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34. 兄、襲来
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*展開を少し変更したので、前話の最後の一文を削除しています*
兄からこのマンションに来るという連絡をもらったのは、それが到着まで残り五分もないだろう頃だった。
ヒート休暇中に兄が来ることは予想はしていた。俺のヒートに合わせて、パートナー申請をしている宏樹も休暇をとるから、当然俺のヒートは宏樹の上司である兄にも筒抜けになる。
宏樹との関係がうまくいっておらず、かつ疾患のせいでなかなか体調が安定しない俺を心配して様子を長年欠かさず見に来てくれていた。
というのも実家にいる頃、俺の匂いにあてられた宏樹が激しいラットを起こしてしまい、三日間俺を放さずに寝室から出てこなかったことがあったからだ。
宏樹よりも上位のアルファがおらず俺を救い出せなかった両家の両親は、出張だった兄を無理やり呼び戻した。兄が宏樹を屈伏させた時には、俺の体は襟足を中心にもう噛むところがないんじゃないかと言うくらい血だらけの状態だったらしい。
つまりはそれ以来、兄は俺が宏樹とヒートを過ごすことをかなり危惧しているのだ。
(ネックガードをしていたおかげで番にはならずに済んだけど……)
マンションのコンシェルジュさんたちも兄については認知していて、合鍵を持っていなくてもフロントで解錠し部屋へ上がることができる。わかりやすく言えば、オメガに何かあった時の「保証人」だ。
もちろんヒートが重い最初の数日間は来ないものの、ただこれまでは遅くとも前日までには連絡が入っていたから、今回もそうだと俺は勝手に思い込んでいた。
「真緒。これはどういうことだ?」
仕事を抜け出したのだろうか。
まだ夕方の六時過ぎ、兄がここにいるにしては早すぎる時間だと思う。
抜き打ちとも言える急な訪問に玄関で固まってしまった俺を縦抱きにして、兄は慣れた動作でリビングへと足を運ぶ。
これは逃げるなという意味の抱きで、決して俺が可愛いからとか、そういう理由じゃないことは兄の吊り上がった目と眉の角度でわかった。落ち着いて、と呼びかける。
「フロントからはお前の家にパートナー登録されていないアルファが複数出入りしている、そのうち一名は入ったまま出てこない、と連絡があった。慌てて駆けつけてみれば、発情期の弟の家の玄関を開けたら番でもないアルファの匂いが複数するんだぞ。俺に落ち着けと言うのは無理な話だとは思わないか、真緒」
「そ、そうだね。俺が悪かったです」
一息で言い切った兄は縦抱きにしたまま俺の項に鼻を寄せ、くん、と嗅いだ。
「ここからは匂わないからまだいいが――おい、瀬尾。お前たちは一体俺の弟の家で何をやってるんだ?」
リビングでは玄関でのやり取りを既にその聴覚で聞き入れていた瀬尾家の三兄弟が、腰を深く折り曲げて兄を待っていた。
(――宏樹! 兄さんが来たから、さすがに出てきたのか)
兄の来訪は突然だった。
だから慌てたんだろう。普段であれば決して俺の兄に、そして自分よりも上位のアルファには見せないであろう砕けた装いの宏樹がいた。
ベータ男性の平均より少しだけ小さい俺よりも頭一つ半は確実に高い背丈。仕立ての良い濃紺のスリーピーススーツを着た状態でもはっきりとわかる分厚すぎる筋肉。そして太く長い首の上には、俺とはまったく似ていない、緑の黒髪を結わえた、男らしく誰が見ても美形と評する顔。
日下真都。三十八歳。
上位アルファである瀬尾三兄弟がそのフェロモンの濃さと能力の高さから「最上位」と言われているアルファの中のアルファのその男は、よりによってフェロモンに疾患を抱えるオメガの兄だ。
兄からこのマンションに来るという連絡をもらったのは、それが到着まで残り五分もないだろう頃だった。
ヒート休暇中に兄が来ることは予想はしていた。俺のヒートに合わせて、パートナー申請をしている宏樹も休暇をとるから、当然俺のヒートは宏樹の上司である兄にも筒抜けになる。
宏樹との関係がうまくいっておらず、かつ疾患のせいでなかなか体調が安定しない俺を心配して様子を長年欠かさず見に来てくれていた。
というのも実家にいる頃、俺の匂いにあてられた宏樹が激しいラットを起こしてしまい、三日間俺を放さずに寝室から出てこなかったことがあったからだ。
宏樹よりも上位のアルファがおらず俺を救い出せなかった両家の両親は、出張だった兄を無理やり呼び戻した。兄が宏樹を屈伏させた時には、俺の体は襟足を中心にもう噛むところがないんじゃないかと言うくらい血だらけの状態だったらしい。
つまりはそれ以来、兄は俺が宏樹とヒートを過ごすことをかなり危惧しているのだ。
(ネックガードをしていたおかげで番にはならずに済んだけど……)
マンションのコンシェルジュさんたちも兄については認知していて、合鍵を持っていなくてもフロントで解錠し部屋へ上がることができる。わかりやすく言えば、オメガに何かあった時の「保証人」だ。
もちろんヒートが重い最初の数日間は来ないものの、ただこれまでは遅くとも前日までには連絡が入っていたから、今回もそうだと俺は勝手に思い込んでいた。
「真緒。これはどういうことだ?」
仕事を抜け出したのだろうか。
まだ夕方の六時過ぎ、兄がここにいるにしては早すぎる時間だと思う。
抜き打ちとも言える急な訪問に玄関で固まってしまった俺を縦抱きにして、兄は慣れた動作でリビングへと足を運ぶ。
これは逃げるなという意味の抱きで、決して俺が可愛いからとか、そういう理由じゃないことは兄の吊り上がった目と眉の角度でわかった。落ち着いて、と呼びかける。
「フロントからはお前の家にパートナー登録されていないアルファが複数出入りしている、そのうち一名は入ったまま出てこない、と連絡があった。慌てて駆けつけてみれば、発情期の弟の家の玄関を開けたら番でもないアルファの匂いが複数するんだぞ。俺に落ち着けと言うのは無理な話だとは思わないか、真緒」
「そ、そうだね。俺が悪かったです」
一息で言い切った兄は縦抱きにしたまま俺の項に鼻を寄せ、くん、と嗅いだ。
「ここからは匂わないからまだいいが――おい、瀬尾。お前たちは一体俺の弟の家で何をやってるんだ?」
リビングでは玄関でのやり取りを既にその聴覚で聞き入れていた瀬尾家の三兄弟が、腰を深く折り曲げて兄を待っていた。
(――宏樹! 兄さんが来たから、さすがに出てきたのか)
兄の来訪は突然だった。
だから慌てたんだろう。普段であれば決して俺の兄に、そして自分よりも上位のアルファには見せないであろう砕けた装いの宏樹がいた。
ベータ男性の平均より少しだけ小さい俺よりも頭一つ半は確実に高い背丈。仕立ての良い濃紺のスリーピーススーツを着た状態でもはっきりとわかる分厚すぎる筋肉。そして太く長い首の上には、俺とはまったく似ていない、緑の黒髪を結わえた、男らしく誰が見ても美形と評する顔。
日下真都。三十八歳。
上位アルファである瀬尾三兄弟がそのフェロモンの濃さと能力の高さから「最上位」と言われているアルファの中のアルファのその男は、よりによってフェロモンに疾患を抱えるオメガの兄だ。
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