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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────十六年前(その十二)

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「そりゃあ予約アポもなしに無理だとはわかってたけどね……少しくらいは融通利かせろって話さ……まあ、いないんじゃあ仕方ないけどねえ」

 フォディナ大陸とセトニ大陸を結ぶ空域にて、そうアルヴァは忌々しく眼下に広がる海に向かって吐き捨てる。

『世界冒険者組合ギルド』に向かうと決め、早朝から自宅を発ち、目的地である『世界冒険者組合』が座する中央国にアルヴァが到着したのは、丁度午後のことだった。

 そうしてアルヴァは『世界冒険者組合』に着き、早速件の人物である、組合を治めるGND=Mグランドマスターに会おうとした。が、面会の予約も取らず、突然訪れた彼女が会えるはずもなかった。

 しかし、どうしてもヴィクターとの繋がりを確かめずにはいられなかったアルヴァは、それでもなんとか会おうと食い下がろうとした。が、そもそも今日はファース大陸へ出払ってしまっていると代理の者から説明されてしまい、歯痒く思いながらも彼女はGND=Mとの面会を諦めざるを得なかった。

 まあ、当然と言えば当然の結果だ。GND=Mは多忙の身──なんの脈絡も話もなく会えるような人物ではない。そんなことは冒険者ランカーはもちろんのこと、あまり関わりのない一般人ですらわかっていることだ。

 そこに気がつかないほどに、アルヴァは今焦っていた。

 ──仮にヴィクターが『世界冒険者組合』に繋がっていたとして、もしそうなら情報を流した奴がいる。そいつのせいで、フィーリアがあんなクソ野郎に目をつけられちまった。絶対見つけ出す……!

 そして必ず制裁してやる──そう固く心に誓いながら、アルヴァは急かすように今自分が跨っている、飛竜ワイバーンの腹を蹴りつける。彼女に蹴られ、まるで抗議でもするかのように鳴いて、今でもかなり出している速度をさらに上げ、陽が沈み始め青から茜に徐々に染まっていく空を駆け抜けていく──その時、突然アルヴァの懐が震えた。

「あ……?」

 アルヴァが一瞬だけ眉を顰め、それから仕方なさそうにため息を吐きながら、飛竜の背から落ちないようにしつつ、器用に片手を懐に突っ込む。そして数秒探って、今もなお震えている通話の魔法が込められた魔石を取り出した。

「誰だ!アタシは今話せる状況じゃ」

 ない──そう、アルヴァが言い終える前に、その魔石から声が響いた。

『アル……ヴァ……』

「……ジョシュア?」

 その声は、ジョシュアのものであった。しかし、何故かその声は酷く苦しげで、今にも消え入りそうなほどに弱々しい。そのことに対して疑問と不安を抱くアルヴァに、ジョシュアが続ける。

『落ち着、いて……ど、うか…聞いて、くれ……僕、も……余裕がない……から……単刀直入に、言う……』

「…………」

 一体何事か────そうアルヴァが思った矢先、ジョシュアが言った。



『フィーリアが、攫われ、た』




















「しっかし、本当に来るのか?」

 夜。やけに星が綺麗に輝く夜空の下、マジリカの廃墟街にてそんな気怠げな男の声が響く。その声に対して、また別の男の声が静かにこう返した。

「正直、わからんな。何せ大陸間の移動は一日かかる。往復ともなれば丸々二日だ」

「なるほどなあ。とすると……今回の依頼クエストは楽で良いや。こうして見張ってるだけで金が貰えるんだから」

 その言葉を受けて、気怠げな男は実に楽観的にそう呟く。すると先ほどの静かな男とは違う、二人に比べ厳格な男の声が窘めるように響いた。

「相手を考えて物を言え。今回、私たちが相手にするのは、そこらの魔物モンスターやチンピラじゃあないんだぞ」

「わかってるって。けどもう深夜近くだぜ?これはもう来ないんじゃ……」

 そこで、気怠げな男は止まり、先ほどまで緩んでいたその表情がやや緊張したように固まる。そして、何を思ったかその場から立ち上がった。

 その様子を見て、他の二人も察する。

「……噂をすればなんとやら。いよいよおいでなすった」

 気怠げな男がそう言った瞬間であった。



「誰かと思いきや、何だアンタたちかい」



 夜闇の向こうから、声がした。するとほぼ同時に、その声の主の姿が三人の眼前に晒される────現れたのは、アルヴァだった。

「……信じられん。片道ならまだしも、まさか往復で帰って来られるとは」

 本当に、心の底からあり得ないように。物静かな男が声を漏らす。対して、別の男は何故か妙に納得した様子で口を開く。

「流石はかつての『六険』第二位、『紅蓮』のアルヴァ様だ。常識というものを軽々と越していく。戦慄が全く止まらない」

 三人の男たちをアルヴァは黙って睥睨し、そして告げた。

「どういうつもりなのかは知らんし訊く気もない。……けど、老婆心で言ってやるよ。変な考え持たずにさっさと退きな。そうすれば、とりあえず痛い目見ずに済む」

 それは忠告というよりは、もはや警告の類であった。しかし、それに対して三人は──それぞれ構えを取った。

「悪いが、そうもいかないんだよなアルヴァさん。一応、俺たちも玄人プロ冒険者ランカーなんでね」

「私も同じだ。アルヴァ殿……貴女を、この先には行かせない」

 気怠げな男と物静かな男がそう言って、次に厳格な男が続ける。

「アルヴァ様。自分は魔道士として、貴女様を心の底から尊敬している。だからこそ、言わせてほしい。どうか、ここは退き下がってくれ」

「……」

 厳格な男の言葉を、アルヴァは黙って聞く。男は数秒の間を空け、そして言った。

「確かに、確かに貴女様は偉大だ。誰もが認める、この世界オヴィーリス最高の魔道士にして、後世に語られる『六険』第二位『紅蓮』のアルヴァ=レリウ=クロミアだ。……しかし、今となってはそれも過去の話。魔法も使えず、冒険者も引退した今の貴女様は、魔道士にも冒険者にも非らず。一対一ならばともかく……我ら三人に勝てる道理はない」

「…………」

 横から聞く分には、厳格な男の言葉は最もであった。そう、今のアルヴァにはかつての、現役であった全盛期の実力は欠片ほども残っていない──彼らがそう思い、そう考えるのは無理のない、当然のことだった。

 それはアルヴァ自身も一番よくわかっていたし、理解していた。だからこそ────彼女を深く憤らせた。

「わかった。自分てめえの選択だ、後悔すんじゃないよ」

 静かに、至って冷淡とアルヴァがそう言った瞬間──三人の目の前から、彼女の姿が掻き消えた。

「……な──

 ドズッ──厳格な男が呆けたような声を漏らした直後、彼の喉をアルヴァの貫手が突き刺す。そして彼女は間髪入れずに今度は彼の鳩尾を一切躊躇せず、遠慮容赦なく拳で突いた。

 ──ぎゅび」

 肺に取り込んでいた空気を無理矢理押し出され、まるで潰れた蛙のような、もはや声とは表せない音を凹んでしまった喉から絞り出して、厳格な男は白目を剥きそのまま失神し倒れた。

「……ば、なァっ?!」

 次に隣に立つ物静かな男が驚愕の声を上げて、その無防備に晒されていた顎をアルヴァの拳が掠める。その一撃は威力こそ全く込められていなかったが、完璧に物静かな男の脳全体を揺さぶった。

「が、ぐ……」

 脳震盪を起こし、堪らず男の身体がふらつき、そのまま膝から崩れ落ちる──直前、その後頭部をアルヴァの手が掴み、そして思い切り硬い地面に向かって叩きつけた。

 ゴチャッ──厳格な男の額と地面の間で、そんな嫌に生々しい衝突音が走る。男の身体が一度だけ痙攣したかと思うと、一拍置いて血溜まりが地面にゆっくりと、ジワジワと広がっていった。

「……ぼーっと突っ立ってる場合かい?」

 瞬く間に二人が倒され、しかし状況に追いつけていなかったのか呆然としていた気怠げ男は、アルヴァのその声によってハッと我に返ったように腰に手を伸ばす。そして掴もうとして──そこで初めて、気がついた。

 己の得物たる長剣ロングソードが、空の鞘だけを残して消えていることに。そして見てみれば、アルヴァの手によく見知った得物が握られていることに。

「い、いつの」

 ドッ──気怠げな男が言い終える前に、アルヴァは奪った長剣の柄で彼の顳顬こめかみを突いた。

「こういうことがあるから、得物使うんならある程度気を払った方が……って、言っても聞こえないか」

 失神し、呆気なく前のめりになって倒れた気怠げな男の近くに、言いながらアルヴァは奪い取った長剣を放り捨てる。そして視線を前方へと向けた。

「待ってな、ゴミクズクソ野郎」

 躊躇いもなく、一切の嫌悪感も隠さず、まるで汚物に向けて吐き捨てるように言って、アルヴァは一歩踏み出した。










「………想定よりも、少し早かったですね」

創造主神の聖遺物オリジンズ・アーティファクト』の塔、その最深部にて。十数名の仮面マスクを被った人間たちが、中央に聳え立つ巨大な魔石の周囲で忙しなく動く中、唐突にヴィクターがそう呟く。その、瞬間。



 バゴォッ──最深部への入口を塞いでいた防壁バリケードが、まるで紙のように吹き飛んだ。



「今度は随分な大所帯引き連れてるじゃあないか……ええ?ヴィクター」

 その声と共に、舞う砂埃から一つの影が──アルヴァが姿を現す。余裕綽々にこちらの方に歩いて来る彼女を見て、ヴィクターが淡々と呟く。

「はい。何せ計画プロジェクトも大詰めですから。万全に気を払ったまでです」

「そうかい。そんな死ぬほどどうでもいい話題はいらん。御託も結構。アタシがアンタから聞かされたいのは……」

 そう言おうとして、アルヴァが視線を頭上にやった時だった。そこで初めて、彼女の視界にその光景が映った。

 この場の中央にある巨大な魔石。今では中身・・が消え、空洞となっていたその中心部分に────全裸に剥かれたフィーリアの姿があったのだ。

「フィーリア!?」

 その姿を見て、アルヴァは叫ばずにはいられなかった。それに加え、フィーリアの手足を魔石が覆っており、まるで巨大な魔石が牢獄のように思えた。

「フィーリアちゃんでしたらご安心ください。あれはただ眠っているだけですし……本来、これが正しい使用法・・・ですから」

 そう説明しながら、魔石と一体化しているようにも見えるフィーリアから、ヴィクターは再度アルヴァが立っていた方向に顔を向ける。

 ヴィクターのすぐ眼前にまで、アルヴァが迫っていた。
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