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route T
75. 唯一になれない
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いつまで過去の肩書きに引きずられるのだろう。
真緒ちゃんにしがみついて泣くヒロの姿を見るのにも飽きて、きっと俺はしらけた顔をしていた。
いいかげんに、しつこい。
でも、どれだけしつこくても、ここ最近の萎れ具合いで真緒ちゃんはヒロを切り捨てることができない。
あの萎れっぷりは似非じゃないのはわかる。
ヒロのアルファフェロモンが、すごく不安定なのが伝わってくるから。それだけ真緒ちゃんにベータ売りのことを知られたくなかったんだろうし、真緒ちゃんの気持ちが徐々に俺に芽生えているのが許せないんだろう。
でも何度だって言うけれど、いいかげんに、しつこい。
夜食の途中だったのもそうだし、真緒ちゃんを口説いている時だったのもそうだし、真緒ちゃんを現状困らせているのも気に入らない。
アルファの中のアルファ。希少種。
元々の絶対数から「最上位アルファができること」を知っている人間は少ない。ある程度は成長につれて自己流で「できること」を増やしていくらしいけれど、俺には幸いにも真都さんというお手本がいた。
そのお手本に倣って、俺は今こうして真緒ちゃんと一緒にいて、真緒ちゃんを苦しめるものを取り除こうとしている。
俺の威圧であっさりと気を失ったヒロを抱えて寝室に行けば、予想どおり、ナオが起きていた。
「ヒロを寝せようと思って」
「……寝せるって、え? さっきまで起きてただろ?」
「うん。起きてたけど、ちょっと真緒ちゃんにしつこかったから」
白々しい。
全部その耳で聞いていたくせにと心の中で毒づくけれど、妙にこちらの様子を伺うような姿勢のナオには、普段どおりの笑顔を向けた。
ナオもバカじゃない。
バース科の医師なんてやってるくらいだし、身内にいる最上位アルファが何をできるのか、全部じゃなくても簡単には把握はしているはず。
ヒロを投げ捨てた俺を、おどおどとして見つめる視線には居心地の悪さを感じた。盗み聞きをしてヒロみたいに敵意をぶつけてくればまだわかりやすいのに、どうしてこの長兄はこの暗い部屋で怯えて、こんなにも卑屈なのかと残念に思う。
「…………何か言いたいことがあるなら言えば?」
「え、」
「昨日からずっと何か言いたそうにしてることに気づかないわけないだろう。言いたいことがあるなら、真緒ちゃんがごはんを食べてるうちに言いなよ」
「…………っ」
寝室の照明をつけて、俺が普段使っているマットレスに腰をおろした。
床に座り込んでいるナオを見下ろす形で向かい合う。
ナオとは十二歳差。ちょうど一回り違う。
物心ついた時には既にブレザーを着ていた彼とは、ほとんど兄弟らしいふれあいなんてしたことがない。俺が普段から親しくしていたのは、十歳上のヒロと、その婚約者の「真緒兄ちゃん」だった。
だからかこの目の前の兄がどんな思考回路を持っているのかわからないけれど、どうも顔色を見る限り、彼が言いたそうにしているのはあまり良い話ではなさそうだな、と感じた。
「お、俺は真緒くんがお前や宏樹を選んでも反対しない」
「は? いきなり、どういう風の吹き回し?」
「…………俺にとっては、いきなりじゃない。前回のヒートの時から考えてた」
「へえ」
脚を組み直してナオの次の言葉を待てば、少しの沈黙の後に口を開く。
「……俺じゃ、真緒くんを完全に発情させることができなかった。悔しいけど、俺のフェロモンだけじゃダメなんだ。多分、多分だけど……守谷先生から見せてもらったデータを見る限り、真緒くんを完全に発情させることができるのは、宏樹か――最上位アルファのフェロモンだけなんだと思う」
「へえ?」
「宏樹は確実に真緒くんの運命だ。そして、俺とお前のフェロモンは宏樹のフェロモンに酷似してる。だからフェロモン分泌異常症の適合者として判定されたんだ」
「…………なるほど」
「ただ、あくまでも適合者ってだけだ。俺は、宏樹のように運命って言えるほどのフェロモンを持ってないし、お前や真都さんみたいに最上位アルファっていうわけでもない。でも、でも俺は……真緒くん以外の他のオメガの匂いを受け付けられない。俺が抱けるオメガは、真緒くんだけなんだよ」
一つキーを落としたかのように低くなった声。
嘘をついてるようではなさそうで、俺は、うつむいたナオの顔をじっと見つめる。
「……で? ナオが、真緒ちゃんしか抱けないからって、それが何?」
威圧まではいかないまでも、少しプレッシャーを与えるように聞いた。
「俺が、真緒くんの唯一になれないのはわかってる。わかってるから、……俺も一緒にいさせてほしい」
*昨日は誕生日で投稿お休みしました(´∀`)
今日は夜にもう1話投稿予定です、よろしくお願いします
真緒ちゃんにしがみついて泣くヒロの姿を見るのにも飽きて、きっと俺はしらけた顔をしていた。
いいかげんに、しつこい。
でも、どれだけしつこくても、ここ最近の萎れ具合いで真緒ちゃんはヒロを切り捨てることができない。
あの萎れっぷりは似非じゃないのはわかる。
ヒロのアルファフェロモンが、すごく不安定なのが伝わってくるから。それだけ真緒ちゃんにベータ売りのことを知られたくなかったんだろうし、真緒ちゃんの気持ちが徐々に俺に芽生えているのが許せないんだろう。
でも何度だって言うけれど、いいかげんに、しつこい。
夜食の途中だったのもそうだし、真緒ちゃんを口説いている時だったのもそうだし、真緒ちゃんを現状困らせているのも気に入らない。
アルファの中のアルファ。希少種。
元々の絶対数から「最上位アルファができること」を知っている人間は少ない。ある程度は成長につれて自己流で「できること」を増やしていくらしいけれど、俺には幸いにも真都さんというお手本がいた。
そのお手本に倣って、俺は今こうして真緒ちゃんと一緒にいて、真緒ちゃんを苦しめるものを取り除こうとしている。
俺の威圧であっさりと気を失ったヒロを抱えて寝室に行けば、予想どおり、ナオが起きていた。
「ヒロを寝せようと思って」
「……寝せるって、え? さっきまで起きてただろ?」
「うん。起きてたけど、ちょっと真緒ちゃんにしつこかったから」
白々しい。
全部その耳で聞いていたくせにと心の中で毒づくけれど、妙にこちらの様子を伺うような姿勢のナオには、普段どおりの笑顔を向けた。
ナオもバカじゃない。
バース科の医師なんてやってるくらいだし、身内にいる最上位アルファが何をできるのか、全部じゃなくても簡単には把握はしているはず。
ヒロを投げ捨てた俺を、おどおどとして見つめる視線には居心地の悪さを感じた。盗み聞きをしてヒロみたいに敵意をぶつけてくればまだわかりやすいのに、どうしてこの長兄はこの暗い部屋で怯えて、こんなにも卑屈なのかと残念に思う。
「…………何か言いたいことがあるなら言えば?」
「え、」
「昨日からずっと何か言いたそうにしてることに気づかないわけないだろう。言いたいことがあるなら、真緒ちゃんがごはんを食べてるうちに言いなよ」
「…………っ」
寝室の照明をつけて、俺が普段使っているマットレスに腰をおろした。
床に座り込んでいるナオを見下ろす形で向かい合う。
ナオとは十二歳差。ちょうど一回り違う。
物心ついた時には既にブレザーを着ていた彼とは、ほとんど兄弟らしいふれあいなんてしたことがない。俺が普段から親しくしていたのは、十歳上のヒロと、その婚約者の「真緒兄ちゃん」だった。
だからかこの目の前の兄がどんな思考回路を持っているのかわからないけれど、どうも顔色を見る限り、彼が言いたそうにしているのはあまり良い話ではなさそうだな、と感じた。
「お、俺は真緒くんがお前や宏樹を選んでも反対しない」
「は? いきなり、どういう風の吹き回し?」
「…………俺にとっては、いきなりじゃない。前回のヒートの時から考えてた」
「へえ」
脚を組み直してナオの次の言葉を待てば、少しの沈黙の後に口を開く。
「……俺じゃ、真緒くんを完全に発情させることができなかった。悔しいけど、俺のフェロモンだけじゃダメなんだ。多分、多分だけど……守谷先生から見せてもらったデータを見る限り、真緒くんを完全に発情させることができるのは、宏樹か――最上位アルファのフェロモンだけなんだと思う」
「へえ?」
「宏樹は確実に真緒くんの運命だ。そして、俺とお前のフェロモンは宏樹のフェロモンに酷似してる。だからフェロモン分泌異常症の適合者として判定されたんだ」
「…………なるほど」
「ただ、あくまでも適合者ってだけだ。俺は、宏樹のように運命って言えるほどのフェロモンを持ってないし、お前や真都さんみたいに最上位アルファっていうわけでもない。でも、でも俺は……真緒くん以外の他のオメガの匂いを受け付けられない。俺が抱けるオメガは、真緒くんだけなんだよ」
一つキーを落としたかのように低くなった声。
嘘をついてるようではなさそうで、俺は、うつむいたナオの顔をじっと見つめる。
「……で? ナオが、真緒ちゃんしか抱けないからって、それが何?」
威圧まではいかないまでも、少しプレッシャーを与えるように聞いた。
「俺が、真緒くんの唯一になれないのはわかってる。わかってるから、……俺も一緒にいさせてほしい」
*昨日は誕生日で投稿お休みしました(´∀`)
今日は夜にもう1話投稿予定です、よろしくお願いします
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