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本当はずっと傷ついていた。

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 私が長い間に築き上げた彼との信頼関係は、マデリーンが商会に顔を出すようになってからは面白いように崩れていった。

 「大切なお姉様の家族になる方達と仲良くしたくて、それに庶民が買い求める物にも興味があるの。」

 マデリーンはその可愛らしい顔を綻ばせて、最もらしい事を言いながら彼に近づいた。

 だけど、どう見たってマデリーンの意識は私の婚約者にしか向いていない。
 私の家族になる筈の義両親には挨拶すらしなかった。
 
 それに、商品の説明をする彼の話に耳を傾けているフリをしているが、気も漫ろな様子で適当な返事をし、商品にもお店にもなんの興味もないようだった。

 それでも彼はマデリーンの様な美少女に自分の店を紹介できて、浮かれていた。

 


 「ねぇ、シャーリーン。庶民の暮らしに興味を持つなんて、君の妹は素晴らしい人だね。」

 マデリーンが帰った後にそう言われて、胸が打ち付けられたような気分になった。

 (庶民の暮らしに興味を持っただけで素晴らしい人?私なんて興味を持つどころか、貴方と結婚する為に、庶民の暮らしに身を投じているのに…………。)

 彼がどんな価値観を持とうがそれは彼の自由だ。貴族が庶民の暮らしに興味を持つのが素晴らしいというのならそれも良いだろう。
 だけど彼の熱の篭った眼差しを見ると、それは純粋な尊敬とは思えなかった。

 (また?またマデリーンに婚約者を奪われるの?)

 言いようのない焦燥感に囚われる。
イタチごっこのように次々と婚約者を奪われて、本当に何も感じなかった訳じゃない。
 
 ずっと傷付いた自分の心に蓋をしていただけだ。傷付いたと認めたら自分が惨めになるから……。

 恋が芽生える前であろうが、恋に繋がる感情に近いものをどの方にも感じていた。

 きっともっと時間をかけていれば恋に落ちていただろう。
 だけど全てがその前にマデリーンに摘み取られてしまった。

 (私はそんなにも魅力がない?)

 日に日に鏡を見るのが嫌いになる。以前はそうじゃなかった。
 これといって突出した美しさはないが、父にも母にも似た自分の顔には愛着があった。

 (でも、お父様もお母様もマデリーンを止めてくれない……。)

 今は両親の愛にさえ疑念を持ってしまう。
何度も婚約者を奪われて、すっかり社交界でも肩身が狭くなってしまった私に、お父様は何度も縁談を持って来てくださるが、マデリーンを酷く諌めたりはしなかった。

 お母様も、婚約破棄の度に私を憐れんでくださるが、マデリーンの我が儘を結局許してしまう。

 マデリーンが捨てた元婚約者達に頭を下げるのも、想像を遥かに超えて大変なことだろう。
 私だから婚約を許したのだと憤る元婚約者の両親達に、どう謝罪するか頭を悩ませていたのも知っている。

 だけど、いくら私が元婚約者のご両親に気に入られているからと言って、私にも謝罪させるなんてどうかしている。
 
 私は被害者でもあるのに、加害者の身内だからといって、私をふった婚約者とそのご両親に頭を下げなくてはいけないの??

 今までのどんなことよりも、屈辱的で、惨めで、悲しかった……。

 元婚約者も、そのご両親も、私を責めることはしなかった。
 寧ろ謝罪の場に私が駆り出されたことに困惑し、私に謝らせる訳には行かないと、謝罪を受け入れてくれる。

 許してくれなくて良かったのに……。

 マデリーンも、非常識な両親も、私も許してくれなくて良かった。

 醜聞にまみれたまま、社交界から家ごと消え去りたかった……。

 


 今の婚約者の顔を観察するように見る……。

 
 ああ、この顔はマデリーンに惹かれている顔だ。

 知らず知らずのうちに唇を酷く噛んでしまう。口に広がる錆びた味が、あの屈辱的な日々を思い出させる。

 また、婚約者を取られて、マデリーンに謝られて、社交界で噂されて、マデリーンが婚約者を捨てて…………私が両親と謝罪をする……。


 二度とごめんだ。あんな思いをするのは……。

 
 初めて感情のままに彼にマデリーンの所業を話した。

 貴族の噂に疎い彼に、我が家の醜聞を嘘偽りなく、包み隠さず話をした。

 「まさか、信じられない……。」

 「本当のことよ、社交界では有名な話だわ。少し調べればわかるはずよ……。」

 彼は疑がっていたようだけど、彼の両親が貴族とのツテのあるお得意様に頼んで調べ、私の話が真実だと証明されると、彼は青い顔で謝罪をしてくれた。

 「君を信じなくてごめん。あんな綺麗な子に関心を持たれて舞い上がってしまったんだ。」

 その言葉で、彼がマデリーンを憎からず思っていたことがはっきりとわかったが、そんなことはどうでも良かった。

 マデリーンの行いを信じて貰えたのだ。きっと今回はもう、彼はマデリーンには惹かれないだろう。

 それを裏付けるように、彼は私を今まで以上に大切にしてくれたし、マデリーンが店に来ても、追い出しこそしないが接客は、他の従業員に任せていた。

 マデリーンは不満そうにしていたけれど、何度声を掛けても釣れなくする彼にようやく諦めたのか、店に顔だすことは次第になくなった。

 ようやく負の連鎖が終わった。

 幸せになる未来がそこまできている。

 そう思ったのに、幸せになるあと一歩手前。結婚式まであと数日と言うときに、彼とマデリーンは駆け落ちという手で私を裏切ったのだ。
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