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【レティシア5歳】
011.言い出したら聞かない子
しおりを挟む「いやいやいやいや!」
レティシア以外のその場の全員が見事にハモった。
「何を言っているんだレティ!?」
「そうですともお嬢様!」
「婚約者など、まだお嬢様には早うございますぞ!」
公爵も、レティシア専属の侍女頭も、執事長のセバスチャンまでもが、彼女の口から飛び出した爆弾発言に異口同音に異を唱える。だが当のレティシアは涼しい顔だ。
「どうして?わたくしだってこんやくしゃを決めなくてはならないと、この前ざんねんそうにお話しになっていたこと、わたくし知っているのですよ?」
それは先日のレティシアの誕生日パーティーでのこと。「もう5歳なのだからそろそろ婚約者を決めなくてはならないが、正直誰にも嫁になどやりたくない」と、お父様が爺やに向かって愚痴をこぼしていたのをレティシアは聞いていた。目の前の料理に夢中になっているからと父は油断していたのだが、当の本人はしっかりと大人たちの会話を聞いて憶えていたのだ。
ただし後半部分はいつものお父様の溺愛の色が濃かったから彼女の記憶には残らなかった。だから残ったのは「婚約者を決めなくてはならない」という部分だけ。そして「こんやくしゃ」が将来を共にする大事な殿方のことだとレティシアでさえ知っている。
だったら、その殿方は自分が好ましい人を選びたい。子供ながらに彼女はそう考えたのだ。
「ですから、いいでしょうきしさま?わたくしのこんやくしゃになってください!」
「いやちょっと待って下さい!」
たまらずにアンドレは声を上げた。ノルマンド家の門を潜ってからこっち、住む世界が違いすぎるという現実を嫌というほど見せつけられて来たのに、公女様の婚約者になどなれるわけがない。
というか、そもそも年齢が違いすぎる。
「そうだぞレティ、こんな大事なことを、そんなに軽々しく決めるものじゃない」
公爵も何とか翻意させようと試みる。
「お嬢様、お嬢様のご婚約は当家だけでなく王家ともリュクサンブール家とも話し合って決めなくてはならない大事なお話です。我がままはなりませんぞ」
いつも気難しい顔をして小言ばっかりの執事長さえもが反対してくる。
「どうして?わたくしのしょうらいのことなのに、わたくしが決めてはいけないの?」
「「「ゔっ…!」」」
そして悲しそうな顔になるレティシアに、全員が何も言えなくなる。
そりゃあオリヴィエだって娘の幸せを何よりも願っているし、いつか娘が恋をしたなら頑張って応援するつもりだ。だがいくら何でも5歳では初恋と言うにも早すぎる。しかも相手はこの父よりも身体の大きな──
「そう言えば、君は今いくつだったかな?」
「えっ、私ですか?………その、私は入隊10年目で」
「ということは、25歳か」
「はい………」
レティよりも20も歳上じゃないか!
ダメだダメだ、私と9つしか違わないんだぞ!?
「…………おとうさま、ダメですか?」
「うぐっ!?」
オリヴィエの喉まで出かかった反対意見は、だがレティシアの悲しそうな瞳に完封されてしまう。
「お嬢様。ことはお嬢様の一生を左右するとても重大なことでございます。一時の感情だけで簡単に決めてはなりません。じっくりと時間をかけて、慎重に決めなくてはならないのです」
「じかんをかけるって、どのくらい?」
「それは、お父様やお祖父様、それにお祖母様がお決め下さいます」
「………そうしてまっていたら、知らないあいだにこんやくしゃまで決められているのよね?」
「くっ…!」
理詰めで納得させようとしたセバスチャンでさえ、理で論破される始末である。
「お嬢様、ひとつ大事なことを確認するのをお忘れですよ」
「だいじなこと、ってなあに?」
「騎士様がすでにご婚約、あるいはご結婚なされていたらどうなさるのです?」
「…………あっ!」
侍女頭のジョアンナに指摘されて驚くレティシア。
大事なことなのだが、レティシアは全く考えもしていなかった。確かに騎士様は自分と違って大人の男性なのだからすでに結婚していても不思議はないし、もしそうなら彼女の恋は実らないのだ。
そのことに初めて気が付いて、しゅんと項垂れるレティシア。そんな様子もまたひどく愛らしかったりする。
「………そのあたり、君はどうなんだい?」
聞きたくないけど、確かめなくてはならない。そんな葛藤を滲ませながらも公爵がアンドレに確認する。まさかレティシアが婚約したいと言い出すなどと考えてもいなかったから、オリヴィエはアンドレの婚約関係まで調べていなかった。
「その、婚約者はおりません……」
「結婚は?」
「まだ未婚です」
「子供………もいないな?」
「はい、もちろんです」
そしてアンドレは正直に答えるしかない。彼が答えるたび、レティシアの顔色がみるみる明るくなってゆく。
なんてこった!これ以上拒否する根拠が見つからないじゃないか!歳の差は彼と婚約したいと言い出した時点で障害にはなり得ないし、身分や地位も同様だろう。そもそもレティシアは一度言い出したら聞かない子だ。
そこまで考えて、オリヴィエは頭を抱えるしかない。こんな事なら彼に会わせるんじゃなかった、と思ってももう後の祭りである。
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