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第四章【騒乱のアナトリア】
4-28.一方そのころ・初日(1)
しおりを挟むアナトリア皇国、特に皇都アンキューラに入ってからのアルベルトは蒼薔薇騎士団の従者ということになっている。そのため、彼だけはレギーナたちと行動を共にすることができず、ひとり隔離されている格好だ。
もしも彼が女性であったなら侍女代わりに彼女たちの傍にいられたのだが、まあそれは言っても始まらないことだ。
皇城の正面大扉の前で蒼薔薇騎士団を下ろしたあと、アルベルトは先導されるままにスズを進ませて厩舎エリアまで移動した。
「車体はそこの格納庫へ納めるように。馭者どのの控室はこちらにあるので、格納したらついてくるように」
案内してくれた使用人に言われるまま、アルベルトは車体を格納庫の前へ付ける。
「しかしこの脚竜車は、随分と大きいな」
「ええ、長距離旅行用でこの中で生活できるようになっていますから」
これほど大きなものは我が国でも皇帝陛下の行幸専用車くらいしかないぞ、と言われて、アルベルトは苦笑する。こんなサイズになったのはレギーナのワガママが半分と、あとの半分はアルベルト自身のせいなので何も言えない。
「そうか、勇者様は東方まで旅をされておられるのだったな」
そう言って使用人の男性は納得したのか、それ以上そこには言及しなかった。皇帝専用車と同サイズなど不敬、と言われなくてホッとする。
「というかこの脚竜も随分とでかいな」
「ああ、スズはアロサウルではなくてティレクスなんですよ」
「ティレクス!?」
やはりここでも驚かれた。それはそうだろう、ティレクス種が脚竜車を曳くなど聞いたこともないのだから。
「ど、どうやって調教したのだ?」
「これは幼竜の頃に人に拾われて、ずっと人に育てられた特別な子なんですよ」
「そうなのか。⸺ものは相談だが、この脚竜を譲ってはもらえぬだろうか」
「いやあ、勇者様のお気に入りなので難しいですね」
「そ、そうか…」
どうやら、あまりに見事な巨体なので皇帝専用車に相応しいとでも考えたようだが、アルベルトが勇者の名を出してやんわり断ると彼はアッサリと引き下がった。
勇者に失礼があってはならぬ、勇者の機嫌を損ねてはならぬ、そうでなければいざという時に守ってもらえなくなる。西方世界では子供でも知っている常識だ。はるか昔、あまりに強すぎたがゆえに人々の恐怖の対象になって迫害されたひとりの勇者が、闇に堕ちて魔王と化したことはあまりにも有名な史実だ。
その名を“魔剣聖”カイエン、という。
彼の悲劇の戒めがあるがゆえに、勇者を敬い感謝を捧げ丁重にもてなすことは、もはや人類の義務と言ってよい。なればこそ、各国で王と同等の待遇という破格の扱いを歴代勇者は受けることができるのだ。
「そういえば、給餌係はどちらへ?世話をお願いしなくてはなりませんが」
「うむ、もう来てもよい頃だが……」
使用人が辺りを見回すのに合わせてアルベルトも周囲を確認する。すると遠く離れた壁際に、抱き合って震えているふたりの女性の使用人の姿がある。服装からすれば雑用の下女であろう。
『何をしておるか、早く参れ!』
使用人にアナトリア語で命じられ、彼女たちは大慌てでやってくるが、明らかに怯えている。おそらく見たこともないスズの巨体と威圧感に恐れをなしているのだろう。
『馭者どのに世話の注意点を教わるように。くれぐれも粗相致すなよ』
使用人の命令に頷いてはいるものの、明らかに涙目で見ているだけでも可哀想になってくる。なのでアルベルトのいつもの癖が顔を出す。
「あー、滞在中のこの子の世話は私がやりましょうか」
「なんですと?いや、お客人を働かせるわけには」
「ですがこの子の扱いはそれなりに慎重を要します。この子自身も、慣れた者が世話した方が安心できると思いますし」
別にスズは人見知りではないし、レギーナたちやアルベルトが言い聞かせておけば誰が世話してもちゃんと言うことを聞くだろう。ここまでの約1ヶ月の旅で、そのくらいの信頼関係は築いてきた自負がある。
だがアルベルトの現代ロマーノ語を理解しているのかいないのか、彼女たちは涙目で頷くばかりである。
正直な話、アルベルトはスズの傍をできるだけ離れるつもりがなかった。ただでさえレギーナたちと離れなければならないのだから、その上スズやアプローズ号からも離れてしまうと、いざという時に合流に手間どってしまう。城内の人々を敵に回してまで脱出しなければならないような状況は避けるべきだが、事と次第によってはそうも言っていられないかも知れないのだ。
「勇者様からもきちんと責任持って世話するよう言いつかってますので、任せてもらえませんか」
「う、ううむ、勇者様のご命令とあらばやむを得んな」
使用人の男性は結局折れて、アルベルトの判断を尊重した。ここで無理に突っぱねて勇者の機嫌を損ねることを恐れたのだろう。
実のところアルベルトには、スズに毒を盛られる可能性や彼女と車体を拘束され奪われる恐れなども念頭にあったのだが、そんなことをバカ正直に言うはずもない。
「では、早速餌をやりますので。とりあえず最初のうちは車内に貯蔵しているものを食べさせます」
「そうか、ではお願いしよう。終わったらあちらの詰所まで来て頂きたい」
そう言って使用人は、下女たちを連れて離れて行った。
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