気のせいだったのではと思っていたが、サクラさんの話を聞いて確信した。恐らく、僕と先輩が森に行っている間、何かがマジリカで起こったのだ。僕の知る由のない、途轍もない何かが。

 一体、あの街で今何が起きているのか。それを確かめる為にも、サクラさんと共に一刻も早く戻らなければならない。こんなことなら、転移用の魔石を持っておくんだった。

 ……ちなみに、先輩はというと────



「見られた見られた見られたぁ……!」



 ────先程の光景を、僕のことを胸元に抱き締めている(傍目から見ればたぶんそうとしか映らない)ところを、よりにもよってサクラさんに見られてしまった羞恥に身悶えしながら、例によって僕におぶられている。以前ならともかく、今の先輩が僕とサクラさんに追いつける訳がないので。

 先輩は冗談抜きで羽毛のように軽いし、おぶるのは別にこれが初めてということもない。それにまあ、密着されることにもいい加減慣れたので、特に問題はない。……ないの、だが。

「うぅぅ……何だって、いつもこんな恥ずい目に遭わなきゃなんねえんだ……畜生」

 己の不運や災難を嘆き、堪らず愚痴を零して。先輩はぐりぐりと顔を押しつける。……どこに?無論、僕の首筋に。

 ──く、擽ったい……!

 先輩の鼻先が僕の首筋を擦り、先輩の吐息が僕の首筋を撫でる。その度に僕の全身をゾワゾワとした怖気にも似た感覚が巡り、思わず変な気分になってしまう。正直今すぐにでも顔を離して欲しかったが、穴があったら入りたいであろう今の先輩の心情を察してしまうと、顔を離してくださいなんて、とてもではないが言い出せなかった。

 結果僕に残された道は堪えるというものしかなく、少しでも首筋から気を紛らわそうと無心で走っている訳だが……果たして、気のせいだろうか。時折、先を走るサクラさんがこちらに向ける視線に、羨望と嫉妬が込められていると思ってしまうのは。

「まあとにもかくにも、だ。私たちは早急にマジリカに戻らなければな」

「は、はい!そうですね!」

「ではもう少し飛ばすとしよう──遅れるなよウインドア!」

「えっ?りょ、了解です!先輩、しっかり掴まっててくださいね」

「大体……あ?何──ってうわわ!?ちょま、落ちっ、クラハ落ちるぅ!」

 と、そんなこんなで。僕たち三人は急ぎマジリカに戻るのだった。




















 マジリカに戻った僕たち三人を待ち受けていたのは──不気味とさえ思ってしまう程の、静寂であった。

 確かにサクラさんの言っていた通り、マジリカの住民たちは地面に倒れていたり、建物の壁などにもたれかかっており、その全員が微動だにしていない。

 慌てて確認すると、息はしており、確かにこれもサクラさんの言っていた通り、どうやら眠っているだけらしい。しかしいくら肩を揺さぶろうが、何をしても目を覚ます気配は皆無であった。

 ──一体、今この街で何が起きているんだ……?

 明らかな異常事態を目の当たりにし、慄くように僕がそう思っていると、『輝牙の獅子クリアレオ』に向かっていたサクラさんが、浮かない表情で戻ってきた。

「ウインドア。向こうも大体同じ状況だったよ。……ただ、アルヴァ殿の姿はどこにもなかった」

「……そう、ですか」

 おおよそ、サクラさんの報告は予想通りではあった。アルヴァさんならば大丈夫だろうとは思っていたのだが……どこにもいないとは、一体どういうことなのだろう?

 ──……まさかとは、思うけど。

 この異常事態に、アルヴァさんが何かしら関わっている可能性が出てきてしまった。……それか、あるいは。

「それと、やはりフィーリアの姿もな」

 そう呟くサクラさんの表情は、何処か苦々しい。……そうだと考えたくはないが、今朝から姿を見せていないフィーリアさんも、怪し過ぎる。

 ──本当に、この街で何が起きて、何が起ころうとしてるんだ……!

「……?先輩、どうかしましたか?」

 ふと、そこで僕は先輩の様子が少しおかしいことに気がつく。マジリカに戻ってから、先輩は何処か上の空というか、何故か困惑したような表情を浮かべ、押し黙っていた。

「…………いや、なんか、さ」

 僕に声をかけられて、先輩は依然困惑しながら詰まり気味に口を開く。そしてある方向へ顔を向けながら、言った。

「あっちから、呼ばれてる気がすんだ……俺」

「呼ばれてる、ですか……?」

 僕も、先輩が顔を向けている方向に視線を移す。その先にあるのは確か────魔石塔のはずだ。

「……では向かうとしようじゃないか。どちらにせよ、手がかりはそちらにありそうだしな」

 黙ってしまった僕と先輩に、サクラさんがそう言葉をかけた。










 魔石塔の元へ向かった僕と先輩は、思わず驚愕せずにはいられなかった。それは無理もないだろう、何故なら昨日と今日で──その様がまるで違っていたのだから。

 元々ボロボロであった廃墟街はさらに崩れ、酷い有様となっており。そして広場に関しては一体何があったのか、総じて地面を覆う石畳は爆ぜ割れ、砕け散っていて、そこら中にクレーターのような凹みがいくつもある。まるで災害が通り過ぎた後のような、目も当てられない惨状であった。

 ……だか、その中でも一番に度肝を抜かれたのは────



「ナヴィアさんっ!?」



 ────倒れている、ナヴィアさんの姿であった。

「だ、大丈夫ですか!?ナヴィアさん!しっかりしてください!一体、ここで何があったんですか!?」

 僕は慌てて駆け寄り、そう声をかけながら力なく横たわるナヴィアさんの身体を、そっと慎重に抱き起こす。最初、彼女は意識を失っていたが──少し遅れて、非常に重たそうにその瞳を開いてくれた。

「……あなた、は……」

「クラハ=ウインドアです!ナヴィアさん、ここで一体何が……」

 ナヴィアさんは焦点の合わない視線を宙に巡らしてから、僕の方に向けて、それから微弱に震える手つきで僕の腕を掴んで、苦しそうに声を絞り出す。

「おね、がい……あのこを……フィリィを……とめ、て……」

 今にも泣き出しそうな程に、ナヴィアさんの声は震えていた。薄らと濡れた彼女の青い瞳が、僕の顔を見つめる。

「はやく、とめない……と……フィリィが、フィリィが…………いなく、なっちゃう……きえ、ちゃ……ぅ……!」

「……そ、それは、どういう……」

 僕が訊ねるとほぼ同時に、ナヴィアさんの瞳がゆっくりと閉じる。そして僕の腕を掴んでいた彼女の手から力が抜けて、だらりと滑り落ちる。どうやら、また気を失ってしまったらしい。

 フィリィ、というのは恐らくフィーリアさんのことだろう。……これでもう、信じ難いことではあるが……少なくともあの人がこの事態に何かしら関わっている、もしくは──引き起こした張本人だということが、確定してしまった。

 しかし、ナヴィアさんが言っていたことは、彼女の訴えは一体どういう意味なのだろう。フィーリアさんがいなくなる、消えてしまうとは……どういうことなのだろう?

 ナヴィアさんが残した言葉の不穏さに、言い知れない不安と焦りを感じていると、不意に先輩の声が頭上から降ってきた。

「お、おいクラハ。……前、見ろ」

「……え?前、ですか?」

 信じられないという風な先輩の言葉に、僕も視線を前方に向けて────瞬間、途方もない衝撃が僕を襲った。

「そんな、馬鹿な……」

 呆然と、そう声を漏らすしかなかった。恐らく、誰だってそうするだろうし、する他なかったはずだ。

 開いていた・・・・・。魔石塔の巨大な扉が、固く閉ざされていたはずのあの巨大な扉が、今ははっきりと、開かれていた。

 ……だが、異常はそれだけではない。というより、たぶんこちらの方がもっと重大で、より異常らしい異常だろう。

 砕けていた・・・・・。魔石塔を魔石塔たらしめていた、どんな手段を用いても破壊不可能と謳われていた、あの薄青い魔石が──無残にも粉砕されていた。

 まだ辛うじて残ってはいるが、それはもはや残骸としか呼ぶに値しないものであり、そして砕いた宿命から、その残骸も徐々に魔力となって、分解され始めている。このまま放っておけば──いずれ、あの残骸すらも消滅してしまうことだろう。

 ──なんて、ことだ。

 少なくとも昨日までは扉は開かれていなかったし、勿論魔石だってあんな風に粉砕されていなかった。それは確かな事実なのだ。

 一体誰が──そう考えて、僕はすぐにハッとなった。

 ──まさか、フィーリアさんが……!?

 信じたくはないが、こんなことあの人以外にできるとは到底思えない。というか、考えられない。

「…………」

 と、僕が愕然としていると──不意に、トンと軽く肩を叩かれる。咄嗟に叩かれた方に顔を向けると、いつの間にか僕のすぐ傍にまで、先輩が歩み寄っていた。

「……先輩?」

 先輩の顔には、困惑と──何故か、怯えが浮かんでいる。それに気づき、思わず声をかけると、僅かに震えた声を先輩は零す。

「声が、する」

 そう言って先輩がスッと、魔石塔を指差した。

「声、ですか……?」

 僕がそう訊き返すと、こくりと先輩は頷く。……その反応を見て、さらに僕の困惑は増した。

 先輩は声がすると言ったが、僕には何も聞こえていない。魔石塔の方からは、声どころか物音一つすら聞こえない。……というか、そもそも距離的に声や物音など、聞こえてくるはずがないのだ。

 ──もしかして、先輩にだけ聞き取れる、声のような何かしらの音でもしてるっていうのか……?

 僕がそう思っていると、今まで黙っていたサクラさんが、突然口を開いた。

「確かめに行こう。それが一番手っ取り早いだろうしな」

 そう言うサクラさんの眼差しは──真っ直ぐに、魔石塔の開かれた扉の奥の、深く濃い闇を見据えていた。

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