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第一章 めざせクロムサマスター
王女様、ご乱心!?
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ドアが閉まり、足音が遠ざかる。
私は身体の脇で拳を握り、声を限りに叫ぶ。
「クロムしゃまああああ、しゅきいいいいい☆」
事前に人払いをしたため、気にしない。
「『こちらこそ、よろしくお願いいたします。可愛らしい王女様』だって。『クロムで構いませんよ』って、言質取ったどおおおお! カッコ良くて優しいなんて、素晴らしすぎますわああああ」
クッションを振り回し、長椅子に激しく叩きつけた。
「あの神々しいお姿、予想以上だわ」
クッションを置いた私は、顔の前で手を組んだ。
「神様、クロム様、ゲームの制作会社様、ありがとおおおおお!! クロムしゃまあああ、大しゅきいいいいい!!!」
オタクの神に感謝の祈りを捧げ、そこでいったん深呼吸。
「ハア、ハア、ハア……。防音完備の部屋で良かったわ」
ひとまずすっきりした私は、愛する推しを頭に描く。
大好きなクロム様は、ゲームの展開上欠くことのできない暗殺者。
なのに単なるサブキャラで、攻略できないどころかアップのスチル――画像もなかった。出番が終わると闇に消え、二度と出てこない。
でも、後に発売されたファンブック『a piece of rose』には、雨の中にたたずむ彼の様子がはっきりと描かれていたのだ。
雨に打たれた捨て犬を、黒いコートの中で暖める優しい姿。寂しそうなその横顔。イラストに添えられた『心優しき暗殺者』の文字。
その絵に心を打たれた私は、クロム様を一生推そうと決意した。
だって、彼ほど寂しい目をした人を見たことがない。眺めるたび気にかかり、胸の奥が締め付けられたように痛くなる。
それは私が、不憫なキャラクターほど愛しく思える『不憫萌え』だから。
好きになるのはヒーローのライバルだったり、単なるモブだったり。漫画や小説、アニメでも推しは大抵脇役で、重要な役どころだとしてもあっさり退場してしまう。
「懸命に頑張る姿は美しいのに。どうして出番が少ないの?」
クロム様を推す理由はもう一つ。
それは彼が、私を元気にしてくれたから。
ゲームの中での彼同様、生まれ変わる前の私も都会の中で異質な存在だった。
進学を機に上京したものの、慣れない土地は暮らすだけでも精一杯。友人の見つけ方などわからない。その上訛りがひどく、アルバイトもほぼ不採用。
知り合いのいない私にとっては、挨拶ですら難しい。
どうにか進級だけはして、そのまま就職活動へ。面接のたびに落とされては、ひっそり涙を流す日々。
「また不採用。私はこの世に必要ないのかも……」
先の見えない毎日。
将来への焦りと不安。
なんの価値もない自分。
どん底まで落ち込み、ゲームに逃げた。
乙女ゲームの中では、いつでも主役でいられるから。
そこで突然、ある人物の行動に疑問を抱く。
「なんで? どうして何も言わずに去っていくの?」
彼は凄腕の暗殺者。
それなのに、ヒロインの王女が攻略対象と上手くいっている場合に限って暗殺を中止する。
クロムという名のサブキャラが気になった私は、じっくり観察することに。
そうして何周目かで、ようやく気づく。
「そっか。報われなくても、一途に愛し抜くと決めたんだね」
暗殺者はヒロインの幸せを願い、きっと自ら身を引いた。
「そっか。苦しいのは自分だけじゃない。彼も孤独を抱えながら、生きようとあがいている!」
クロム様の存在が、私に勇気を与えてくれた。
「だったら私も。報われなくても一人ぼっちでも、とにかく生きてみる」
暇ならたくさんあるからと、資格の勉強を始めた。合間に再び面接へ。
別次元のどこかで推しも頑張っていると考えれば、大抵のことには耐えられる。
現実で壁に当たっても、クロム様を見れば励まされた。
不幸な彼に比べたら、私の悩みなどちっぽけだ。
日々を生きつつ、当然推しも応援する。
SNSで仲間を募り、クロム様の良さを語り合う。
「推しのため、自分を磨かなくっちゃ」
前世の私は、推しが生きがい。
クロム様のおかげで救われた。
だから今度は、私が彼を救いたい。
ゲームの彼は、全てに背を向け消えていく。そんな愛しい推しのため、私に何ができるだろう?
私は身体の脇で拳を握り、声を限りに叫ぶ。
「クロムしゃまああああ、しゅきいいいいい☆」
事前に人払いをしたため、気にしない。
「『こちらこそ、よろしくお願いいたします。可愛らしい王女様』だって。『クロムで構いませんよ』って、言質取ったどおおおお! カッコ良くて優しいなんて、素晴らしすぎますわああああ」
クッションを振り回し、長椅子に激しく叩きつけた。
「あの神々しいお姿、予想以上だわ」
クッションを置いた私は、顔の前で手を組んだ。
「神様、クロム様、ゲームの制作会社様、ありがとおおおおお!! クロムしゃまあああ、大しゅきいいいいい!!!」
オタクの神に感謝の祈りを捧げ、そこでいったん深呼吸。
「ハア、ハア、ハア……。防音完備の部屋で良かったわ」
ひとまずすっきりした私は、愛する推しを頭に描く。
大好きなクロム様は、ゲームの展開上欠くことのできない暗殺者。
なのに単なるサブキャラで、攻略できないどころかアップのスチル――画像もなかった。出番が終わると闇に消え、二度と出てこない。
でも、後に発売されたファンブック『a piece of rose』には、雨の中にたたずむ彼の様子がはっきりと描かれていたのだ。
雨に打たれた捨て犬を、黒いコートの中で暖める優しい姿。寂しそうなその横顔。イラストに添えられた『心優しき暗殺者』の文字。
その絵に心を打たれた私は、クロム様を一生推そうと決意した。
だって、彼ほど寂しい目をした人を見たことがない。眺めるたび気にかかり、胸の奥が締め付けられたように痛くなる。
それは私が、不憫なキャラクターほど愛しく思える『不憫萌え』だから。
好きになるのはヒーローのライバルだったり、単なるモブだったり。漫画や小説、アニメでも推しは大抵脇役で、重要な役どころだとしてもあっさり退場してしまう。
「懸命に頑張る姿は美しいのに。どうして出番が少ないの?」
クロム様を推す理由はもう一つ。
それは彼が、私を元気にしてくれたから。
ゲームの中での彼同様、生まれ変わる前の私も都会の中で異質な存在だった。
進学を機に上京したものの、慣れない土地は暮らすだけでも精一杯。友人の見つけ方などわからない。その上訛りがひどく、アルバイトもほぼ不採用。
知り合いのいない私にとっては、挨拶ですら難しい。
どうにか進級だけはして、そのまま就職活動へ。面接のたびに落とされては、ひっそり涙を流す日々。
「また不採用。私はこの世に必要ないのかも……」
先の見えない毎日。
将来への焦りと不安。
なんの価値もない自分。
どん底まで落ち込み、ゲームに逃げた。
乙女ゲームの中では、いつでも主役でいられるから。
そこで突然、ある人物の行動に疑問を抱く。
「なんで? どうして何も言わずに去っていくの?」
彼は凄腕の暗殺者。
それなのに、ヒロインの王女が攻略対象と上手くいっている場合に限って暗殺を中止する。
クロムという名のサブキャラが気になった私は、じっくり観察することに。
そうして何周目かで、ようやく気づく。
「そっか。報われなくても、一途に愛し抜くと決めたんだね」
暗殺者はヒロインの幸せを願い、きっと自ら身を引いた。
「そっか。苦しいのは自分だけじゃない。彼も孤独を抱えながら、生きようとあがいている!」
クロム様の存在が、私に勇気を与えてくれた。
「だったら私も。報われなくても一人ぼっちでも、とにかく生きてみる」
暇ならたくさんあるからと、資格の勉強を始めた。合間に再び面接へ。
別次元のどこかで推しも頑張っていると考えれば、大抵のことには耐えられる。
現実で壁に当たっても、クロム様を見れば励まされた。
不幸な彼に比べたら、私の悩みなどちっぽけだ。
日々を生きつつ、当然推しも応援する。
SNSで仲間を募り、クロム様の良さを語り合う。
「推しのため、自分を磨かなくっちゃ」
前世の私は、推しが生きがい。
クロム様のおかげで救われた。
だから今度は、私が彼を救いたい。
ゲームの彼は、全てに背を向け消えていく。そんな愛しい推しのため、私に何ができるだろう?
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