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第三章 愛・おぼえていますが
地下牢に行こう
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「牢獄? やめて、お兄様」
慌てて兄に取りすがり、必死に頼みこむ。
「お願いよ、彼を牢から出して。悪いのは私だって言ったじゃない!」
「カトリーナ、落ち着いて」
「嫌よ!」
首を激しく横に振った私に、兄の冷たい声が飛ぶ。
「お前は少し、頭を冷やしなさい。私がいいと言うまで、部屋で謹慎するように」
「謹慎? だったら、部屋でなくてもいいじゃない。私も一緒に牢に入ります!」
「お前、自分の言葉を理解しているのか? 一国の王女を、犯罪者と同列に扱うわけがないだろう」
「クロム様は悪くない! 私が一方的に慕っているだけで……」
「カトリーナ、それ以上言ったら本気で怒るよ」
ハーヴィーの地を這うような低い声は、初めてだ。
一切の弁解を許さない、酷薄な瞳も。
冷静に考えたら、クロム様は暗殺者。
当然自国で、罪を犯している。
私が騒ぎ続ければ、ハーヴィーは彼の犯罪歴を調べようと他国にまで調査の手を伸ばすかもしれない。
「……わかりました」
反省を装い、自室にこもった。
夜間は人が減り、部屋から抜け出すのが容易になる。牢屋に行くのは、それからだ。
侍女はとっくに引き上げて、女官も続き部屋にいる。
真夜中に起き出した私は、そうっと部屋の扉を開く。
地下牢に行こう!
けれど、外にいた二人の兵士にすぐに気づかれた。
「殿下、いかがなさいましたか?」
「なんだか眠れなくて。申し訳ないけれど、図書室に置き忘れた本を取ってきてくださる?」
とっさにしては、上手い言い訳だと思う。
「ですが、持ち場を離れるわけにはいきません」
「お願い。大事なものだからあなた方にしか頼めないの」
「ですが……」
「やっぱり無理よね。だったら私が直接行くわ」
「こんな時間にですか?」
兵士は互いに顔を見合わせた。
「暗いし見つけにくいから、なかなか戻って来ないと思うわ。ただでさえろうそくの光に当てないと、虹色に光らないもの」
「虹色?」
「ええ。虹色の革表紙の本よ」
もちろんそんな本は存在しないが、時間稼ぎにはなるはずだ。
「わかりました。手分けして探します」
「まあ! お二人とも優しいのね。見つかったら部屋に届けてちょうだい」
「かしこまりました」
これで、兵士は追い払えた。
彼らが戻ってこないうちに、さっさと移動しよう。
「ふっふっふー。従卒の服を没収されなかったのは幸いね。フードを目深に被れば、気づかれないはずだもの」
昼間と同じ服を着て、ローブのフードをぎりぎりまで下げた。
――脱出成功!
手燭を片手に廊下を歩くが、地味な姿のせいか、地下牢に続く鉄の扉を開けるまで誰にも見咎められなかった。
忍び足で石の階段を降りると、当番の看守が呼びとめる。
「おい、こんな夜更けになんの用だ?」
「すみません。タール様から、本日収監した囚人の様子を見てくるように、と言いつけられました」
「タール様?」
「第三国家騎士団長のタール・メリック様です」
名前を出しても良心の呵責は感じない。
彼は私を裏切って、ハーヴィーの命令に従った。
「ああ、メリック家の……。公爵家だかなんだか知らんが、こんな夜中に働かせるとは人使いが荒いな」
「ええ、本当に」
実は違うが、同意しておく。
少しでも怪しまれれば、クロム様に会えなくなってしまうから。
「では、また後ほど」
「待った。証拠は?」
看守に問われ、ぎくりと立ちどまる。
でもこれは、想定の範囲。
私はポケットの中を探り、ペガサスの翼を象った銀細工の徽章を取り出した。
「なるほど、嘘ではないようだな」
これは第三国家騎士団の紋章で、団員達と王女の私も当然所持している。
「目当ての囚人は、一番奥だ。ほとんど動かず、おとなしい」
「それなら少し、話をさせてください。新たな情報を聞き出せたら、団長が喜ぶので」
「仕事熱心だな。そういうやつは嫌いじゃない。だが、気をつけろ。何かあったら大声で呼べ」
「はい。ありがとうございます」
看守に頭を下げて、暗い廊下を一番奥へ。
日の当たらない地下は冷たく、むき出しの石の壁と床のせいで一層寒く感じる。
廊下の端で鉄格子の中に目を凝らすと、奥に黒い塊が見えた。
私は近づき、愛しい人の名を呼ぶ。
「クロム様、クロム様」
こう暗くては、手燭の光も奥まで届かない。
暗闇で何かが動いた気もするが、よくわからなかった。
次は、大きな声で呼んでみよう。
「クーロームーさーまー」
「……チッ」
――ん? もしかして今、舌打ちした?
いいや、めげずにもう一度。
「クーロームー……」
黒い影が鉄格子に近づく。
手燭を掲げた私は、赤い瞳を確認して、喜びの声を上げる。
「やっぱり、クロム様!」
「カトリーナ。静かにしないと、看守が飛んでくる」
「あら、クロム様も私と二人きりがいいのね!」
冗談を言ってにっこり笑うと、不機嫌そうに顔をしかめられた。
調子に乗ってごめんなさい。
あら? でも彼は今、私をカトリーナって呼んだわよね?
「クロム様。もう一度、カトリーナと言ってくださ……」
「君は、こんなところにふざけに来たのか?」
クロム様がイライラしたように黒髪をかき上げた。
推しを怒らせるなんて、ファン失格だ。
私は真面目な顔をする。
「いいえ、謝りたくて来ました」
慌てて兄に取りすがり、必死に頼みこむ。
「お願いよ、彼を牢から出して。悪いのは私だって言ったじゃない!」
「カトリーナ、落ち着いて」
「嫌よ!」
首を激しく横に振った私に、兄の冷たい声が飛ぶ。
「お前は少し、頭を冷やしなさい。私がいいと言うまで、部屋で謹慎するように」
「謹慎? だったら、部屋でなくてもいいじゃない。私も一緒に牢に入ります!」
「お前、自分の言葉を理解しているのか? 一国の王女を、犯罪者と同列に扱うわけがないだろう」
「クロム様は悪くない! 私が一方的に慕っているだけで……」
「カトリーナ、それ以上言ったら本気で怒るよ」
ハーヴィーの地を這うような低い声は、初めてだ。
一切の弁解を許さない、酷薄な瞳も。
冷静に考えたら、クロム様は暗殺者。
当然自国で、罪を犯している。
私が騒ぎ続ければ、ハーヴィーは彼の犯罪歴を調べようと他国にまで調査の手を伸ばすかもしれない。
「……わかりました」
反省を装い、自室にこもった。
夜間は人が減り、部屋から抜け出すのが容易になる。牢屋に行くのは、それからだ。
侍女はとっくに引き上げて、女官も続き部屋にいる。
真夜中に起き出した私は、そうっと部屋の扉を開く。
地下牢に行こう!
けれど、外にいた二人の兵士にすぐに気づかれた。
「殿下、いかがなさいましたか?」
「なんだか眠れなくて。申し訳ないけれど、図書室に置き忘れた本を取ってきてくださる?」
とっさにしては、上手い言い訳だと思う。
「ですが、持ち場を離れるわけにはいきません」
「お願い。大事なものだからあなた方にしか頼めないの」
「ですが……」
「やっぱり無理よね。だったら私が直接行くわ」
「こんな時間にですか?」
兵士は互いに顔を見合わせた。
「暗いし見つけにくいから、なかなか戻って来ないと思うわ。ただでさえろうそくの光に当てないと、虹色に光らないもの」
「虹色?」
「ええ。虹色の革表紙の本よ」
もちろんそんな本は存在しないが、時間稼ぎにはなるはずだ。
「わかりました。手分けして探します」
「まあ! お二人とも優しいのね。見つかったら部屋に届けてちょうだい」
「かしこまりました」
これで、兵士は追い払えた。
彼らが戻ってこないうちに、さっさと移動しよう。
「ふっふっふー。従卒の服を没収されなかったのは幸いね。フードを目深に被れば、気づかれないはずだもの」
昼間と同じ服を着て、ローブのフードをぎりぎりまで下げた。
――脱出成功!
手燭を片手に廊下を歩くが、地味な姿のせいか、地下牢に続く鉄の扉を開けるまで誰にも見咎められなかった。
忍び足で石の階段を降りると、当番の看守が呼びとめる。
「おい、こんな夜更けになんの用だ?」
「すみません。タール様から、本日収監した囚人の様子を見てくるように、と言いつけられました」
「タール様?」
「第三国家騎士団長のタール・メリック様です」
名前を出しても良心の呵責は感じない。
彼は私を裏切って、ハーヴィーの命令に従った。
「ああ、メリック家の……。公爵家だかなんだか知らんが、こんな夜中に働かせるとは人使いが荒いな」
「ええ、本当に」
実は違うが、同意しておく。
少しでも怪しまれれば、クロム様に会えなくなってしまうから。
「では、また後ほど」
「待った。証拠は?」
看守に問われ、ぎくりと立ちどまる。
でもこれは、想定の範囲。
私はポケットの中を探り、ペガサスの翼を象った銀細工の徽章を取り出した。
「なるほど、嘘ではないようだな」
これは第三国家騎士団の紋章で、団員達と王女の私も当然所持している。
「目当ての囚人は、一番奥だ。ほとんど動かず、おとなしい」
「それなら少し、話をさせてください。新たな情報を聞き出せたら、団長が喜ぶので」
「仕事熱心だな。そういうやつは嫌いじゃない。だが、気をつけろ。何かあったら大声で呼べ」
「はい。ありがとうございます」
看守に頭を下げて、暗い廊下を一番奥へ。
日の当たらない地下は冷たく、むき出しの石の壁と床のせいで一層寒く感じる。
廊下の端で鉄格子の中に目を凝らすと、奥に黒い塊が見えた。
私は近づき、愛しい人の名を呼ぶ。
「クロム様、クロム様」
こう暗くては、手燭の光も奥まで届かない。
暗闇で何かが動いた気もするが、よくわからなかった。
次は、大きな声で呼んでみよう。
「クーロームーさーまー」
「……チッ」
――ん? もしかして今、舌打ちした?
いいや、めげずにもう一度。
「クーロームー……」
黒い影が鉄格子に近づく。
手燭を掲げた私は、赤い瞳を確認して、喜びの声を上げる。
「やっぱり、クロム様!」
「カトリーナ。静かにしないと、看守が飛んでくる」
「あら、クロム様も私と二人きりがいいのね!」
冗談を言ってにっこり笑うと、不機嫌そうに顔をしかめられた。
調子に乗ってごめんなさい。
あら? でも彼は今、私をカトリーナって呼んだわよね?
「クロム様。もう一度、カトリーナと言ってくださ……」
「君は、こんなところにふざけに来たのか?」
クロム様がイライラしたように黒髪をかき上げた。
推しを怒らせるなんて、ファン失格だ。
私は真面目な顔をする。
「いいえ、謝りたくて来ました」
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