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第三章 愛・おぼえていますが
クロムの過去
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「クロム様、こんなことになってごめんなさい」
「何を謝ることがある? 罪を犯したのは俺だ。君には関係ない」
「違うわ! 私のせいで、あなたが牢に……」
「いいや。元はと言えば、俺が悪い。教師の職を引き受ける際、秘密保持の契約書にサインした。勝手に姿を消すのは、捕らえられても仕方のない行為だと承知している」
「そんな! だったら私も牢に入る。私が探しに行かなければ、あなたがこんな目に遭うことはなかったんだもの」
推しに迷惑をかけるつもりはなかった。
ぜひとも挽回したい。
それでなくとも石の床は冷たくて、夜は結構冷えている。大事な彼が風邪でも引いたら大変だ。
「よいしょっと」
「何を……」
ローブを脱ぐ私を見て、クロム様がギョッとする。
「身体を冷やすといけないので、これを羽織っていてください」
「結構だ。そもそも小さくて着られないし、俺は寒さに慣れている。君こそ、こんなところにいないで早く戻るべきだ」
――クロム様が私を心配してくれた。なんて優しいの!
「いいえ、私だって同罪よ。だから、一晩中あなたの側にいる」
「……は? 何を言っている。王女の君が、こんなところにいていいわけがないだろう?」
「どうして? クロム様の側が私のいるところ。王女の身分が邪魔になるなら、捨てたって構わない」
「バカな!」
クロム様が興奮し、鉄格子を掴む。
そうかと思えば、急に押し黙る。
「クロム様……」
「ほら、着るんだ。速やかに自分の部屋へ帰れ」
「いいえ。震えたのは、寒さと関係ないの」
大好きな推しが、私の前で感情を露わにしてくれた。その上、暗闇で二人きり。
これってなんのご褒美?
一方クロム様は、整った顔を曇らせる。
「俺を知らないから、そんなことが言えるんだ。年上の、しかも国外の男がもの珍しかっただけだろう?」
「いいえ。私は……」
「だったら満月の夜が原因か? 恐怖のドキドキを恋愛のときめきと勘違いするなんて、どこまで世間知らずなんだ!」
「それも違うわ。だって私、本気であなたを――……」
危ない、危ない。
今、愛してるって言いかけなかった?
ファンのくせに図々しいわ。
「……ええっと、幸せにしたいもの」
「はっ、何を言うかと思えばまたそれか。言っただろう? 俺は幸せなど知らないし、知る権利もない。素性もわからぬ男に、よく気を許せるな。だったら詳しく教えてやろう」
怒りの滲んだ声でそう言うと、クロム様は自身の過去を語り始めた。
「俺の祖国はセイボリー王国ではなく、本当はオレガノ帝国だ。嫌な思い出のある国を、そもそも祖国と呼べるかどうか……」
もちろん知っている。
クロム様はオレガノ帝国内の、ある組織の所属だ。
私は石の床に腰を下ろしたまま、黙って耳を傾ける。
「王女の君とは違い、俺は孤児だ。親の顔も覚えておらず、持ち物はブローチだけ。気づいた時には薄汚れた裏通りで、大人達にこき使われていた。そんな俺を拾ったのが、『キメラ』と呼ばれる組織だ」
組織の名前は初めてだけど、彼が孤児というのはファンブックにも載っている。
「組織は大きく快適で、衣食住には困らない。同室の仲間が十人もいると喜んだのは、最初のうちだけ。俺達はそこで、暗殺者となるための訓練を受けた」
赤い瞳を見つめると、彼はわずかに口元を歪めた。
「身寄りのない孤児は死を報告する必要がなく、組織にとって都合がいいから。やがて任務が割り振られ、食事は成功した時にしか出なくなった」
「そんな! じゃあ、失敗すれば食事抜き?」
クロム様が目を細めた。
つらそうな瞳は、激しい飢えを思い出しているせいだろうか?
「そうだ。だが空腹はいつかは慣れるし、それで済むうちはいい。成長すると、複雑な仕事が舞い込むようになった。失敗すれば、一人、また一人と減っていく」
「それってまさか……」
「失敗には死を。死ぬのは、任務を請け負った本人とは限らない。上層部の判断で、同室の仲間が代わりに消されたこともある」
「そんな!」
「逃亡や敵への寝返りを防ぐため、幼い頃から同室の者とわざと親しくさせておく。そして、仲間のために命を懸けさせる――それが、やつらの手口だ」
「ひどい!!」
ファンブックには、その辺のところは全く書かれていなかった。
想像以上に悲惨な過去に、胸が締めつけられそうだ。
「敵への寝返りを防ぐため? だったら今頃、あなたの仲間は……」
ことの重大さに気づき、顔から血の気が引いていく。
クロム様がここにいることで、同室の誰かが被害に遭う。
そうとも知らず、私は彼を引きとめた。
――そのせいでまさか、他の命が犠牲に?
ガタガタ震える私の前で、彼は首を横に振る。
「まだ続きがある。悲しみにくれるだけでは誰も護れない。そう考えて非情に徹した俺は、『キメラ』でも一、二を争う腕となった。だが、同室の仲間は早い段階で亡くなった。残ったのは俺ともう一人だけ。彼とは仲が良く、ほぼ互角の腕だった」
――だった?
怖くて言葉が出ない。
もしや、その人が身代わりに?
「この国に来る少し前、俺は組織の外でそいつと顔を合わせた。暗殺を請け負った先の貴族の屋敷で、だ」
「……え?」
それって組織が、要人の殺害を二人に依頼したってこと?
相当難しい任務なの?
クロム様が目を閉じて、低く唸るような声を出す。
「互いに敵として。俺達は敵同士として、仮面舞踏会で顔を合わせた。そうとも知らずに俺は、仮面を被った仲間を嬉々として討ち取った。これでまた二人とも助かる、このままずっと生き延びられると、そう信じて。倒した相手の刺客こそが、励まし合った友だったのに……」
彼が目を開くと、赤い瞳には静かな炎が燃えていた。
「組織は俺達を、暗殺の道具としてしか見ていない。腕利きを二人も送り込んだのは、敵味方のどちらに転んでもいいように。やつらは自らの手を親友の血で汚した俺に、『気にするな』と偽りの慰めを口にした」
かける言葉が見つからず、私は嗚咽を殺す。
「心を殺して生きるのは、限界だった。友を失い生きる意味を失った俺は、死に場所を求めて異国の任務を引き受けた。自分にはもう、失うものは何もない。そう思っていたのに――」
「何を謝ることがある? 罪を犯したのは俺だ。君には関係ない」
「違うわ! 私のせいで、あなたが牢に……」
「いいや。元はと言えば、俺が悪い。教師の職を引き受ける際、秘密保持の契約書にサインした。勝手に姿を消すのは、捕らえられても仕方のない行為だと承知している」
「そんな! だったら私も牢に入る。私が探しに行かなければ、あなたがこんな目に遭うことはなかったんだもの」
推しに迷惑をかけるつもりはなかった。
ぜひとも挽回したい。
それでなくとも石の床は冷たくて、夜は結構冷えている。大事な彼が風邪でも引いたら大変だ。
「よいしょっと」
「何を……」
ローブを脱ぐ私を見て、クロム様がギョッとする。
「身体を冷やすといけないので、これを羽織っていてください」
「結構だ。そもそも小さくて着られないし、俺は寒さに慣れている。君こそ、こんなところにいないで早く戻るべきだ」
――クロム様が私を心配してくれた。なんて優しいの!
「いいえ、私だって同罪よ。だから、一晩中あなたの側にいる」
「……は? 何を言っている。王女の君が、こんなところにいていいわけがないだろう?」
「どうして? クロム様の側が私のいるところ。王女の身分が邪魔になるなら、捨てたって構わない」
「バカな!」
クロム様が興奮し、鉄格子を掴む。
そうかと思えば、急に押し黙る。
「クロム様……」
「ほら、着るんだ。速やかに自分の部屋へ帰れ」
「いいえ。震えたのは、寒さと関係ないの」
大好きな推しが、私の前で感情を露わにしてくれた。その上、暗闇で二人きり。
これってなんのご褒美?
一方クロム様は、整った顔を曇らせる。
「俺を知らないから、そんなことが言えるんだ。年上の、しかも国外の男がもの珍しかっただけだろう?」
「いいえ。私は……」
「だったら満月の夜が原因か? 恐怖のドキドキを恋愛のときめきと勘違いするなんて、どこまで世間知らずなんだ!」
「それも違うわ。だって私、本気であなたを――……」
危ない、危ない。
今、愛してるって言いかけなかった?
ファンのくせに図々しいわ。
「……ええっと、幸せにしたいもの」
「はっ、何を言うかと思えばまたそれか。言っただろう? 俺は幸せなど知らないし、知る権利もない。素性もわからぬ男に、よく気を許せるな。だったら詳しく教えてやろう」
怒りの滲んだ声でそう言うと、クロム様は自身の過去を語り始めた。
「俺の祖国はセイボリー王国ではなく、本当はオレガノ帝国だ。嫌な思い出のある国を、そもそも祖国と呼べるかどうか……」
もちろん知っている。
クロム様はオレガノ帝国内の、ある組織の所属だ。
私は石の床に腰を下ろしたまま、黙って耳を傾ける。
「王女の君とは違い、俺は孤児だ。親の顔も覚えておらず、持ち物はブローチだけ。気づいた時には薄汚れた裏通りで、大人達にこき使われていた。そんな俺を拾ったのが、『キメラ』と呼ばれる組織だ」
組織の名前は初めてだけど、彼が孤児というのはファンブックにも載っている。
「組織は大きく快適で、衣食住には困らない。同室の仲間が十人もいると喜んだのは、最初のうちだけ。俺達はそこで、暗殺者となるための訓練を受けた」
赤い瞳を見つめると、彼はわずかに口元を歪めた。
「身寄りのない孤児は死を報告する必要がなく、組織にとって都合がいいから。やがて任務が割り振られ、食事は成功した時にしか出なくなった」
「そんな! じゃあ、失敗すれば食事抜き?」
クロム様が目を細めた。
つらそうな瞳は、激しい飢えを思い出しているせいだろうか?
「そうだ。だが空腹はいつかは慣れるし、それで済むうちはいい。成長すると、複雑な仕事が舞い込むようになった。失敗すれば、一人、また一人と減っていく」
「それってまさか……」
「失敗には死を。死ぬのは、任務を請け負った本人とは限らない。上層部の判断で、同室の仲間が代わりに消されたこともある」
「そんな!」
「逃亡や敵への寝返りを防ぐため、幼い頃から同室の者とわざと親しくさせておく。そして、仲間のために命を懸けさせる――それが、やつらの手口だ」
「ひどい!!」
ファンブックには、その辺のところは全く書かれていなかった。
想像以上に悲惨な過去に、胸が締めつけられそうだ。
「敵への寝返りを防ぐため? だったら今頃、あなたの仲間は……」
ことの重大さに気づき、顔から血の気が引いていく。
クロム様がここにいることで、同室の誰かが被害に遭う。
そうとも知らず、私は彼を引きとめた。
――そのせいでまさか、他の命が犠牲に?
ガタガタ震える私の前で、彼は首を横に振る。
「まだ続きがある。悲しみにくれるだけでは誰も護れない。そう考えて非情に徹した俺は、『キメラ』でも一、二を争う腕となった。だが、同室の仲間は早い段階で亡くなった。残ったのは俺ともう一人だけ。彼とは仲が良く、ほぼ互角の腕だった」
――だった?
怖くて言葉が出ない。
もしや、その人が身代わりに?
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「……え?」
それって組織が、要人の殺害を二人に依頼したってこと?
相当難しい任務なの?
クロム様が目を閉じて、低く唸るような声を出す。
「互いに敵として。俺達は敵同士として、仮面舞踏会で顔を合わせた。そうとも知らずに俺は、仮面を被った仲間を嬉々として討ち取った。これでまた二人とも助かる、このままずっと生き延びられると、そう信じて。倒した相手の刺客こそが、励まし合った友だったのに……」
彼が目を開くと、赤い瞳には静かな炎が燃えていた。
「組織は俺達を、暗殺の道具としてしか見ていない。腕利きを二人も送り込んだのは、敵味方のどちらに転んでもいいように。やつらは自らの手を親友の血で汚した俺に、『気にするな』と偽りの慰めを口にした」
かける言葉が見つからず、私は嗚咽を殺す。
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